特別寄稿/城内実(初代AI戦略担当大臣)/初の「AI法」にかける思い/この1~2年が大きな勝負

2025年10月号 POLITICS
by 城内実 (内閣府特命担当大臣(AI戦略担当))

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城内実(きうち みのる)

1965年生まれ。東京大学教養学部卒業後、外務省へ(天皇陛下、総理等のドイツ語通訳官)。2003年衆議院議員初当選(静岡7区・通算7回)。外務副大臣、環境副大臣、衆議院外務委員会委員長などを歴任。2024年10月から現職。

2025年5月28日、我が国で初めて、人工知能(AI)技術を単独で取り扱う法案が国会成立した。今や、AIに関連するニュースを見ない日はない。企業や組織における様々なAIの導入・活用事例。他方で、AIによる事件も目にするようになった。AIを巡る国際的な動向の変化も著しい。

なぜこれほどまでにAIが注目されるのか。それはやはり、AIという技術が、国民生活や経済、社会を大きく変革する可能性を有するからであろう。今、世界の主要国は、こぞってAIへの大規模投資を行っており、人口減少下で労働力不足に喘ぐ我が国においても、その解消の切り札、そして生産性向上に向けた起爆剤として、AI技術への期待は極めて大きい。

AIについては、これまでも機械学習や深層学習と言われる技術が存在していたが、2022年秋頃、飛躍的に性能が進化した「生成AI」が登場したことによって、自然な会話やプログラム、画像等が簡単に作れるようになった。音声認識によるアシスタント、文章の要約や翻訳、データの分析や予測といった高度な活動が、生成AIを用いて実施できるようになった。

他方で、生成AIに潜むリスクも看過できない。例えば、個人情報の漏洩や犯罪の巧妙化。また、AIが偽情報や誤情報を出力し、拡散されるリスクも大きくなった。

ただ、こうしたリスクを黙って放置してきたわけではない。2023年、当時G7の議長国であった我が国は「広島AIプロセス」を主導し、生成AIのリスクに対応する国際ルール作りに向けて世界各国に呼びかけを行い、AI事業者に対する国際指針などが合意に至った。これを受けて、世界各国がAI法制度の検討に着手した。

「人間中心のAI」政策推進

我が国独自のAI法制度をどう策定していくのか。私が内閣府特命担当大臣に着任したのは、まさにその検討を実施している極めて重要な時期にあった。

例えばEUでは、AIに対する厳しい規制法を先行して打ち出していたが、日本では、AIへの民間投資や利用率が世界の主要国に比べて大きく低迷しており、我が国で同様の規制を導入すれば、事業者等が萎縮し、AIの開発や活用が更に低迷するのではないかという懸念があった。

実は私自身、1950年代の音響機器(アンプも真空管)を使って、それよりさらに古い時代の78回転のレコードを聴くことを趣味としている超アナログ人間なので、AIを活用したことがなかった。しかし、大臣着任以降、様々なAI関連企業や研究機関等の視察、意見交換、そして事務所や大臣室のスタッフたちがAIを上手に活用している姿を見て、AIに対する認識は変化した。そしてまた、AIがもたらす様々なリスクにも、しっかりと向き合わなければならないとの思いが日々強くなっていった。

内閣府では、東京大学の松尾豊教授を座長とするAI制度研究会を設け、我が国独自の法制度に向けた検討を進めていった。

そして本年2月、「中間とりまとめ」を決定し、AIのリスクを恐れて使わないのではなく、AIのリスクに対応しながら、AIを使いこなしていくという、「イノベーション促進とリスク対応の両立」という我が国独自の方針を打ち出すに至った。我が国初の「AI法」の骨格はここででき上がった。

AI法、正式名称「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」は、法律自体に罰則はなく、EUのようないわゆる規制法ではないものの、AI政策の司令塔機能を強化するための「AI戦略本部」の創設や、「AI基本計画」及び「指針」の整備、AIに関する情報収集や国民の権利利益を害する事案の分析・調査、情報提供等を国が行うための規定を設けている。

私がこだわった点は、AIの技術進化が著しい中で、AIがもたらす、今顕在化していないものも含めた様々なリスクに、柔軟・迅速に対応できるようにすることである。

日本の法体系下では、AIのリスクについて、特に悪質な事案に対してはこのAI法ではなく刑法等の様々な既存法で対応することになる。関係省庁が法令等を所管している中で、各省庁をまとめる内閣府の司令塔機能の強化と、関係省庁との緊密なコミュニケーション、そして機動的な取組を実施できるかどうかが鍵となる。このため、AI法ではそうしたことを担保するための規定を置いている。法律の附則には「見直し」規定も置いており、AI法の効果が不十分であった場合には、今後法律自体を見直せるようにもしている。

AI法案は、今年の通常国会において20時間を超える審議が実施された。委員会の場では、私自身、できる限り丁寧に説明を行うことを心がけ、その結果、与党のみならず多くの野党からの賛成も得て、法案が成立するに至った。AIは、全ての国民の生活や産業に大きく影響することから、多くの政党・国会議員から賛同を得て法案成立に至ったことは喜ばしいことである。

なお、国会審議においては、「人間中心のAI」という考え方が一つの論点となった。やはり多くの方々が、人間がAIに支配される社会が来るのではないかと心配されており、AI技術が発展しても、人間中心の社会であるべきとの指摘をいただいた。私も全く同感である。「人間中心」の考え方を常に中心において、今後の政策推進に当たっていきたい。

また、AIのもたらすリスク、とりわけ、性的ディープフェイクの問題や、人事採用での意図しない偏見・差別等に対する懸念・指摘も数多くいただいた。こうした重要論点については、法律の全面施行を待つことなく、内閣府において試行的な実態調査に着手しているところであり、国民のAIに対する不安を少しでも払拭できるよう、迅速に取り組んでいきたい。

勝ち筋を一つでも多く作る

加えて、我が国に勝ち筋はあるのか、海外製のAIに頼るばかりでよいのか、といった指摘もいただいた。我が国の産業競争力や安全を守る観点から、国産AIの開発が行われることは極めて重要である。

日本語で、日本の文化や商習慣等を正確に、さらには日本や日本人の情緒を持って回答できる国産AIの研究開発を積極的に進めていきたい。また、特にロボット、医療、防災などの分野では、AIで肝となる良質なデータを、我が国の機関が保有しており、こうした分野で国産のAIアプリケーション開発を進め、積極的に海外展開していくことは一つの勝ち筋になるように思う。AIによる勝ち筋を一つでも多く作り、日本の競争力を高めていきたい。

9月1日、AI法が全面施行となり、AI本部が設置されるとともに、私が初代のAI戦略担当大臣として任命された。大変、身の引き締まる思いである。世界各国の競争が加速する中で、この1~2年の取組が大きな勝負となることは間違いない。

今般のAI法の成立・施行は、日本のAI政策の新たな出発点である。ただし、AI法という枠組みを作るだけで満足することがあってはならない。今後の執行が重要であり、まずはAI基本計画と指針を本年中に策定するとともに、関連予算をしっかりと獲得・増額していきたい。

リスク対応についても、すでに試行的な調査を開始しているが、関係省庁と緊密に連携しながら、様々なリスクにスピード感を持って対応していく。内閣府にも、8月1日にAI戦略本部の事務局として「AI政策推進室」を設置し、本格的な執行体制を整えた。今後に期待していただきたい。

我が国が「世界で最もAIを開発・活用しやすい国」となることを目指し、初代AI戦略担当大臣として、引き続き政府の先頭に立って、AIを通じた我が国の発展に尽力していきたい。

著者プロフィール
城内実

城内実 (きうち みのる)

内閣府特命担当大臣(AI戦略担当)

1965年生まれ。東京大学教養学部卒業後、外務省へ(天皇陛下、総理等のドイツ語通訳官)。2003年衆議院議員初当選(静岡7区・通算7回)。外務副大臣、環境副大臣、衆議院外務委員会委員長などを歴任。2024年10月から現職。

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