特ダネ再掲/稼ぎ頭は「音楽」/ソニー時価総額がトヨタを逆転する!(25年4月号より)

ものづくりからエンタメに転じたソニーはディズニーを追い抜き、ネットフリックスを目指す!

2025年5月号 BUSINESS [IPで大儲け!]
by 大西康之(ジャーナリスト)

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稼ぎ頭が「音楽」に変わったソニーの躍進!

東京株式市場で2月25日、ソニーグループの時価総額が23兆4000億円となり、三菱UFJを抜いて2位に返り咲いた。ソニーが2位を奪還するのは昨年2月15日以来、1年振り。「エンタテインメントのソニー」を投資家が改めて評価した格好だ。首位トヨタ自動車との差は着実に埋まっている。トヨタがEV化、自動運転で足踏みすれば、近い将来、「ソニーがトヨタを抜く日」がやってくる。

稼ぎ頭は「ゲーム」ではなく「音楽」

2024年1月、トヨタの時価総額が終値ベースで48兆7981億円に達し、NTTがバブル期の1987年につけた48兆6720億円を上回った。失われた40年をようやく取り戻した形だが、過去10年の伸び率は1.65倍にとどまる。

一方ソニーの株価は2003年の「ソニーショック」以来、長らく低迷を続けていたが、2020年代に入ると息を吹き返し、過去10年で6.29倍に急進している。勢いの差は歴然で、このペースが続けば数年後にソニーがトヨタを追い越すことになる。

「日本のエレキ」が復活したのではない。ソニーのライバルだったパナソニックの時価総額は4.6兆円、東芝は上場廃止になった。かつて「総合電機」と言われた企業の中で、時価総額で上位に食い込んでいるのは、日立製作所(17.88兆円)くらいのものだ。

海外投資家などが評価しているのは「エンタメのソニー」だ。今のソニーは営業利益の6割を、ゲーム、音楽・アニメといったエンタメ事業で稼ぎ出す。

ソニーのエンタメといえば、プレイステーションを核としたゲーム事業が思い浮かぶ。発売から4年が経過したPS5の値上げに成功し、2024年10~12月期の世界販売台数は950万台と前年同期から16%増加した。会員向けサービスの月間アクティブユーザー数も1億2900万アカウントと過去最高を更新している。

セグメント別でソニーの営業利益を見るとその秘密が見えてくる。稼ぎ頭はエレキでもゲームでも半導体でもなく、音楽なのだ。2024年3月期の営業利益は音楽(3017億円)、ゲーム(2902億円)、センサー・半導体(1935億円)、金融(1736億円)の順になる。営業利益率を見ても音楽は19.9%とダントツの1位で、13.1%のゲームを大きく上回っている。

ソニーグループの吉田憲一郎会長CEO(左)と十時裕樹社長COO(HPより)

昨年、吉田憲一郎会長は日本経済新聞のインタビューで「(自分が社長を務めた)2018~23年の6年間でIP関連のM&Aに1.5兆円費やした」と語っている。IPとはインテレクチュアル・プロパティー、知的財産であり、この分野ではゲームソフトの米バンジー、日本のアニメを世界に配信しているクランチロールなど1千億円超の買収をコンスタントに続けてきた。1.5兆円の中には人気アニメ「スヌーピー」の版権会社や、ロックバンド「クイーン」の版権なども含まれる。

IPでどうやって儲けるのか。

ソニーのエンタメ買収では1989年のコロンビア・ピクチャーズ(5200億円)が有名だが、実はその前年、米三大テレビネットワークCBSのレコード部門だったCBSレコーズを2700億円で買収している。CBSは1960年代にソニーがレコード事業に進出したときの合弁パートナー(CBSソニー)だったが、創業者の盛田昭夫はその「先生」を買ってしまったのだ。その後もソニーは英EMIミュージックパブリッシング、独ベルテルスマンのレコード部門など音楽版権を持つ会社を次々と傘下に収めた。その結果、ビートルズからマイケル・ジャクソン、テイラー・スウィフトまで、ソニーが保有する音楽版権は200万件を超え、ワーナーミュージックグループやユニバーサルミュージックグループを抜いて世界一になった。

「サブスクリプション・バブル」を享受

版権がどうして金になるのか。そこにはデジタル化に伴う音楽産業の変遷がある。音楽の媒体がレコードだった時代。版権にさほどの価値はなかった。売れるのは「新譜」ばかりだったからだ。やがて媒体はカセットに変わる。その過程でソニーはラジカセからスピーカーをとっぱらい本体を極限まで小さくした「ウオークマン」を生み出す。音楽を屋外に持ち出したのだ。さらにカセットをCD(コンパクトディスク)に置き換えて音源をデジタル化した。

この間、音楽ビジネスの「媒体で新譜を売る」というモデルは不変だった。それを変えたのが、一度放逐されたアップルに帰還したスティーブ・ジョブズだ。ジョブズのアップルは2001年、「iTunes」という音楽再生・管理ソフトを使ってインターネットで音楽を「ダウンロード」する「iPod」を発売した。

この革新により、音楽ビジネスから「媒体」が消えた。媒体で勝負してきたソニーの音響機器は市場から弾き出された。2001年に220億ドル(約3兆3000億円)あった世界のCD販売は激減を続け、2014年にはついに50億ドル(約7500億円)まで落ち込む。「ジョブズが音楽産業を破壊した」と言われる所以である。

だが音楽産業は死ななかった。アップルが始めた「ダウンロード」が2014年には40億ドルとCDに匹敵する市場規模になり、その頃からダウンロードしながら再生する「ストリーミング」の市場が立ち上がっていく。

同じ頃、スウェーデンの音楽ベンチャー「Spotify(スポティファイ)」が始めたサブスクリプション(定額会員制)の音楽サービスにアップル、アマゾン・ドット・コムなどが参入し、ストリーミングが爆発的に普及していく。23年には音楽ストリーミングの市場が190億ドル(約2兆8500億円)に達し、ボトムの14年に130億ドルまで萎んだ世界の録音原盤市場(ストリーミング、ダウンロード、CDなどの合計)は290億ドルに膨れ上がった。

このサブスクリプション・バブルは、ソニーが長年にわたって買い集めてきた音楽版権を宝の山に変えた。CD販売で買うのは「新譜」だが、会費を払えば聞き放題のサブスクリプションでは、「名曲」「名盤」が「新譜」と同等の価値を持つのだ。世代によっては新譜に目もくれず、青春時代に流行った曲ばかりを楽しむ層もいる。

ビートルズ、マイケル・ジャクソンからカラヤンが指揮するベルリン・フィルの名盤まで、世界でも最も版権を持つソニーは、アップルやスポティファイに楽曲を提供することで大儲けしているのだ。ソニー関係者が言う。

「皆さんがスマホで昔の曲を聴くたび、カラオケで昔の曲を歌うたびに、我々にチャリンチャリンとお金が落ちる構造になっています」

ネット以前のエンタメ産業は「新物」で稼いできた。音楽なら「新譜」、映画なら「封切り」、ゲームでも「新作」をいかに売るかが勝負だった。しかし、デジタル化したコンテンツをデータセンターに溜め込み、いつでもどこでも高速で引き出せるようになった今、お蔵入りしていた「名盤」「名作」が新たな価値を持ち始めた。

ネット上では、テイラー・スウィフトの「新譜」もビートルズの「名曲」も同等の価値を持つ。歴史的な評価の定まった「名曲」の方が高い価値を持つ場合もある。産業構造は莫大な制作費をかけて新譜を生み出し続ける「フロー型」から、名曲をポートフォリオにして運用する「アセット型」に変化してきた。

KADOKAWAのオタク文化も標的

「アセット型」で稼げるのは音楽だけではない。ソニーは2021年のクランチロールという米国のベンチャーを1300億円で買収。日本のアニメをストリーミングで海外に配信している会社だ。15を超える言語で世界1億人の登録ユーザー(有料会員は1500万人)に日本のアニメを配信している。

『鬼滅の刃』『ドラゴンボール』といったメジャーな作品から、「次にくるライトノベル大賞2021」の受賞作『ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する』を原作にした作品まで、ありとあらゆる日本アニメを世界に配信している。

『ループ7回』のような、日本の若者に人気のアニメ、ライトノベルを得意とするのが現在、ソニーが買収を協議しているKADOKAWAである。KADOKAWA社長の夏野剛は『KADOKAWA統合報告書2024』の中で「2023年度に年間5900点だったIP創出点数を2028年3月期には7000点にまで伸長させる」と語っている。KADOKAWAが生み出す日本的なオタク文化のIPは、ソニーのエンタメ事業にとって貴重なアセットになるかもしれない。

ゲームでもソニーはゲーム機を作って売るのではなく、IPで稼ぐモデルに変化している。2024年12月にロサンゼルスで開かれた、ゲームの祭典「The Game Awards 2024」ではソニー・インタラクティブエンタテインメントが開発した「アストロボット」が「ゲーム・オブ・ザ・イヤー」に選ばれた。

社長を務めた6年間に1.5兆円を投じてIPを買い漁った吉田は「クリエイターに『ソニーはIPの価値を最大化してくれる』と思われる会社になりたい」と語っていた。

4月に吉田の後を受けてソニーグループCEOになる十時裕樹は25年3月期(今期)~2027年3月期までの3年間で1.8兆円を成長投資に費やす方針を打ち出しているが、1.8兆円の投資も多くがIPに向かうと見られる。

政府主導の「なんちゃってクール・ジャパン」ではなく、日本のコンテンツを世界に発信して年間に兆円単位の外貨を稼ぐ本物の「クール・ジャパン」に最も近いのがソニーである。23兆4000億円という株式市場の評価が、それを意味している。

グローバルなエンタメ企業を目指すなら、まず追い越さなくてはならないのがウォルト・ディズニーである。ディズニーの時価総額は2月末時点で2013億ドル(約30兆2000億円)。その先にいるのが動画配信の巨人、ネットフリックスで時価総額は4119億ドル(約61兆7800億円)だ。

つまりディズニーを超え、ネットフリックスを目指す途中にトヨタ(42兆4700億円)がいる。世界で戦うソニーにとって「時価総額日本一」は、意味のある称号ではないかもしれない。しかし、ものづくりからエンタメに転じたソニーが日本のトップに立つことは、ものづくりの呪縛に囚われた日本経済にとって大きな意味を持つ。(敬称略)

著者プロフィール

大西康之

ジャーナリスト

   

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