日常のひとコマにアートを。障害者の社会参画や、等しい学び・楽しみの機会をつくる。電子図書寄贈、野球教室開催と取り組みは多彩だ。
2023年5月号 INFORMATION
旧伊藤忠青山アートスクエアでの「地域で共に生きる障害児・障害者アート展」
東京都心・神宮外苑近くのオフィスビルに入ると、壁面に飾られた鮮やかな色彩の絵が迎えてくれた。色鉛筆を使い驚くほど精緻に描かれた20点ほどの作品は、見ているものに壮大なストーリーを感じさせる。だれがどんな思いで描いているのだろうか、のぞき込んで見入ってしまう。描くのは自閉スペクトラム症のある人だ。
「無機質な景色でしたが、アート展示により雰囲気が一変しました」と話すのは、伊藤忠商事の田部義仁サステナビリティ推進部長。本社ビルの中央玄関を入ったスペースを彩るのは、障害のある人のアート作品だ。障害者のアート活動と社会参画を支援するNPO法人「虹色の風」(東京都港区)と協力している。外壁はガラス張りで、一般の人が外から見ることもできる。
驚くほど精緻に描かれた作品
展示は、国連が世界自閉症啓発デーとしている4月2日に合わせた企画。自閉スペクトラム症などの発達障害への社会的理解を促し、支え合っていこうという趣旨だ。「アート作品を紹介することで障害のある人のやりがいになり、また社会の理解や支援にもつなげたい」(田部部長)という願いが込められている。
人に多様な個性や性格があるのと同様、自閉スペクトラム症といっても、症状は様々だ。そしてそれを「障害者」と一括りにするのはあまりに乱暴だ。ロビーを彩る作品は障害者が描いた作品だが、だから素晴らしいというわけではない。素晴らしい作品を描いた方に障害があり、中には活躍の場や支援を必要としている方もいるということを知ってもらいたい。
「普通のアート作品として見てほしい」と、伊藤忠商事サステナビリティ推進部の小室真由美さん
「この展示が皆さんの目に触れ、理解を深めていただくと共に、支援の輪が広がっていくことを願っています」と話すのは、サステナビリティ推進部の小室真由美さん。ロビーに展示された作品は目につきやすく、立ち止まって見てもらえる機会が多い。今後は障害の種類を問わず、作品を入れ替えて展示していく。
伊藤忠商事による「障害者との共生」「フラットな社会づくり」への取り組みの歴史は古い。2012年、本社ビルに隣接する形で「伊藤忠青山アートスクエア」をオープンさせた。記念すべき最初の展覧会は、肢体不自由児療護施設「ねむの木学園」の創立45周年記念の絵画展。その後、21年に施設が「ITOCHU SDGs STUDIO」として生まれ変わるまでの間、障害者アート展を含む様々な展示について全て無償で会場提供し、入場無料で開催した。
また伊藤忠商事により1974年に設立された伊藤忠記念財団では、2010年から、電子図書マルチメディアDAISYの普及活動に取り組んでいる。絵本などの文字を拡大したり音声で読み上げたりすることで、本を読むのが困難な人でも利用しやすくするデジタル図書化だ。これまで804の作品を電子化し、全国の特別支援学校や公共図書館など1万3762カ所に寄贈した。
新型コロナウイルスの感染拡大により、子供たちが外で自由に活動できなくなった20年には、iPadに電子図書マルチメディアDAISYを入れ、東京都内の特別支援学校や港区内の全小中学校などに計79台を寄贈し、読書の楽しさに触れてもらった。同様に21年には、伊藤忠商事の創業地、滋賀県内のすべての図書館、県立特別支援学校などに合計114台を寄贈している。
伊藤忠野球教室。広いグラウンドで参加者が生き生きと野球を楽しんだ
さらに07年から毎年開催しているのが、伊藤忠野球教室。本社近くにある明治神宮野球場を使い、野球を通じて障害のある子供たちにスポーツの楽しさを伝え、社員との交流を体験してもらっている。東京ヤクルトスワローズのOBらもコーチとして参加している。
22年度は、コロナ禍をはさんで4年ぶり15回目となった。障害のある子供たち40人とその家族、伊藤忠グループ21社から100人を超えるボランティアの総勢250人が参加した。広い球場で子供たちが生き生きと喜び、みんなが楽しく過ごしてくれていたという。参加した社員は「子供たちとの交流を通して、コミュニケーションに必要なのは相手を思いやること、それは障害の有無に関係ないことを実感した」という。
伊藤忠商事は企業理念として「三方よし」を掲げる。「売り手よし」「買い手よし」に加え、近江商人が行く先々の地域に貢献する「世間よし」だ。この企業理念とサステナビリティへの重要課題に沿って、「次世代育成」「環境保全」「地域貢献」の3つを社会貢献活動の重点分野としている。
障害のある人が自然に社会へと溶け込んでいける環境づくりなど、「誰ひとり取り残さない」という国連のSDGsの理念実現に向けて、課題はまだまだ多い。それを一歩一歩解決するためにも、小室さんが今回のアート展示で感じているのは、「障害のある人の作品というのでなく、一般のアート作品として見ていただきたい」ということ。「まずは知っていただくことが大事」と強調する。
障害のある人によるアート、スポーツ機会をはじめ、社会参画が日常に溶け込んだ「自然な共生」「フラットな社会」へ、取り組みは続く。