「タリフマン(関税男)」トランプとの戦い/霞が関は総動員体制

「大統領と付き合うにはゴルフが不可欠」。長年握ることがなかったドライバーやパターを再び手にする決断をするか。

2024年12月号 POLITICS [戦略なき石破]
by 鈴木美勝(ジャーナリスト 専門誌「外交」の前編集長、富士通FSC客員研究員)

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分断社会アメリカが生み出した「モンスター」

Photo:AFP=Jiji

世界中に激震が走った2024米大統領選でのトランプ圧勝劇。一度退任して返り咲く132年ぶりの米大統領ドナルド・トランプは、最高権力者としての経験値を取り込んでパワーアップ、山積みの懸案処理に向けて腕を撫(ぶ)しつつ1月の就任式を待つ。「トランプ2.0」から何が飛び出すか。

余震なお収まらぬ事態に、各国とも身構える。トランプ第1期政権では、分断社会アメリカが生み出した「モンスター」に、世界で最も賢く巧みに対処できた日本外交だが、時のメインプレーヤー、安倍晋三を喪失。今、首相の座にあるのは、安倍とは正反対のキャラの持ち主、石破茂だ。日本にとって対米関係は、政権の命運を左右する命綱。石破を支える霞ヶ関官僚も戦々恐々――。「有事」対応を急ぐ。

11月6日夕、霞が関官庁街の一室。背後のCNNテレビが米大統領選開票速報を伝える中、政府高官が呟いた。「予想外に早い決着だった。結果をめぐって混乱状態になる事態は避けられて良かったけれど、正念場はこれから。トランプとどう向き合うかだ」。石破外交の中核を担う外務省では、トランプ優位が伝えられ始めた10月、「トランプ2.0」を想定した準備に秘かに着手した。

トランプ勝利宣言に石破は「啞然」

ゴルフをテコに「攻めの外交」(2019年5月26日、千葉県の茂原カントリー倶楽部/内閣広報室提供)

Photo:Jiji

日本では、夏以来の政変劇にピリオドが打たれ、ほぼ時を同じくして石破新政権が発足した。石破茂は首相に就任するや、米次期大統領との早期会談を希望した。が、その1か月後――開票当日の速報をテレビで見ていた時の石破の反応から推し量ると、石破が想定(期待?)していたのは、トランプではなく、相手候補のカマラ・ハリスだったようだ。真偽の程は不明だが、トランプが早々と勝利宣言に登場したその時、石破は「唖然としていた」(周辺筋)という情報があるくらいだから、それは当たらずとも遠からずではないか。

とはいえ、トランプ第2期政権の誕生が決まった今、石破外交に課せられた課題は、「同盟よりディール」を重んじるトランプ本人との特別な個人的関係をいかに構築するかだ。

そこで、霞が関の対米関係者が手本とするのは、安倍晋三時代の対トランプ工作だ。その主要な「武器」となったのが、ゴルフ。安倍は、ゴルフ好きのトランプに、とことん付き合い、相手の懐に飛び込んだ。他国に先駆けて、当選したばかりのトランプと相対したトランプ・タワー会談では、金ぴかの本間製ゴルフ・ドライバーをプレゼントしてもいる。大統領就任後にセットされたフロリダ州の別荘「マーラ・ラゴ」でのゴルフ外交に展開する呼び水となる一場面だった。石破も慶応高校時代はゴルフ倶楽部に所属していた。政治家になって程なく封印したと言われるが、いま、周辺からはプレー再開を求められている。

安倍政権の対トランプ工作については、本誌4月号<「安倍ロス」後の苦悩 どうする「トランプ工作」>で詳述したので繰り返さないが、そこには、時のオバマ政権からの横槍をものともせず、慣習破りであろうが次期大統領と会談したいという安倍の信念、加えて、駐米大使・佐々江賢一郎の下でパイプづくりに取り組んだ若手外交官が、女婿のジャレッド・クシュナーというゴールデンルートを探り当てたという幸運があった。

安倍はトランプ勝利を予測すると、いち早く手を打った。投開票日の2日後には電話会談が実現、その際、早期の対面での会談を持ちかけると、11月17日にニューヨークで行うことが決まったという。

トランプ・タワー会談は、その後の安倍-トランプ関係、ひいてはその後の良好な日米関係を決定づける起点となった。この慣例破りのアプローチが成功した大きな要因は、型破りのトランプに臆せず「攻めの外交」を果敢に仕掛け、それを貫いた安倍の積極的な姿勢――何としても早期のトランプ会談を実現させるという強い意欲にあった。

では、石破の姿勢はどうか。最初の「出会いの場」となった11月7日の電話会談が象徴しているように思われる。

発表文によると、午前9時30分から約5分間。冒頭、石破総理から大統領選での勝利に対して祝意を伝え、両者は、日米同盟を新たな高みに引き上げるために協力していくことを確認、双方にとって都合の良い、できるだけ早期のタイミングに対面での会談を行うことで一致した。

「大統領もお忙しいでしょうから……」

サリバン米大統領補佐官と秋葉剛男国家安全保障局長(2022年8月2日、外務省提供)

Photo:Jiji

会談は、時間の長短がすべてではないが、電話会談であろうと「たかが会談」ではない。「されど会談」の視点も必要だ。仏大統領マクロンは25分間、韓国大統領・尹錫悦は午前7時59分から12分間(通訳なしだったとも言われる)。そこでは、二国間の原則論・精神論に止まらず、具体的な各論に双方が触れた。特に米韓の場合、トランプは、北朝鮮問題ばかりでなく、米軍艦艇の補修に絡めて韓国造船業の支援を求めてきた(韓国メディア)。これに比べると、石破の「5分間」は短すぎはしなかったか。現に、通訳が入ったので石破が話したのは、せいぜい2分間余。儀礼的なやり取りで終わったと見ていいだろう。もっとも、日米地位協定見直しやアジア版NATOなどで独自の安保観を有する石破との間で議論になることを懸念し、「失点回避」を最重視する外務省当局の振り付けだったとの見方もできるのだが、電話会談は「大統領もお忙しいでしょうから……」と言って石破の方から打ち切ったと言われる。そこに、今後の対米外交を見越して少しでも多くコミュニケーションを取りたいとの意欲は、残念ながら感じられない。最初の電話会談での一連の流れが映し出す石破の姿勢からは、「守りの外交」どころか、「逃げの外交」のようにも見えて来る。

因みに、最初の安倍・トランプ電話会談は約20分間。その後も、ゴルフ好きのトランプに対し、一貫してゴルフをテコに「攻めの外交」を組み立てた安倍の姿勢との好対照の構図が浮かび上がる。

既に大統領を経験したトランプに相対するのに、安倍流のアプローチが果たして「最適解」なのか、という疑問もあるかもしれない。安倍自身の意欲・意思と天性の陽気さが触媒作用を起こした結果をみれば、ややもすると対極に位置しているように見える石破キャラクターが阻害要因となる恐れがあるためだ。

共に世襲議員で、政界での血筋の良さは同種と言えるが、安倍の方は、政界では二人の宰相を輩出した名門中の名門の血族、場数を踏んで鍛えられた社交術に加えて豊富な人脈、そして、幸運を呼び寄せる不思議な力もあった。しかし、今や時代情況、日本を取り巻く国際環境、石破政権を取り巻く政治環境も激変した。

安倍が初めて相対した2016年11月のトランプは、ワシントン政界のしきたりも知らず、外交マナーも外交智も持ち合わせていない、ポッと出の政治家だった。未知の大海に漕ぎだそうとする未熟・無謀な船長(ふなおさ)のようなもので、当時は底知れぬ不安を抱えていたに違いない。トランプ・タワー会談では、未知の世界の知識を得ようと、中国、北朝鮮をめぐる安倍の「レクチャー」に耳を傾け、もっぱら聞き役に回った。

また、翌17年2月、訪米した安倍は米大統領トランプとの初の日米首脳会談後、フロリダ州の別荘「マーラ・ラゴ」に招かれた。その際、ゴルフをしながら安倍は、東アジア情勢や日本の立場等々――自身知る限りの外交智で、トランプのまだ真っ白な外交キャンバスを塗り潰した。言わば、まだビジョンすら描けないでいる大統領の頭の中に、安倍の持つ中国観、朝鮮半島観を刷り込んだのだ。二人が回ったのは計27ホール。この間、トランプが運転するカート上はテタテ(差しの会談)の場となり、矢継ぎ早に繰り出すトランプの質問に、安倍は通訳・高尾直を介して余すことなく答えた。こうした経験から、「トランプと付き合うにはゴルフが不可欠」と断言する政府筋もいる。石破が長年握ることがなかったドライバーやパターを再び手にする決断をするのかどうか。

確かに、4年間の大統領職を経験し、政界の慣習も知り、ワシントン・インサイダーの生態にも熟知した2期目のトランプが、安倍の時と同じ対応をしてくるとは限らない。間違いなく、より手強い大統領になって戻って来るだろう。現に、第1期の時も、自身の外交智が蓄積されるようになった後は、「聞き役に回ることなく、自身が主導権を握り、長々と議論を展開するモードに入った」(日米外交筋)。後述するが、それは、貿易不均衡問題で日本側が提案した副総理―副大統領の「経済対話」を、トランプが「時間稼ぎ」と見なした時が切っ掛けだった。

総動員体制迫られる霞が関

霞が関官僚にとって気がかりな点は、まだある。先の衆院選で与党が過半数を割って政権基盤が弱体化、石破自身の求心力も急速に低下した。首相官邸内に政府与党内の調整の中核となり得る側近や官邸官僚もいない。このため、政治的懸案を処理する際の決定プロセスも見えて来ない。政権が安定しているか否かは、他国がまともな外交を進めようとするかどうかのメルクマール。トランプならば、石破の足もとを見て、弱みに付け込んでくるに違いない。

「石破は安倍の政敵だった」という事実を懸念する向きもあるが、目先の利益を追い求める不動産王は、むしろディールにどう使えるかを計算するのではないか。

今の石破政権は、チーム力でいかに足らざる部分をカバーするかがポイントとなる。それには、外務、経済産業、防衛など各省が連携・結束して、総動員態勢で対処するしかない。

国家防衛にとって最も重要な外交安全保障政策に限って言えば、外務事務次官以来、安倍、菅義偉、岸田文雄の「三君」に仕えた国家安全保障局長・秋葉剛男が、「続投すれば問題ない」(外務事務次官経験者)。秋葉は11月早々に中国を訪問、石破・習近平(国家主席)の日中首脳会談をめぐる調整を進めるなど八面六臂の活躍をしている。年内にはさらに、独自に4回の外国訪問を予定(同10日現在)している。米中欧等々、主要国とのネットワークや内外に幅広い人脈を有しており、石破外交にとっても欠かせない骨太の「万能外交官」。石破の政敵だった安倍首相の時代であっても、石破との接点を消さなかった。

安倍官邸の目を気にして「石破とは会わない」と宣言した外務省高官もかつていたくらいだから、同省において稀有の存在だ。その秋葉の去就がいま注目されている。中国課長時代以来、長年にわたってタフな仕事を担ってきた理由で、周辺に口癖のようにこぼすのは「疲れた。もう辞めたい」。その真意は定かではないのだが、対米外交のカウンターパート、ジェイコブ・サリバン(国家安全保障担当大統領補佐官)がホワイトハウスを去る1月が、決断の節目となるだろう。

万が一、石破が秋葉を手放すようならば、後任には外務事務次官・岡野正敬が最有力だ。岡野の場合、外務官僚としては確かに有能だが、「超合理主義者」(元外務省幹部)。世論が生命線となるのが外交なのにもかかわらず、政治やマスコミとの接し方は「形式偏重」で、「内実と情を軽んじる人物」。本来なら、事務次官以上に政治家との接点が重要になるポジションに、「最適解」なのかという点では疑問が残る。

「ウクライナ戦争を24時間で終結させる」と豪語して来たトランプは、悲願のノーベル平和賞を目指しつつ、破天荒解の偉業を達成するとの野望がある。特に「Make America Great Again」に向けて米国再建戦略を推進、「アメリカ・ファースト」でまずは産業力の復活を最重視している。

トランプの対外的関心事は「安全保障の本筋よりも通商分野」(政府筋)。防衛分野では、在日米軍経費の負担増や米国製兵器の購入などの要求があってもおかしくはないが、岸田政権が敷いた安保三文書に沿って、防衛費増額(2027年度までにGDP比2% 、約43兆円)など方向が定まっている。このため、政府筋から漏れてくるのは「米製兵器購入の多少の上積みを覚悟すれば、当面はさほど問題はなく、焦点となるのは、むしろ通商分野だろう」との声だ。

まずは「タリフマン(関税男)」との戦い

まず、日本が最も警戒しなければならないのは、関税引き上げ問題だ。トランプは、「タリフマン(関税男)」を自称、中国への関税60%引き上げを検討している。併せて世界すべての国の輸入品に関税の10~20%一律引き上げを公約に掲げている。中国などに海外展開する日本企業に負の影響が及ぶのは必至だ。特に、日本の国力を支える自動車産業の場合、米国によるメキシコへの関税引き上げ一つ取ってみても、大打撃になる。現地生産し米国に迂回輸出しているためだ。

その意味で、外務、経産両省が一体となって、トランプ政権との交渉にあたることが重要になる。その場合、司令塔の役割を果たす閣僚が必要だが、現在の陣容では心もとない。第1期政権の場合は、2017年1月、トランプが大統領就任後3日目に、米国は多国間協定TPP(環太平洋経済連携協定)から「永久に離脱する」との大統領令に署名した。貿易不均衡の是正を図ろうとする二国間交渉への転換だった。トランプ得意の二国間ディールに日本を引き込む一手。その狙いは、自動車・自動車部品、農産物、あわよくば為替問題を交渉のテーマに乗せることにあった。日本側は、副総理・麻生太郎と副大統領ペンスによる「日米経済対話」構想を安倍が提案、トランプも了解した。狙い通り、協議は進展せず、トランプが業を煮やした。このため、日本側は、麻生・ペンス対話プロセスを形式的に残しつつ、茂木敏充(経済再生担当相・当時)─ロバート・ライトハイザー(通商代表)による「新たな貿易協議」への移行を提案、実質協議に入らざるを得なくなった。だが、1年余の時間稼ぎができた。そして実質協議が始まるや、早期決着に持ち込み、2019年9月、開始以来1年で日米貿易協定に合意、結局、聖域を守った。この間、茂木がライトハイザーとの交渉で窮地に陥った時は、安倍が首脳会談の席上、トランプと異なる見解を臆することなく主張して打開案を提示するなど、傷口を最小限にして逃げ切った。ただ、自動車・自動車部品への関税問題はその時先送りになっただけで、トランプが復活したいま、再び標的になるのは間違いない。

「トランプ2.0」に対処する実務者レベルのキーマンは、最前線の山田重夫(駐米大使)のほか、霞が関の河邉賢裕(外務省総合外交政策局長)、荒井勝喜(経済産業省通商政策局長)。また、異例のことだが、安倍・トランプ会談でスーパー通訳と言われた高尾が石破の通訳を務める。ただ、全体を俯瞰しつつ、タフな交渉を司令塔になってこなせそうな閣僚は石破内閣にはいない。副総理も置いておらず、安倍政権と同じ手も使えない。

疾風勁草の情況の中で、いま、戦略なき石破の信念が試されている。

著者プロフィール
鈴木美勝

鈴木美勝

ジャーナリスト 専門誌「外交」の前編集長、富士通FSC客員研究員

著書に『日本の戦略外交』『北方領土交渉史』

   

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