全国で進むアリーナバブルはプロスポーツの頂点にいる野球を打ち落とす可能性がある。
2025年11月号 LIFE

トヨタアリーナ東京で開かれた開幕戦には多くの観客が集まった
Photo:Jiji
密閉空間で光と闇が織りなす演出と、ブースターの声援は想像以上だ。10月3日にこけら落としをした東京・お台場の「トヨタアリーナ東京」でのプロバスケットボールB1リーグ開幕戦は観客数が9500人超で、ほぼ満員だった。アリーナ中央のビジョンはどの席からでも見やすく、観客の視線は自然と集まる。攻守がめまぐるしく入れ替わる展開は食べ物を口に運ぶ時間すら与えない。ダンクやスリーポイントシュートが次々と決まるからだ。
Bリーグチェアマン、島田慎二が繰り出したBリーグ改革で、全国各地で新しいアリーナの建設計画が浮上している。入場者数は過去最高を更新、10月に始まった2025-26シーズンでは1万人を超える観客を集めた試合もあった。新しいリーグ運営、スポーツ観戦のあり方は、戦後長らくプロスポーツの頂点に君臨してきたプロ野球を揺さぶる。
島田はBリーグの強豪、千葉ジェッツの運営会社の代表として、経営がままならなかったチームを立て直した手腕を評価され、コロナ禍の20年6月にチェアマンに就任した。就任3年後には「26年開幕のシーズンからトップカテゴリーを再編、『Bリーグ・プレミア(Bプレミア)』を創設する」と発表し、スポーツ関係者に驚きを与えた。
最大の衝撃はチームの成績による昇降格制度をなくし、経営面の基準を満たしたクラブであればBプレミアに参入できる仕組みにある。試合を行うアリーナに関する基準もある。多くのチームが利用してきた従来型の体育館ではクリアが難しく設定されているところがミソだ。一例を挙げると収容人数5千人以上でスイートルームのような特別室の設置を求めている。そんな条件があるため、アリーナの建設・改修を計画するチームが相次いでいる。
Bリーグは基準に適合する新アリーナを28-29シーズンの開幕までに使用開始することを求めている。建築に必要な時間を考えればほとんど猶予はない。多くのケースでは地元自治体が施設をBリーグ仕様に改修することになっているが、愛知県や秋田県などでは新設計画も進んでいる。トヨタアリーナ東京のほか、千葉や神戸など民間でアリーナ建設を進めたチームもある。Bプレミア入りを決めた26チームのうち過半の14チームは21年以降に新設したアリーナを使う方針だ。
いったんは従来型の公共の体育館を改修して利用する方針を示していても、アリーナの新設に向けて動きを進めているチームもある。札幌市を本拠にするレバンガ北海道は現在利用する道立施設の改修でBプレミアへの参加条件をクリアしたが、札幌駅周辺部でのアリーナ新設の検討を進めている。一方、三遠ネオフェニックスが本拠地とする愛知県豊橋市では、アリーナ建設を巡って推進と反対が入り交じり、問題が複雑化している地域もある。
公共施設の体育館の大規模改修は、国民体育大会(国体、現国民スポーツ大会)の数年前から進められることが常だった。しかし国スポの必要性が低下、地域の体育施設の老朽化が深刻化しており、「Bリーグの意向が、格好の改修・新設のきっかけになっている」(大手ゼネコン関係者)との歓迎の声もある。
アリーナは全天候型の施設で、スポーツ以外のイベント開催に利用しやすいことも見逃せない。野球場やサッカースタジアムなどは多くが屋外型で、数万人収容と大きいのに対し、屋内型で数千人収容が中心のアリーナはバスケ以外のイベントにも利用しやすい。芝の管理などの手間が無くメンテナンスの費用が格段に少ないメリットもある。公設であっても、民設であっても、適度な規模で、あらゆる利用が可能なことがアリーナバブルの背景にはあるのだ。
もっともB1リーグの1試合あたりの平均来場者数は4912人(24-25シーズン)で、3万人を超えているプロ野球や2万人を超えるJ1リーグとはケタが一つ違う。しかし、あるプロ野球チームの関係者は「Bリーグの改革はリーグのあり方を見直すきっかけになるかも知れない」と指摘する。
Bプレミアへの転換による、もう一つ大きな特徴が、選手の年俸上限である「サラリーキャップ(SC)」の設定だ。当初、1チームのSCは8億円、年俸の下限であるサラリーフロアは5億円に設定する。島田はそれぞれの基準を年俸水準の変更に合わせて見直す考えも打ち出しており、実力の均衡したリーグにすることを目的にしている。
一部の例外規定は設けられるが、SC導入で金満球団による勝利至上主義的な経営は成り立たなくなる。大きければ良いわけではないのだ。逆に経営が思わしくない球団には早急な経営体制の変更を求めるプレッシャーになるとみられている。
目をプロ野球に転じると、Bリーグの方針と真逆の現実が広がっている。今年、日本プロ野球選手会が発表したチーム別支配下登録選手の平均年俸によると、首位の讀賣巨人軍は7800万円。対して最下位の西武ライオンズは3744万円と半分にも達しない。
確かにいつでも金満球団が勝つわけではないところがスポーツの魅力ではあるが、常勝を宿命付けられているチームと最下位争いの常連となっているチームの色分けは鮮明だ。「チームの練度によって毎年のように順位が入れ替わるBリーグの様子が注目されれば、球団間格差が顕著になっているプロ野球はあり方が問われる」(前出の関係者)との危機感が芽生え始めている。
「見る」スポーツとしては野球の人気はいまだに根強いものの、若年層の「する」スポーツとしてはすでに衰退期に入っている。24年度の高校硬式野球部の登録者数は11年連続で減少しており、1982年の調査開始以来最少を記録した。
野球の競技者のほとんどが男子なのに対し、バスケは女子も男子同様に選手として登録が可能であることもあり、すでに高校ではバスケ部員数が野球部員数を上回って久しい。野球はすでに古いスポーツとの位置づけで、球場にいるのは50代以上のオールドファン。逆にBリーグの試合会場では圧倒的に若年層が多い。
全国で起きているアリーナバブルでBリーグの試合は大きく改善し、チームの収益環境は向上する。少子高齢化が本格化、人口減少社会の現実が目の前に迫るなか、国内のスポーツビジネスのパイはまもなく縮小に転じる。バスケの地位が上がるほどスポーツヒエラルキーの頂点にいて抜本的な改革を拒み続けてきたプロ野球の落日は早まるだろう。(敬称略)