2025年12月号
POLITICS
[「暗闇の森」を歩く]
by
園田耕司
(朝日新聞政治部次長。元ワシントン特派員)

米原子力空母における最大のクライマックス(10月28日)
Photo:Jiji
トランプ米大統領と一緒に米原子力空母上で強固な日米同盟をアピールするという強烈な外交デビューを飾った高市早苗首相――。知日派の大御所・キャンベル前米国務副長官は首相を「東洋のサッチャー」と呼び、内閣支持率は驚異の80%超えを記録した。
安倍晋三元首相の没後、自民内で決して主流派とはいえなかった高市氏を首相の座に押し上げたのは、地方から沸き起こった強烈な保守回帰のうねりだった。ロケットスタートを切ったように見える高市政権だが、前政権も対応に苦しんだ物価高問題に直面しているうえ、衆参で少数与党という脆弱な政権基盤にある。とくに経済政策において国民が実感できるような実績を出さなければ、前政権のような短命政権に終わりかねないリスクもはらむ。

代表質問を行う公明党の斉藤代表(11月5日、同党HPより)
日米首脳会談をめぐる最大のクライマックスは、米原子力空母ジョージ・ワシントンにおける両首脳の強固な日米同盟のアピールだっただろう。トランプ氏の横で拳を上げながら小躍りする首相のパフォーマンスには賛否両論があるものの、米原子力空母という米国の軍事プレゼンスの象徴とも言うべき舞台で両首脳が結束を示したことには、対中牽制にとどまらない、重要な意味をもつ。
同盟国の軍事力を結集する「統合抑止」を進めてきた米側は、日本の軍事力を自分たちの側にさらに取り込んで一体化させたいとの思惑がある一方、日本側は孤立主義的傾向を強める米国をインド太平洋地域に何とか引きつけておこうと、米側の果たしてきた負担と役割を自ら進んで引き受けようとしている。こうした両国の思惑を背景に、両首脳による政治的演出は生まれた。米側は日本が米国とともに行動していく覚悟と責任を内外に示したと心強く受け止めただろう。
日米首脳会談をめぐる首相の言動は、米側を十分に満足させるものだった。第1次トランプ政権の元米政府高官は「トランプ氏と高市氏の会談は大成功だった」と評価し、「2月の石破首相との会談も良かったが、トランプ氏は今回、高市氏を安倍氏の後継者として非常に気に入ったと思う。2人のケミストリー(相性)はとても合っていた」と述べた。元高官は、トランプ氏が防衛費増の要求を会談で持ち出さなかったのは、首相が先手を打って防衛費の国内総生産(GDP)比2%への増額の前倒し達成を表明していたことが功を奏したからだと解説し、「日本政府は非常に優れた戦略を持っていた」とも語った。
首脳会談直前ではあるが、キャンベル前国務副長官は日本経済新聞と米戦略国際問題研究所(CSIS)との共催シンポジウムで「彼女(首相)は東洋のマーガレット・サッチャーと言われることもある。非常にパワフルな例えだ」と語った。キャンベル氏は、英国のサッチャー首相はレーガン米大統領と一緒にダイナミックなアプローチのもとで米英同盟を強化したと指摘。高市首相は「鉄の女」との異名もあるサッチャー氏と若手議員のころに面会したことがあり、憧れの政治家として名前を挙げる人物だ。
「東洋のサッチャー」発言には明らかにお世辞も込められているものの、キャンベル氏らワシントンの政治エリートたちは、首相が近い将来、サッチャー-レーガン関係のように、トランプ氏と緊密な関係を作り、トランプ氏を日米同盟の強化という正しい方向に導く存在になって欲しいと期待しているのだろう。
外交手腕は未知数とされていた首相だったが、トランプ氏を始め、韓国の李在明大統領や中国の習近平国家主席との首脳会談をこなした一連の外交ウィーク直後、発表された内閣支持率は82%を記録した(JNN世論調査。11月2日公表)。政権発足直後の支持率としては、2001年以降の政権で、小泉内閣の88%に次ぐ2番目に高い支持率だった。ご祝儀相場とはいえ、近年の低支持率にあえいできた岸田政権や石破政権と比べれば、驚異的なロケットスタートを切った格好だ。
ある自民関係者は「支持率が高いのは、高市さんが菅さんや岸田さん、石破さんと比べて雄弁だからだ。日本人ははっきりとした断定口調で話すタイプが好きだ。だから今は実績を示していなくても『期待値』としての支持率は非常に高い」と語る。

経済安全保障推進会議のまとめを行う高市首相(11月7日、官邸HPより)
高市政権の発足は、自民党内の単なる「疑似政権交代」にとどまらない、戦後日本という国家の方向性を右へと大きくシフトさせていく歴史的局面だったと後世に記憶される可能性もある。
高市政権の目指す政策のエッセンスが凝縮しているのが、自民党と日本維新の会が結んだ連立政権合意書だ。合意書では冒頭に「戦後80年にわたり、国のかたちを作り上げる過程で積み残してきた宿題を解決する」とうたっている。
合意書では▽27年度に防衛費をGDP比2%へ増額するとした安全保障関連3文書の前倒し改定、▽輸出できる防衛装備品の使用目的を「救難・輸送・警戒・監視・掃海」に限定している「5類型」の撤廃、▽反撃能力をもつ長距離ミサイルの整備、▽原子力潜水艦を念頭にした潜水艦の保有、▽自衛隊の階級などの国際標準化、▽スパイ防止関連法制の導入、▽「国家情報局」や「対外情報庁」創設――などタカ派色の強い政策がずらりとならぶ。また、戦後に皇籍離脱した旧11宮家の男系男子に限り養子縁組を可能とする案を「第1優先」とする皇室典範改正、「日本国国章損壊罪」制定など、新聞で言えばいずれも一面アタマ級のニュースとなるレベルの保守色の強い内容となっている。
日本は戦後80年間一貫して紛争解決のために武力行使をしないとの原則を守り、平和国家という国家像によって国際社会の尊敬と信頼を得るという戦後平和主義の理念を重視してきた。だが、日本を取り巻く安全保障環境の悪化、同盟国・米国の「内向き」志向もあり、ここ数年で急激に日本は、これまでの専守防衛の概念にとどまらない攻撃力を兼ね備えた「軍隊」をもつ「普通の国」となる動きを強めている。例えば、長らく厳しく規制されてきた武器輸出についてもすでに大幅に緩和されており、現職防衛相が「トップセールス」を公言する時代だ。つまり、平和主義を理念とする憲法9条は存在しているものの、その実質的な形骸化は着実に進んでいるのが実情だ。
今回の自民・維新の連立合意書でうたう「積み残してきた宿題を解決する」とは、安全保障分野において息も絶え絶えともいえる戦後平和主義に最終的なとどめを刺すことを意味するのかもしれない。
高市政権が取り組もうとしているこうした戦後日本の大きな変革は、次の二つの主要な要因によって可能となったといえる。
一つ目が、今夏の参院選における参政党の台頭だ。与党が歴史的大敗を喫した参院選だったが、比例獲得数をみると、自民は22年の前回参院選から544万票減の1280万票と大幅に減らした。一方、参政は前回と比べて4倍以上の742万票を獲得し、議席数でも13議席増の15議席と急伸。選挙区でも自民支持層が参政候補者に切り崩されているケースが多く見られ、自民は参院選総括で「若年層から50代までの支持が軒並み低下し、他党へ流出していることが浮き彫りとなっている。我が党を支持していた保守層の一部も、他党へ流出している傾向が示されている」「『自民党は左傾化している』などの疑念も一部世論に生まれ、他党へ流出することとなった」と反省の弁を記した。
参政の台頭に、自民内で最も強い危機感を募らせたのが、再来年に統一地方選を控える地方の議員らだった。リベラル寄りの石破政権を敬遠する自民の岩盤支持層が参政支持へと回ったとみて、地方が「石破おろし」の発火点となった。自民総裁選では、保守強硬派として知られる高市氏に地方票が集中し、高市氏が小泉氏優勢の前評判を覆して勝利した。
参政の神谷宗幣代表は月刊誌のインタビューで「参政党のような党がなければ、グローバリストでリベラルの小泉さんが総裁になっていたでしょう」と前置きしたうえで、「先の参院選で我が党が躍進したことで、自民党が危機感を持った。小泉さんになれば保守層がごっそり抜けて参政党に流れる。もしかしたら議員まで流れるかもしれない。それでは自民党の弱体化が止まらなくなる。だから歯止めとして高市さんにしておかないとまずい、と判断した方もいたのではないでしょうか」と語っている(『Hanada 25年12月号』)。この神谷氏の分析は極めて正鵠を射るものだ。参政の台頭が自民のとくに地方を中心に強烈な保守回帰のうねりを引き起こし、高市政権を誕生させたといえる。
筆者は本誌10月号で、参政を始め、欧州の極右政党、米国のMAGA運動など各国の右派ポピュリスト運動の連携によって「世界同時右派革命」とも呼べる事態が進行していると指摘したが、高市政権の発足もこうした一連の「世界同時右派革命」による新興勢力の台頭に突き動かされたものだったということもできるだろう。
高市政権による大胆な変革を可能にした二つ目の要因が、公明党の政権離脱だ。「平和の党」を党是とする公明は、「下駄の雪」と揶揄されながらも、ときに自民党のタカ派色の強い政策のブレーキ役を果たしてきた側面があった。第2次安倍政権のもとで政府・自民が憲法解釈を変更して集団的自衛権の行使を容認しようとした際、公明の北側一雄副代表(当時)と自民党の高村正彦副総裁(同)が水面下で協議し、フルスペックではない、現在の限定的な集団的自衛権行使の要件が生まれた。岸田政権下で進められた武器輸出規制緩和をめぐる自公協議でも、公明が「5類型」撤廃に慎重だったこともあり、政府・自民悲願の撤廃が実現しなかった経緯がある。防衛省関係者は「自民のタカ派的な安保政策を抑制してきた公明党はもういないので、自民党は好きなようにやっていけるようになった」と語る。
高市氏を支えてきた関係者の一人は「高市さんは前回総裁選で負けていたことが逆に運が良かった」と振り返る。「リベラルな石破政権がこけてリベラルへの幻滅が広がったぶん、民意は右へと大きく振れた。石破さんが高市政権誕生の『露払い』をしてくれたともいえる。さらに公明が連立から出ていき、維新とくっついたおかげで、自民は右寄りの政策を掲げることができた。維新は自民よりも右だ。高市さんは、連立合意書に書いている内容だからこそ堂々と右の政策をやることができる」
高支持率のもと順風満帆な船出といえる高市政権だが、安定した長期政権を目指すうえでは二つの大きな課題を克服しなければいけない。
一つ目が、国民生活にとって最も深刻となっている長引くインフレへの対応だ。ロシアのウクライナ侵攻の影響で進んできた物価高だが、消費者物価指数は昨年9月からの1年間で2.3%~4.0%と上昇を続けている。とくにコメ高騰は大きな懸案であり、米価は5キロ4千円を超える水準で高止まりしたままだ。
インフレは米国を始め世界各国で大きな問題となっており、米シンクタンク関係者は「各国の選挙で与党が負け続けている最大の要因はインフレ対応に対する有権者の不満だ」と語る。日本においても、参院選の与党大敗の原因の一つとして、政府与党が抜本的なインフレ対策を示すことができず、一律2万円給付などの訴えが「付け焼き刃」的な対応として有権者に受け止められたことが考えられる。
安倍氏の後継を自任する首相は、経済財政諮問会議の民間議員に積極財政派を登用し、コメ高騰対策として政府が近くまとめる総合経済対策に「おこめ券」の活用を盛りこむ方向なども検討しているが、果たして国民が実感できるだけの効果を生み出すことができるのか。インフレへの対応を誤れば、「高市さんに対する現在の高い『期待値』が失望へと変わってくる」(前出の自民関係者)というリスクをはらむ。
二つ目の大きな課題は、高市政権はいくら高支持率とはいえ、衆参両院で少数与党という極めて脆弱な構造的問題を抱えているという点だ。政治信条では極めて似ている首相と安倍氏だが、2人の最大の違いは、「安倍1強」の言葉にあらわれるように、安倍氏は第2次政権当時に衆参両院で圧倒的な「数の力」をもっていたことにある。首相は、公明の連立離脱後に維新と連立を組むことに成功したものの、衆参両院で過半数を得たわけではない。
さらに連立パートナーの維新とは「閣外協力」というもろい連立の形態をとっている。自公政権のように連立パートナーの政党の閣僚を「人質」として閣内に入れて一蓮托生の構造にはなっていないため、自民側は常に維新側の裏切りにおびえなければならない。自民内にはこれまで野党として対立関係にあった維新側への不信感もくすぶり続けている。
こうした困難な政治情勢の局面打開を図るためには、高支持率のうちに解散総選挙に打って出て自民単独過半数を目指すのが、最も手っ取り早い手段だといえる。だが、自民には、石破前首相が発足直後のご祝儀相場で解散総選挙に打って出たことで歴史的大敗を喫したという苦い教訓があるうえ、公明の連立離脱の影響が自民議員の選挙にどう出てくるのか見通せない。また、維新側との選挙区調整も進んでいない。
首相に近い関係者は、解散総選挙の時期について「まずは経済で実績を出し、国民が実感をもってからだ」と指摘したうえで、「それまでは1年はかかるだろう。首相は1年間じっくり経済対策に取り組み、解散することを考えているだろう」と語る。ただ、そのときに首相は国民が満足するだけの実績をどれほど出すことができ、さらにはどの程度の支持率を維持しているのか。前述の連立合意書で明記した政策も、閣議決定など政府だけで決められるものはスピーディーに実現していくだろうが、法改正や予算を伴う政策については実現の見通しは簡単には立たない。すでに日本政治は「多党化」の時代に入っているとの見方もある。参政党や国民民主党など新興勢力が虎視眈々と次のステップアップに向けたチャンスをうかがう中、首相がこれから極めて難しい政権運営のかじ取りを迫られていくのは間違いないだろう。