インタビュー/SBIホールディングス会長兼社長 北尾 吉孝 氏(聞き手/本誌編集長 宮嶋巌)

「手数料無料」は準備万端 植田日銀新布陣に期待

2023年5月号 BUSINESS [ファウンダーに聞く!]

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1951年兵庫県生まれ。1974年慶大経済卒。野村證券入社。78年英ケンブリッジ大卒。野村證券のNY拠点勤務を経て事業法人三部長。95年孫正義氏の招聘を受けソフトバンク常務取締役。99年ソフトバンク・インベストメント(現SBIホールディングス)社長に就き、今日に至る。

――新生銀行買収から1年3カ月が経ちました。再建の手応えを感じていますか。

北尾 新生銀行は発足して20年経っても公的資金を返せなかった。銀行がカネを返すのは当たり前です。それをやらない経営者には資格がないと、僕がTOB(株式公開買付け)に動くまで、そんな借金があったことさえ忘れられていたかのような状況でした。昨秋、株を追加取得し、議決権比率が50%を超え、名実ともに完全子会社になった新生銀行グループを完全に組み込むため、組織再編と人的交流を加速させた。思ったより早く一体化が進んでおり、1月には名前がSBI新生銀行に変わりました。

――事業上のシナジーはどうですか。

北尾 相互送客による顧客基盤の拡大や商品ラインナップの拡充、顧客利便性の高いサービスの提供を始めています。SBI新生銀行の顧客基盤(約850万)が加わり、我がグループ全体で4400万超の顧客基盤を持つ巨大なグループになりました。

――SBI新生銀行の業績は如何ですか。

北尾 順調です。何より預金残高が6兆4千億円(22年3月末)から9兆7千億円(同年12月末)に著増したのが大きい。SBIグループにおける銀行セグメントの総資産(単純合算)も約25兆円になりました。

遅くとも10月中には無料化!

――ゼロから創業して20年余り。なぜ、これほど急成長できたのですか。

北尾 金融ビジネスは膨大なデータや情報を瞬時にグローバルにやり取りできるインターネットとの親和性が非常に高い。我がグループは猛烈なスピードで進化する情報通信技術をビジネスモデルに取り入れることで、インターネットをメインチャンネルとした証券・銀行・保険をコアとする金融サービス事業を展開してきました。僕の組織観の根底には「複雑系の科学」という考えがあり、これに基づく企業生態系の構築がインターネット時代に最も組織優位性を発揮できる。この企業生態系では、様々な金融関連会社をグループの傘下に置き、それぞれの会社が同じベクトルで進化し、かつシナジー効果を相互に働かせることができるのです。SBI新生銀行の預金残高の急増を見れば、お客様が喜んでいることが分かります。僕が構築した企業生態系は、世界的に見ても極めてユニークですから、傘下に入ったら、これぐらいできないはずがない。できて当たり前。正しいやり方で行えば、きちんと結果がついてくるんです。

――結果は上々の達成感がありますか。

北尾 いえ、まだ公的資金の返済が残っていますから。今は難しい経営環境にあり、そんなにいい数字は出せないかもしれませんが、長期的に収益力を強化し公的資金を返す方向で一歩一歩進んでいます。現在は株式を上場しているため、公的資金の返済が株価に左右されるという、厄介な状況は変わりません。また我々と政府系の持株を合わせると73%程度に来ており、どこかが第3の大株主となれば、制度的に上場維持が困難となるような状況になる可能性が高まります。このように様々な要素を考えながら進めていく必要があります。

――オンラインの国内株式取引の売買手数料無料化(ネオ証券化)はできますか。

北尾 上半期中に準備万端整え、遅くとも10月中には実現せよと言っています。特に重要なのはシステム回りです。手数料を無料にしたら3年以内に証券口座数が倍増し、2千万を超えるでしょう。1千万超は大丈夫でも2千万超はどうなのか。我々の商売は極めてシステム依存が高いから、ここが最大の難関。シンプレクス・ホールディングスとの資本業務提携を通じ、強固なシステム開発・運用体制を構築し、増大する取引に対応できるシステム増強が整えば、上半期中の無料化は十分可能です。

オンライン取引は、まずは「量」。圧倒的なマーケットシェアを獲得する戦略です。SBI証券の口座数は2020年に500万口座に達し、野村證券を追い抜きました。それが22年末時点で954万件に急拡大しています。お客様が増えれば増えるほど様々な商品・サービスを充実させていかなければならず、お客様が増えれば「質」も自ずと改善され、質が良くなれば、その分、お客様がまた増えていく。この好循環が、ネットビジネスにおいては、特に当てはまる。新しいテクノロジーを駆使して顧客中心主義を徹底することで顧客基盤を拡大し、自らの企業価値を高めていく戦略は、グループの全ての事業で徹底しています。

一流の教養人による柔軟な舵取り

――次世代への事業継承のお考えは?

北尾 体力、気力、知力が衰えて来たなと思ったら身を引くのは当たり前です。他方、僕が築き上げた企業生態系で最も求心力が働くのは僕です。だから二つの大事業の途中で退いていいとは思わない。僕の基本的な考え方として、ちょうど良いタイミングで天意が働き、最も適切な人が現れると信じて疑わない。天というのは不思議なもので、世の為人の為とずっと考えている者には、自ずと天助が与えられます。『易経』には「積善の家に必ず余慶あり」という教えがあり、僕は子どもの頃からそれを信じて生きてきたから、いずれ会うべき人に会い、うまくいくものだと思います。

――シリコンバレー銀行の破綻に伴う資本市場の混乱をどうご覧になりますか。

北尾 米国の金利引き上げはアグレッシブ過ぎるから耐えられないところが出て来るだろうと考えていました。シリコンバレー銀行は保有債券価格が大幅下落し流動性がなくなる中でネット社会の取り付けリスクに考えが及ばなかったようです。初歩的なミステイクという感じがします。

パンデミック下において、政府が地銀の尻を叩いて民間企業に莫大なゼロゼロ融資をさせました。無利子・無担保といえども期限が来たら返さなければならない。いずれ、かつてのバブル崩壊後の過剰債務問題と向き合うことになるが、十分な対応がとられていません。このことは、世界全体を覆う問題でもあります。幸い日銀総裁になられた植田(和男)さんはご著書や論文を読む限り、非常によい方を選んだと思います。前任の黒田(東彦)さんは余りにも頑迷で対応が遅すぎました。財務省と日銀出身の両副総裁とのトライアングルも好感が持てます。元金融庁長官の氷見野(良三)副総裁はよく存じ上げています。大変な教養人です。「易」によってギリシャ悲劇を読み解くことはできるかという、実に面白い『易経入門』を書かれ、僕は非常に感動しました。誰がやっても難しい局面とはいえ、植田、氷見野両氏のような一流の教養人による、柔軟な舵取りに期待したいと思います。(聞き手 本誌編集長 宮嶋巌)

   

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