笑えぬ「サムスン総帥」自虐ネタ/韓国ですら「ギャラクシー」苦戦

看板のスマホ事業が低迷、往時の勢いはない。無垢な3代目は最側近を切った。覚醒の予兆か。

2026年2月号 DEEP

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李会長には「無垢な御曹司」という称号がある

2025年秋、韓国最大財閥サムスングループの3代目総帥、李在鎔(イ・ジェヨン)会長がソウル市での技術イベントに登壇した。個人資産1兆円を超える韓国屈指のセレブを写真に納めようと聴衆はスマートフォンを向けたが、そこで李会長は「なぜこんなにiPhoneが多いのでしょうか?」とジョークを飛ばし、会場を沸かせた。

15年間変わらぬ事業構成

押しも押されもせぬ財閥トップが自虐ネタを語れば受けるのは当然だろう。もっともこのジョークは本当に笑えない。サムスンのスマホ「ギャラクシー」は自国ですら苦戦が続くからだ。

韓国調査会社によると20代の若者で米アップルのiPhone保有比率が7割に迫る。50代ではギャラクシーが7割を占めているが、年代が若くなるにつれてiPhone信仰が高まる傾向にある。今後時間の経過とともにサムスンのシェアが失われるだろう。

一方、これとは別に韓国市場には小米シャオミなどの中国ブランドが低価格を武器に攻め込んでいる。サムスンはさながら「前門のiPhone、後門の中国スマホ」といった状況だ。

勢いを失っているのは自国市場ばかりではない。成長市場の東南アジアやインドなどでも劣勢が続く。スマホ販売台数世界1位とはいえ、その地位が揺らいでいることはサムスン全体に暗い影を落とす。

サムスンの事業のうちスマホ部門の売上高は約120兆ウォン(約13兆円)と全体の約4割を占める。さらに売上高の35%を占める半導体部門、10%を占めるディスプレー部門はギャラクシーの主要サプライヤーであることを考えると、全体売上高の6割程度をスマホ事業に依存している計算になるからだ。

サムスンはソニーや東芝など日本の電機大手から技術と経営を学び取って急成長を遂げた。手本にした日本の電機メーカーが自前主義を取った影響が色濃く残り、完成品から部品までを自社で一貫して手掛ける「垂直統合モデル」を志向する。

全社一丸で開発体制を組んで新製品を次々と発売する経営戦略は、スマホ市場の拡大期には機能した。しかし技術革新が頭打ちとなり、買い替えサイクルが長期化、世界販売台数が12億台前後で伸び悩むようになると、必然的に価格競争が起きる。値段勝負となると垂直統合モデルは「全社総倒れ」のリスクをはらむ。00年代前半に薄型テレビやスマホで停滞、会社全体が失速した日本の電機メーカーが辿ったのと同じ道だ。

さらに厄介なのはサムスンが基本ソフト(OS)を米グーグルのアンドロイドに頼っていることだ。独自OSを持つiPhoneのように顧客を囲い込めておらず、アンドロイドスマホを手掛ける他社ブランドに顧客が流出する懸念が付きまとう。

スマホと半導体、家電、ディスプレーからなる現在のサムスンの事業構成は、先代会長、李健熙(イ・ゴンヒ、故人)氏が築き上げた。14年に心筋梗塞で倒れるまで同氏は「現在の収益事業は10年でなくなる」と事業創出の必要性を訴え続けた。今のところ氏の「予言」は外れ、スマホも半導体もまだ収益を生み続けているものの、サムスンが新たな事業を生み出せていないのは紛れもない事実だ。

冒頭に紹介した技術イベントで自虐ネタを飛ばした李会長は17年に朴槿恵(パク・クネ)元大統領への贈賄罪で収監され、司法リスクに脅かされてきた。 「8年間の司法対応で大胆な経営判断ができなかった」(韓国メディア)と擁護する向きもあるが、サムスンをグローバル企業へ押し上げた先代に比べて成功体験が乏しい。

一時期、ネットサービス事業を率いたことがあったが、鳴かず飛ばずのまま撤退を余儀なくされた。これが苦い経験となっているのか、新しい分野へ進出することには慎重だ。

サムスンには10兆円規模の現金性資産がある。超キャッシュリッチの同社に対して世界中の投資銀行が「売り物」をサムスンに持ち込んでいるが、実を結ばない。

直近では米国のAIロボットのスタートアップ、フィギュアAI(Figure AI)の買収に動いた形跡がある。1兆円規模の買収案件だったものの、フィギュアAI側がサムスン傘下では自社の成長は難しいと判断し、複数企業による出資に切り替えた。ソニーや日立製作所は巨額赤字後の10年代に事業構成を刷新して復活したが、サムスンが得意技とした大胆な投資は鳴りを潜めたままだ。

最側近が退任、変化の兆しも

李会長には「無垢な御曹司」というありがたくない称号もある。英語と日本語に堪能で物腰は柔らかい。しかし周囲におんぶに抱っこで、時に冷徹さが必要な巨大財閥の経営トップは担えないとの評価だ。

現在57歳の御曹司は変われるのか。サムスンウォッチャーの関心はそこに集中している。25年の年末定例人事では変化の兆しも見て取れた。M&Aなどの企業戦略を担う「事業支援タスクフォース」を率いた鄭賢豪(チョン・ヒョンホ)副会長の交代がそれだ。

鄭副会長は李会長が入社した時に世話役を果たしたとされる人物。直近まで実質的なナンバー2として重用され、社内人事や大型投資を取り仕切ってきた。ただAIなどの先進技術には疎く、「鄭副会長の段階で投資案件が潰される」(中堅社員)との声もあった。

鄭副会長はなぜ退任したのか。現時点で理由は明らかになっていないが、経営企画の司令塔でありながら、サムスンの成長に有効な手立てを打ち出せなかったためとの見方が強い。

父親の李健熙氏が率いた時代のサムスンは「信賞必罰」を徹底していた。同氏は「功労者には報酬で報いる」という方針を示し、韓国内の最高水準の給与を約束した。各事業部は成果のみによって評価されるので、優秀な人材ががむしゃらに働いてサムスンの躍進を支えた。

そうした経営に対する評価はさておき、息子の李会長がかつての信賞必罰のもとで人事を刷新したのであれば、強いサムスンを取り戻す意思を示したといえよう。

サムスンが過去の成功体験に安住し、既存事業の収益にすがるだけでは、中国勢との競争の袋小路に追い込まれるのは間違いない。李会長は自身の裁判の課程で「先代よりサムスンをもっと大きく、強くすることが最高の親孝行。新しいサムスンを作り、尊敬する父に親孝行したい」と涙ながらに語ったことがあるが実現できるのか。経営者としての力量が厳しく問われるのはこれからだ。

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