空回りする高市「働きたい改革」/経団連や産業界も消極的

残業時間の規制緩和は先送り。首相の肝煎りも「尻すぼみ」で終わるのか。

2026年2月号 POLITICS

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日本成長戦略会議のまとめを行う高市首相(2025年12月24日、官邸HPより)

高市早苗首相の肝煎りで始まった労働時間規制の緩和論議が暗礁に乗り上げている。労働者の残業時間などを厳しく規制する「働き方改革」が2019年に始まり、24年4月にはそれまで規制の適用除外となっていた建設業や運送業も新たに残業時間の規制対象に加わり、全国的に人手不足が深刻化している。このため、高市氏は「従業員が働き方を柔軟に選択できる仕組みづくり」に向けて労働規制の緩和を指示し、日本経済の成長につなげる考えだった。

こうした働き方を巡る柔軟な仕組みづくりは「働きたい改革」と呼ばれ、厚生労働省の審議会で具体的な改正議論が進められた。だが、残業規制の緩和には労使双方から消極的な意見が噴出。結局、厚労省ではなく、高市氏が主導する日本成長戦略会議に舞台を移して改めて議論することが決まった。厚労省関係者は「産業界で残業時間を今より増やすべきだと考えている経営者は少ない」と明かしており、高市氏が主導する「働きたい改革」は空回りしている。

経団連や産業界も消極的

「私はワーク・ライフ・バランスという言葉を捨てる。働いて働いて働いて働いて働いてまいります」――。昨年10月の自民党総裁選で新総裁に選出された高市氏はその直後、こう決意表明した。この「働いて……」という台詞は昨年の流行語大賞の年間大賞に選出されるほど、多方面で大きな反響を呼んだ。高市氏にとってはあくまで自身の覚悟を示す宣言だったが、過労死遺族が撤回を申し入れるなど賛否両論を巻き起こした。

その高市氏は首相に就任した際、閣僚に数多くの指示を出した。この中には上野賢一郎厚生労働相に対する「労働時間規制の緩和検討」も盛り込まれた。この指示の狙いについて高市氏は、国会答弁などで「心身の健康維持と従業員の選択を前提として、柔軟で多様な働き方を実現することが重要だ」と説明している。背景には全国に広がる人手不足に対する高市氏の強い危機感があった。人手不足は賃金の引き上げを促す要因になるが、働き手不足という供給制約によって日本経済の成長を阻害することにもなるからだ。

だが、「働きたい改革」の前に大きな壁が立ちはだかった。実際にこうした残業規制の緩和など労働基準法の改正を議論するのは、労使が参加する厚労省の労働政策審議会(厚労相の諮問機関)で、同審議会では具体的な残業時間規制を検討するために「もっと労働現場の実態を調査する必要がある」との声が噴出したからだ。厚労省関係者は「審議会は昨年2月から労働基準法の改正に向けた議論を先行して進めてきており、働き方に対する規制をさらに強化する流れだった。それが急に『残業の上限規制を緩和しろ』と言われても、委員たちは対応できないと反発した」と明かす。

厚労省によると年明けに開会する通常国会では、終業と始業までに一定の間隔を空ける「勤務間インターバル規制」や、連続勤務の制限などを盛り込んだ労基法改正案を提出予定だった。残業規制を強化した改正労基法の施行から5年が経過し、同法で定める見直し時期を迎えたからだ。しかし、高市政権の発足で残業規制の緩和検討が急遽指示されたため、同省は通常国会に労基法改正案を提出する方針を撤回。改めて働き方を巡る議論を最初から進めることになった。

これに対し、高市氏は労政審を舞台にした残業時間の緩和論議は進まないと判断し、同氏が主導して発足させた「日本成長戦略会議」の中に労働市場分科会を新設し、そこで日本経済の底上げ策の一環として、残業時間など労働規制の緩和に向けた議論に取り組む方針に転換した。

ただ、成長戦略会議の下で残業規制の緩和に向けた議論を進めても、具体的な制度設計の行方は不透明だ。労働現場の働き方を改めて調査するには一定の時間がかかり、高市政権が予定する今年6月の骨太の方針に盛り込むには時間が足りない。さらに自民党関係者は「骨太の方針に残業規制の緩和を盛り込めても、実際の法改正は秋以降だ。連合や立憲民主党などの野党は残業規制の緩和に反対しており、本当に労基法を改正できるかは分からない。少なくとも少数与党にとって優先順位が高い政策とは言えない」と指摘する。

政府関係者は「高市氏は産業界も残業規制の緩和を求めていると受け止めているが、実際にはそうではない。経団連は昨年11月に労働環境を巡って『時間外労働の上限規制は今後も堅持すべきだ』との談話を公表している」と明かす。また、東京商工会議所が昨年12月に公表した「働き方改革に関する緊急アンケート」でも、残業時間規制で事業運営に支障が生じているとの回答は、全体の約2割にとどまり、8割近くの企業は「支障なく対応できている」と答えた。

運送・建設・宿泊の各産業では深刻な人手不足に直面しているが、産業界全体の最も高い関心事項は継続的な賃上げであり、残業時間規制の緩和や労働時間の延長ではないことが窺える。

サービス残業やブラック企業の長時間労働が社会問題化したのを受け、政府は19年に「働き方改革」として労働基準法などの関連法規を改正し、残業規制の厳格化に乗り出した。残業時間の上限を原則として月45時間、年360時間に制限した。繁忙期などの特殊な事情があっても月100時間未満、年720時間(一部業種を除く)を超える残業は禁じられている。ただ、建設業や運輸業などでは、長時間にわたる残業を回避するためには人員配置を手厚くする必要があり、準備期間として5年間の適用除外が認められた。この適用除外が解除されたのが24年4月であり、全国で深刻な人手不足が顕在化した。これが「2024年問題」である。

建設・物流業界に危機感

こうした中で建設・物流業界では危機感が高まっている。労働時間規制の適用で残業時間が厳しく制限され、人手不足が深刻化しているからだ。建設業界では資材高騰と十分な人員確保が困難となったことで都市再開発が全国的に遅れており、一部では再開発事業の無期延期や中止に追い込まれる事態も起きている。物流業界も厳しい対応を迫られている。中小・零細事業者が多く、長距離トラックの運転手確保が難しくなっているほか、運転手にとっては残業代の目減りにもつながっている。

少子高齢化が急速に進むわが国だが、就業者の増加は続いている。定年退職後の高齢者や子育てを終えた女性の就労が広がっているからだ。それでも人手不足が起きているのは、就労者1人当たりの労働時間が短くなっている影響もある。

厚労省によると、就労者全体の平均労働時間は1カ月当たり136時間で、この20年間で1割も減少した。この大きな要因が残業を規制する働き方改革だとされている。特に増加傾向にあるパート労働者に関しては、扶養控除をにらんだ就業調整が響いて1カ月当たりの労働時間が80時間と短く、就労者全体の平均労働時間を押し下げており、日本全体の労働時間は着実に減少傾向にある。

その一方で正社員の年間総労働時間は主要7カ国の中で最長だ。週49時間以上働く正社員の割合は約15%と最も多く、米国の12%、英国の9%などを大きく上回っている。これが日本の労働者を巡るもう1つの真実でもある。長時間労働を促す残業規制の緩和は結局、問題の先送りに過ぎない。なるべく短い労働時間の中で最大の成果を生み出す労働生産性の向上こそが本質的な課題である。その解決に向けた実効性のある取り組みが求められている。

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