公取委が「軽油カルテル」摘発!/血税8兆円の裏ではびこる「悪習」にメス

2025年11月号 POLITICS

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公正取引委員会の岩成博夫事務総長

Photo:Jiji

東京都内で運送事業者などに販売する軽油の販売価格を巡ってカルテルを結んでいた疑いが強まり、公正取引委員会が独占禁止法違反(不当な取引制限)の容疑で、石油販売会社8社に対する家宅捜索に踏み切った。公取委では石油販売各社が安定的な利益の確保を狙い、業界の談合を通じて不当に価格を吊り上げていた可能性が高いと見ている。

軽油やガソリンなどの燃料価格は、ロシアによるウクライナ侵攻が始まった2022年2月以降、円安も加わって高値水準で推移している。このため、政府は物価高対策として同年から石油元売り各社に補助金を支給し、卸価格の抑制に乗り出している。

だが、血税投入の裏で石油販売会社が不当な利益を荒稼ぎしていたとすれば、極めて悪質性が高い。石油販売業界では全国的にカルテルが蔓延していた疑いも指摘されており、公取委は刑事告発する方向で徹底した捜査を進める方針だ。

会計検査院が槍玉に挙げる

公取委は9月10日、東日本宇佐美(東京)やENEOSウイング(愛知)、エネクスフリート(大阪)など石油販売8社の都内の本社や支社などを一斉に家宅捜索した。同委の岩成博夫事務総長はこの日の記者会見で「本日、犯則調査を開始した。カルテルなどの不正行為には厳正に対処していく」との談話を発表した。同委が犯則調査の開始時点で捜査着手を認めるのは極めて異例である。

犯則調査とは裁判所の令状に基づき、家宅捜索や差し押さえなどの強制調査ができ、検査当局への刑事告発を目指す調査のことだ。価格カルテルや入札談合など悪質性が高い不正行為を対象としており、公取委の通常の行政処分では改善が困難と判断した場合に適用される。同委が犯則調査に乗り出すのは、約3年前の東京五輪・パラリンピックの運営業務を巡る入札談合以来となる。

今回の捜査開始のきっかけは、今年5月に神奈川県の運送事業者向けの軽油販売を巡り、価格カルテルを結んでいた疑いがあるとして、同県内の東日本宇佐美やENEOSウイングなど6社に立ち入り検査に入ったことだった。これは通常の行政手続きに基づく検査だったが、この中で東京でも大規模なカルテルを締結していた疑いが浮上。疑惑の舞台が神奈川から東京に移ったことで、談合規模が格段に大きくなるほか、ENEOSや宇佐美は業界大手で販売シェアも高いため、公取委ではカルテルの影響が広範囲に及ぶと判断。立ち入り検査から犯則調査に切り替え、刑事告発に向けて本格的な捜査に乗り出すことになった。

今回の家宅捜索の対象となった8社の軽油販売量は、東京都内における軽油販売シェアの過半を占める。都内には全国に貨物を配送する大手事業者の本社が集中しており、そこで価格カルテルが結ばれていれば、全国の貨物輸送網にも影響を与えていた恐れがある。

業界関係者によると、各社の営業責任者が定期的に秘密会合を開き、軽油の販売価格などを話し合って決めていた疑いがあるという。こうした不正な価格吊り上げは、軽油を使う運送事業者の物流コストの増大に直結し、ひいては最終消費者である国民が購入する商品の購入価格にも跳ね返り、国民経済に打撃を与えることになる。

政府は22年以降、燃料高騰抑制策に取り組み、25年5月からは補助金を使った「燃料油価格定額引下げ措置」をスタートさせた。現在は軽油1リットル当たり10円の補助金を石油元売り会社に支給しており、今年夏までにガソリンと合わせて総額で約8兆円の血税が投入された。元売り各社はこの補助金を使って卸価格を引き下げることになっているが、石油販売会社が販売価格を下げないようにカルテルを結んでいれば、卸価格が下がっても店頭価格には影響を与えず、価格が高止まりしていた可能性がある。

実際、経済産業省の資源エネルギー庁がまとめた今年9月1日時点の軽油の全国店頭平均価格は、1リットル当たり154.2円で、3年前の9月に比べて約3割も上昇している。ロシアによるウクライナ侵攻で世界的に燃料価格が高騰した影響がもちろん大きいが、それでも会計検査院は23年11月の調査報告で「ガソリン・軽油の補助金支給に相当する額が小売価格に反映されていない可能性がある」と指摘し、補助金による軽油の価格引き下げ効果が限定的であるとの見方を示した。

経産省幹部は「多額の補助金が投入されながら、石油販売業者によるカルテルでその値下げ効果が減衰していたのなら、到底許されない」と激怒している。

「全ト協」が徹底解明の要請書

徹底究明を求める全日本トラック協会の機関紙

ガソリンを巡っては、都市部を中心にガソリンスタンドによる過当競争が広がり、「陥没価格」と呼ばれるほど、安値販売が横行している地域がある。一方で軽油販売は運送事業者向けのスタンドが限られており、販売業者がカルテルを結びやすい構造にある。特に運送事業者は中小・零細事業者がほとんどを占めており、相対的に販売業者の立場は強い。この結果、販売業者がカルテルで価格を吊り上げる不正が起きやすく、運送事業者の経営は残業規制の強化による人手不足なども加わって苦境に陥っている。

運送事業者の業界団体「全日本トラック協会(全ト協)」によると、営業コストに占める軽油の割合は全体の23%を占めており、軽油価格が1リットル当たり1円値上がりするだけで、業界全体で約150億円のコスト増になると試算している。それだけに「もし価格カルテルが事実であれば、様々なコスト増に悩むトラック業界が不当な価格で軽油を購入していたことになる。徹底的に事実関係を解明してほしい」と公取委に対して要望書を提出している。

公取委も徹底した捜査を進める構えだ。刑事告発に向けて犯則調査の開始を異例の形で公表したことで、世間の注目が集まっているからだ。 今年2月には長野県内のガソリン販売を巡り、カルテルを結んでいた疑いがあるとして、県石油商業組合北信支部(長野市)が立ち入り検査を受けた。ガソリン価格の値上げ幅などを業者間で話し合って決めていたという。県石油商業組合も一部のカルテル行為を認めており、排除措置命令などの行政処分が出される見通しだ。

今回の強制調査も神奈川県の立ち入り調査が不正発覚の端緒となっており、公取委では他地域における石油販売業界のカルテルの摘発にも強い意欲を見せている。

品質で他社と差が付きにくいガソリンや軽油は価格競争に陥りやすく、しばしばカルテル事件を引き起こしてきた。日本が石油ショックに見舞われた1970年代には、国内の石油元売り大手が闇カルテルを結んでいたとして、合計12社が独禁法違反容疑で初めて刑事告発された歴史もある。その後も石油販売を巡るカルテル事件は後を絶たず、公取委は業界に対する監視を強めてきた。物価高対策で軽油やガソリンを巡る大規模な補助金が投入されたことで、再び業界のカルテル体質にメスが入ろうとしている。

こうした中で自民・公明両党と野党各党は、ガソリンの旧暫定税率を年内に廃止することで合意し、その具体策を詰めている。これが実現すると、ガソリン1リットル当たり25.1円の上乗せ分がゼロになる。軽油に関しても同17.1円が上乗せされており、この廃止も今後の与野党協議の課題となっている。

だが、軽油販売を巡る石油業界のカルテル体質が払拭されなければ、せっかく減税に踏み切っても消費者に恩恵が行き渡ることはない。この際、公取委だけでなく、政府・与党も石油販売業界を厳しく取り締まることで、不正行為を断固として排除すべきだ。

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