連載/病める世相の心療内科/日本ミツバチと人間の一生は同じ/遠山高史・精神科医

2025年12月号 LIFE [病める世相の心療内科]
by 遠山高史 (精神科医)

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絵/浅野照子 (詩画家)

畑の隅に日本ミツバチの巣を数個設置してみた。あまり期待していなかったが、そのうちの一つに、日本ミツバチが住み着いた。

目下、世界的に西洋ミツバチの突然死や大量失踪が問題になっているなかで、蜜の生産量は5分の1程度といわれる日本ミツバチが存在感を高めている。

西洋ミツバチはアフリカのサバンナや地中海沿岸の草原にいた種を集蜜度の良い種に改良して生み出されたため、飼育動物に近く、そういった動物の弱点である新種の疫病に抵抗力が低くなってしまったと考えられている。一方、日本ミツバチは東南アジア由来の種で、移動範囲は狭いが、一斉に咲く花に頼らず、日陰でも育つヤブガラシなどの地味な花からも蜜を集められる雑食性で、疫病にもかなり強い。

私もそのことへの期待感から、日本ミツバチの養蜂にトライした。なんと初めてにもかかわらず設置して数カ月で採蜜にも成功したが、喜びもつかの間、夏の盛りに突然1匹もいなくなった。蜜もすっかりなくなり、蜜ろうでできた6角形の巣房もあらかた消えてしまっていた。

消えた理由はわからず、改めて教科書を再読してみると、養蜂について知るだけでなく、実に様々な思いが心をよぎり、あふれだしてきた。

ミツバチの巣を襲うのは、スズメバチに限らない。アリも蜜を求めてやってくるし、スムシというガの幼虫は巣を食べつくしてしまう。ミツバチにとって極めて危険な昆虫である。そうした外部からの異質な生物からの攻撃は、巣の入り口を狭くしたり、消毒を徹底すれば、かなり防げるが、同種間での抗争が起こることへの対策は難しい。

花の少ない時期、日本ミツバチ同士でも蜜の奪い合いがよく起こるが、西洋ミツバチの大群が日本ミツバチの巣を襲うことも頻繁にあるという。そして、蜜も蜜ろうもごっそり持って行かれてしまう。それどころか、巣が乗っ取られることもある。

乗っ取られた日本ミツバチは戦意を失って巣の下の方にかたまり、女王バチも慌てて、身を守ってきた女王物質なるものを分泌できなくなる。すると女王の見分けがつかなくなり、仲間に殺されてしまうこともある。なんとか1匹で巣を離脱できたとしても、哀れにも餓えて死んでゆく。

元気の良い巣では、王台という女王候補を育てる部屋がいくつかでき、1匹を残して他の候補が殺されることは知っていたが、女王バチがこのような淋しい最期を遂げることまでは知らなかった。

さて、歴史を知る者なら、これになぞらえられる出来事のいくつかに思い至るであろう。人間の生きざまも、わずか20日前後で一生を終えるミツバチと基本はほとんど変わらないということが身に染みてくる。いま人間社会に起こっている抗争も、この小さな生き物たちのせめぎあいも、何か似たような、見えざる自然の摂理によるものを感じさせる。それは何らかの閉塞である。

情報過多の緻密な社会構造に囚われ、人口爆発によって、人間社会は息苦しさを増している。それがほとんどの争いの背景因であると、私は思っている。蜂たちも、蜜集めが困難で、行き場の少ない時期に互いに争うことが多い。閉塞は、同種間での争いを増すのである。

地球のキャパはまだ十分にあるはずだが、それがどこにあるのか、見出すには謙虚さが必要に違いない。虫も人も変わらないという東洋的知恵が。

著者プロフィール

遠山高史

精神科医

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