スイス大使も務めた國松孝次氏(元警察庁長官)が提唱する「外国人統合」の理念。地方自治体に、外国人受け入れの「権限と責任」を!
2025年3月号
POLITICS [意気軒昂!]
by 藤原 豊(政策アドバイザー)
米寿を迎える國松孝次元警察庁長官
「國松さんという方が、藤原次長に会いたがっているようです」
「え? 國松さんて――。まさか、あの警察庁長官だった國松さん?」
今から10年ほど前の2014年夏、私は突然、部下から連絡を受けた。
國松孝次氏――。役人の中で、この名前を知らない人はいないだろう。ちょうど30年前の1995年。霞が関を、いや日本全国を震撼させた狙撃事件は、今でも記憶に新しい。「大先輩である國松元長官が、私に何の用があるのだろう?」と、私は疑問を抱いた。
「未来を創る財団」という財団法人の主催する「定住外国人政策研究会」――。國松氏と初めてお会いしたのは、その研究会の場だった。國松氏はその財団の会長で、かつ研究会の座長でもあった。そこにゲストとして招かれた私は、当時担当していた業務についてのプレゼンを行った。
当時私は、安倍政権の目玉政策の「国家戦略特区」を担当していた。秋の国会に提出する法案の中に、新たな規制改革項目を追加するべく準備を進めているところだった。幾つかの項目のうちの一つが、家事代行サービスを行う外国人、すなわち「家事支援外国人」の日本国内への受け入れを解禁する、というものだったが、この話が人づてに國松氏の耳に入り、彼の強い関心を引いたのだった。
私もその時初めて知ったのだが、実は國松氏は警察庁を退官後、1999年から3年間、スイス大使を務められていた。その際にスイスの歴史や諸制度、とりわけスイスの「外国人受け入れ政策」を精緻に研究され、それを契機に日本や世界の出入国管理制度を含む「移民・外国人問題一般」について、大変深い造詣を持っておられたのである。
「移民・外国人問題」の持論を記した著書
國松氏の「移民・外国人問題」に対する考え方は、著書である『スイス探訪-したたかなスイス人のしなやかな生き方』などに記されている。一言で言えば、外国人比率が25%を超えるスイスが長年悩みながらも懸命に行っている「外国人政策」に日本も見習う点が多いのではないか、ということなのであるが、國松氏の挙げるスイスの政策の特徴は、要すれば以下の2点である。
まず、スイスの外国人政策には、確固たる「基本理念」がある。これは外国人の「統合」(integration)という概念で、具体的には「外国人が出身国の文化を維持・発展させていくことを許容しつつ、スイスの基本的な文化を尊重するよう求めること」で、「異文化の調和」とも言える。これは、スイス文化の受容を外国人に強いる「同化」(assimilation)でもなければ、多文化が互いに疎外し合いながら併存する多文化主義(multiculturalism)でもない。
また、スイスではこの「統合」という基本理念が、「基本法」である「外国人法」の第4条に明確に位置付けられている。移民・外国人政策について、こうした「法的な枠組み」が存在していることが極めて重要である。
第2のポイントは、この「統合」を実践するために、「地域主導主義」を徹底していることである。具体的には、スイスには約2200のゲマインデ(市町村)が存在するが、それらに外国人と住民の「統合」に向けた具体的施策を進めるための「権限と責任」を持たせている。象徴的には、外国人に永住権を付与する権限までもがゲマインデに与えられているのだ。
さらに、スイスの面白いところは、その「地域主導主義」が内向きなのではなく「外に向かって大きく開かれている」点である。ゲマインデは、スイスを富ませ豊かにする外国人や外国文化をどんどん取り入れている。結果として、スイスは外国人が牽引するグローバル企業を多く輩出し、自らの経済力・国際競争力を向上させているのである。
話を現在の日本に移そう。
昨年の衆議院選挙のみならず、その前哨戦であった自民党総裁選や立憲民主党の代表選でも、「外国人受け入れ」の問題は、ほとんど争点とされなかった。それは、最大の争点の一つが「移民問題」であったアメリカ大統領選とはあまりにも対照的だった。
確かに、日本の外国人比率は昨年初めの時点で2.7%と、軒並み10%を超える他のG7諸国に比べれば相当低い。日本政府の公式見解も「日本は移民政策を採っていない」というものだ。しかし、在留外国人数はここ10年間、増加の一途をたどっており、日本は平均して毎年10万人以上の外国人を受け入れている。国立社会保障・人口問題研究所は、このままでは日本も、2067年には外国人比率は1割を超えると予測しており、遠くない将来、諸外国と同様の事態が訪れることは明らかなのに、日本は総じて、この問題から目を背けていると言わざるを得ない。
諸外国でもそうだが、一般的に「移民・外国人の受け入れ」の問題には慎重・反対の立場を取る人が多い。保守派は、雇用や治安の面での悪影響を強く主張する一方で、リベラル派として寛容さや多様性を説く人でも、人道主義の視点からは安易な受け入れに慎重な立場を取る。
このように政治的には慎重な意見が多数を占めるのに、前述の通り、現実には日本にも多くの外国人が流入している。なぜか?
それはひとえに、「人手を確保したい」「人手不足を解消したい」という「産業界のニーズ」によるものだ。ここ10年来の技能実習生の増加がそれを象徴している。日本の産業界の多くに、海外からの「安価な単純労働力」に頼ろうとする傾向が見られるのである。
具体的には、日本の産業界は、個別の業界ごとにロビー活動の一環として「外国人の受け入れ」を要望し、それに応じて政府は、受け入れ可能な業種の追加・拡充を重ねてきた。残念ながら、そのプロセスには、外国人政策の柱となる「基本理念」はもちろん、「戦略」や「計画」も存在しなかった。
国連などの国際スタンダードでは、1年以上滞在している技能実習生や留学生は「移民」と定義される。日本は「移民政策を採っていない」とする一方で、既に多くの移民を「なし崩し的」に受け入れてきているのである。この建前と実態のねじれを解消するためにも、日本でも一刻も早く、外国人受け入れについて、スイスのような明確な基本理念を持つ「基本法」を制定すべきではないだろうか。
私案ではあるが、検討すべき「外国人基本法」(仮称)(以下「基本法」という)の内容として、幾つかポイントを挙げてみたい。
▽人口減少阻止/経済活性化/経済成長の視点=スイスの例を見れば分かる通り、「外国人」の問題は、2.7%の在留外国人だけの問題ではなく、人口1億2400万人を有する日本国全体の問題だ。だからこそこの問題は「少子高齢化」や「地方創生」とも関連して、「地域の活性化」ひいては「日本経済の成長」と一体的に捉えていく必要がある。
「基本法」では、スイスに倣い、外国人受け入れの「基本理念」を「日本の経済社会への統合」とした上で、外国人を単に「人手不足解消のための安価な労働力」としてではなく、「地域経済・日本経済の担い手」と位置付けるべきである。そして、安心で安全な活力ある社会を実現するべく、「地域、ひいては日本全体を豊かにする外国人」、すなわち「経済成長に貢献する外国人」を積極的に受け入れる、という基本方針を「基本法」に明記すべきだと考える。
▽「地方自治体主導」のための権限移譲=受け入れた外国人は「職業人」であると同時に「生活者」であり、多くはそれぞれの地域で定住する。彼らは「職業人」として重要な役割を果たし得る反面、「生活者」として地域の住民との関係で問題が生じた際には「地方自治体」、特に市町村などの「基礎自治体」が責任を持って解決・処理を行わなければならない。
したがって、外国人の受け入れについては「地方自治体」に、より明確に管理や支援の責務を与えるとともに、そのために国からの必要な権限移譲も行う必要がある。つまり「外国人の受け入れ」と「地方分権」とを一体的に進めていくことが重要なのだ。この点もスイスに倣い、「基本法」にはこうした「地域主導主義」についても明確に規定すべきである。
▽外国人受け入れのスキーム=「地域主導主義」を実現するため、「基本法」では、外国人を具体的に受け入れる際の「国と地方自治体の役割・関係や、具体的な進め方・手順など」を、以下の通り可能な限り詳しく定めるべきである。
まず、それぞれの地方自治体ごとに、前述の「地域、ひいては日本を豊かにする外国人」の「定義・基準」を設定する。これに基づき各自治体は、企業などの関係者からも十分に意見を聴いた上で、受け入れたい外国人の「業種、技術・技能水準、国籍、期間、規模(人数)」についての詳細な「地域戦略(計画)」を策定し、これを「要望」として国に申請する。
外国人受け入れに積極的な浜松市ポータルサイト
こうして積み上げられた「地域戦略」を全国的に集計・総和したものが、日本国全体の「基本戦略(計画)」となる。国は「基本戦略」を最大限実現するために諸外国との調整を行うが、治安・安全保障・マクロ経済運営などの観点から、全体の受け入れ枠を最終的に管理できることにする。
なお、受け入れた外国人については、各自治体が責任をもって管理・支援する。また、上記の「地域戦略」の策定・申請プロセスも含め、国は地方自治体に対し、必要な財政支援を行う。
特区担当大臣当時の石破首相(2015年の国家戦略特別区域諮問会議、官邸HPより)
冒頭紹介した国家戦略特区などの「特区」制度も、志の高い地方自治体に権限と責任を与え、それぞれの地域の活性化につなげる仕組みだ。現在の石破総理は、2014年から地方創生の担当大臣として特区も担当しており、私の上司であった。引き続き地方創生を目玉政策に据える現政権においても、地方自治体主導の下、「地域、ひいては日本を豊かにする外国人の受け入れ」が適切に進められるよう、特区も含めた内外の諸制度、とりわけスイスの政策も参考にしながら、「外国人基本法」の制定を早急に検討してもらいたい。
さて、國松氏が座長を務める「定住外国人政策研究会」であるが、その後も提言活動やシンポジウムの開催を通じ、出入国・在留管理庁の創設などの政府の施策に対しても大きな影響を与えてきた。私自身も役所を退官してから、財団法人の副会長の立場で國松会長をサポートさせていただいているが、今年に入ってからも早速新たな提言を行おうと、先日も研究会が開催された。
米寿を迎えられる國松元長官、いや元スイス大使は、益々もって意気軒昂である。