人の移動を通して人を幸せにする──AI活用型オンデマンドバス「のるーと」

交通弱者が増える地域で、バスとタクシーの長所を併せ持つ画期的なサービスが拡大しつつある。

2023年3月号 INFORMATION

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アプリ「のるーと」

「地方の公共交通、その中でも地域の人たちに欠かせないバス事業が深刻な課題を抱えています」と話すのは、ネクスト・モビリティ(福岡市)代表取締役副社長兼CSO(*最高戦略責任者)の藤岡健裕(たけひろ)氏である。

「深刻な問題が二つあります。一つは『赤字路線の拡大』です。とくに地方では、不採算路線で減便や廃止を行うと、その地域の住民の交通手段が失われます。今後、高齢者が運転免許証を返納すると、移動の手段がますますなくなってしまいます。もうひとつは、『乗務員の不足』です。大型二種の運転士も高齢化が進み、今後5~10年で2~3割が退職時期を迎えます。これらの問題を解決する方法があれば、社会問題を解決すると同時に、新たな事業のチャンスになると考えました」(同前)

AIが予約を計算して運行

福岡市内を走る「のるーと」の車輌

地方の多くの地域では、人口減少に少子高齢化が進行して、交通事業者の経営は苦しい。自治体の補助にも限界がある。

この状況を解決するための選択肢のひとつとして、AI(人工知能)を活用したオンデマンドバス「のるーと」が注目されている。この「のるーと」は、三菱商事と西日本鉄道が共同出資したネクスト・モビリティが開発、サービス提供を行っている。前出の藤岡氏は、三菱商事からの出向である。

「のるーと」の長所をひとことでいうと、タクシーのような使いやすさと、バスのように利用しやすい低料金にある。

「のるーと」は、2019年4月、福岡市東区のアイランドシティで運行を開始した。その後、壱岐南(福岡市西区)、福岡県宗像市、福岡県古賀市、福島県喜多方市、長野県安曇野市、福島県会津美里町等に運行エリアを拡大。この2月1日からは、11エリア目となる福岡県宇美町で実証運行が始まった。

従来のコミュニティバスと大きく異なるのは、時刻表や目的地・経由地が決められた運行ルートがないことだ。乗車希望者は、スマホアプリ「のるーと」や電話で「乗りたい日時」「乗車・降車場所」「乗車人数」を予約する。すると、AIが、複数の乗客の要望を満たすように配車や運行ルートを計算し、もっとも効率的なルートで利用者を乗降させながら走る。AIは、渋滞する場所や時間などを学習し、日時によってルートを修正する能力もある。だから、過疎地ばかりではなく、都市型・郊外型の交通システムとしても利用できる。

福岡市内を走る「のるーと」のミーティングポイント

乗車するときは、指定された最寄りのミーティングポイントという乗降拠点で、指定された時間に待つ。スマホのアプリには、ミーティングポイントの周辺地図と出発予定時刻、降車予定時刻も表示されるのでわかりやすい。さらに、福島県会津美里町や長野県安曇野市では、「予約に合わせて、町内の自宅や外出先から町内の行きたいところまで(ドア・ツー・ドア)」(会津美里町HP)で利用できるサービスもある。

「のるーと」には、おもにワンボックスカー(乗客は8人)が使用される(地域によって、バスやタクシーの車両が使われる場合もある)。ワンボックスカーは、普通二種免許が必要なタクシーの運転士でも運転できるので、大型二種免許が必要な運転士が大量に退職時期を迎えても心配はない。地元のバス会社やタクシー会社に運行を委託すれば、「のるーと」と共存共栄もできる。実際に、地元タクシー会社の運転士が多い。

料金は地域によって異なるが、概ね大人は200~400円で、就学児と障がい者はその半額程度と、タクシーの基本料金より安い。電子マネーやクレジットカード、現金に加え、チケットなどが利用できるところが多い。

アプリ「のるーと」の操作方法

運行を始めた自治体の担当者からは、「住民の方から『すごく便利』と喜ばれています」と感謝の声が寄せられている。自治体もネクスト・モビリティやNPOなどと、高齢者にアプリの講習会を開くなどして普及につとめているので、大きなトラブルは起きていない。住民ばかりではなく、地域外から訪れる観光客などにも利用されるので、地域振興にも役立っている。

移動手段が住民の人生を豊かに

ネクスト・モビリティで営業・経営計画担当マネージャーをつとめる秋元健一氏(三菱商事からの出向)は、「のるーと」の将来性について次のように話す。

「『のるーと』を最適な交通手段として提供していくために、他の交通機関とどう連携するかを検討する必要があります。さらに、『のるーと』の予約情報を、医療機関の診療時間や商店のキャンペーン・イベントなどの地域の情報とつなげて、お客様の利便性を向上できたらと考えています」

そして、秋元氏は究極の目的を言う。

「私たちが目指しているのは、『移動を通して人を幸せにする』ことです。生活に欠かせない移動手段のサービスをより良くすることで、一人ひとりの人生を豊かにしていく──。そんな社会の実現に、『のるーと』がお役に立てたらと願っています」

(取材・構成/編集委員 河崎貴一)

   

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