岩谷産業会長・牧野明次氏に聞く!/「ミスター水素」が夢を託す/自工会と「水素大動脈構想」

2026年5月号 BUSINESS [リーダーに聞く!]

1941年大阪府出身。大学卒業後、岩谷産業に入社。2000年に社長就任。12年から会長(現職)。09年より関西経済連合会副会長を兼務。早期から水素エネルギーの可能性に着目し、岩谷産業の水素事業を強固に築き上げ、水素社会の実現に力を注ぐ。自他ともに認める「Mr.水素」である。

――「ホルムズ封鎖」は予断を許しません。

牧野 当社はカタール、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、米国から液化石油ガス(LPG)を輸入し、国内で販売しています。私たちが用船したLPG船は事実上の封鎖前にホルムズ海峡を通過しています。当社としてLPG輸入量の40日分の備蓄を有しており、また50日分の国家備蓄もあります。

――第1次、第2次石油危機の時と比べてどんな違いがありますか?

牧野 昔と違い、現在は石油やLPGの備蓄制度が整っており、そんなに慌てなくてもよいのではと考えています。ただし、中東の混乱が長引くと状況は変わってきますが。

「原発の再稼働は欠かせません!」

――半導体生産に欠かせないヘリウムの大手ですが、影響はありますか。

牧野 ヘリウムは天然ガス採掘時の副産物で、日本は国内消費の全量が輸入です。岩谷産業は米国やカタールでヘリウムの権益を取得しており、備蓄設備もあり国内では1カ月以上の在庫もあります。直近はヘリウム不況が起きていました。ウクライナ侵攻で欧州市場から締め出されたロシア産ヘリウムが格安で中国市場に流入し、東南アジアの市況まで軟化していたからです。ただ、ヘリウムの動向には人工知能(AI)向けの半導体需要も関わってくるので先行きを読みにくいのが実情です。

――日本のエネルギー安全保障についてはいかがお考えですか。

牧野 水素がキーポイントになると考えています。現在、日本の水素は天然ガスと電気からつくっています。水素のコストを下げるには安い電気が必要で、原子力発電所の再稼働は欠かせません。2012年6月6日付の読売新聞(関西版)に原子力発電所の再稼働を求める全面広告を、社長(当時)である私の名前を添えて載せました。株主総会の直前で、社内には慎重論もありましたが押し切りました。約600件の電話があり、8割は「よく言った」と賛成で、反対は2割でした。

――将来の水素エネルギー製造工程は?

牧野 原子力発電所で起こした電気を使って水を電気分解してつくればよいのです。水素を30~40%、化石燃料に混ぜて燃やせば二酸化炭素(CO₂)の発生量が減り、化石燃料の輸入も減らせます。電気のままだと地元をスルーして遠い消費地に流れていくだけですが、現地で水素を液化すれば、地元に液化プラントが建ち、貯蔵やローリー輸送で雇用が生まれます。地域経済に貢献できて原発に対する理解も進むのではないでしょうか。高温ガス炉という方式の原発ならさらに低コストで水素を量産できます。

――水素エネルギー普及の旗振り役は?

牧野 水素バリューチェーン推進協議会(JH2A)という組織があります。会員は526社・団体(25年11月時点)で、業種は電力、ガス、自動車、商社、金融、機械、エレクトロニクス、化学など多種多様です。

2013年1月の経団連関西会員懇談会のパーティーで東京と関西の財界人が集まる機会があり、私が「水素同盟をつくって盛り上げませんか」と呼びかけ、JXホールディングス(現ENEOSホールディングス)の渡文明相談役(当時)が賛同してくださったのがきっかけです。豪華メンバーだったので、これを発展させ、2020年に強力な事務局を備えた一般社団法人のJH2Aができました。

――最近話題の水素に特化したファンドもありますね。

牧野 JH2A共同会長の國部毅・三井住友フィナンシャルグループ特別顧問のアイデア。第1次は5億ドルが集まり、第2次は国内外で10億ドルを集める計画です。

「水素燃料電池船」を無償提供

――さらに壮大な仕掛けがあるとか。

牧野 輸送分野でも水素を使っていかないと普及に弾みがつきません。特にバスやトラックなどの商用車です。中国製の安価な商用車が世界で流通しつつあり、負けてはいられません。日本メーカーは燃料電池車や水素エンジン車で環境性能を磨き上げていけば対抗できます。

福島県から福岡県まで水素ステーションを連続的に設置して、トラックやバスが水素をチャージしながら長距離を走れるようにする「水素大動脈構想」を日本自動車工業会とJH2Aが連携してまとめました。宮城県を起点にという要望も頂戴しています。都市間の幹線物流を水素化するだけでなく、水素ステーション周辺の町に水素を供給して電気・ガスの代わりに使える仕組みも構築していきます。3月17日にJH2A共同会長の佐藤恒治トヨタ自動車社長(当時)が自民党の水素社会推進議員連盟(小渕優子会長)に提案しました。トヨタさんが水素の分野に力を入れておられるのは非常に心強いです。

――創業者の岩谷直治氏は「水素社会の実現」を目指していました。

牧野 「必ず水素社会が到来する」と創業者の岩谷直治は唱え続けました。その思いを受け継ぎ、実現につなげていきます。私自身はJH2Aの会員企業がそれぞれ消費するエネルギーの1%を率先して水素に切り替える運動を新たに提起していくつもりです。

――大阪・関西万博では水上アクセスで水素燃料電池船「まほろば」を建造しました。

牧野 どういう形で万博に協力するかを考え、水素で動く燃料電池船にたどり着きました。仏プジョー・シトロエンでカーデザインに従事した経験もある山本卓身さんに近未来的なデザインを依頼し、瀬戸内クラフト(広島県尾道市)で建造しました。ディーゼルエンジンがないために、静かで排ガスのにおいもしません。好評でしたので、万博閉幕で役目を終えた船を無償提供し、東京都でお使いいただくことになりました。

――大阪市中心部にある創業の地に本社ビルを建てる計画があるとか。

牧野 創業者は自社ビルを持つことに反対でした。「建物のサイズで会社の大きさが決まってしまう。賃貸で入居し、業容拡大で手狭になれば大きなビルに引っ越せばいい」というのです。岩谷産業は創業40周年と80周年の節目に賃貸で本社ビルを移転しています。創業の地には現在、水素ステーションが建っていますが、周辺の土地を少しずつ買い足して、創業120周年にあたる2050年に自前の本社ビルを建てる準備を進めています。岩谷産業の原点に戻るのですから創業者も許してくれるのではないでしょうか。

(聞き手/竹田忍 産業ジャーナリスト)

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