特別寄稿/大塚耕平・参議院議員 「自動車一本足打法」から「テクノロジー占有国家」へ

日本は「円高の半世紀」から「円安との闘いの時代」に入った。滝に流され続けるか否かは、岸田首相の意思次第である。

2022年10月号 BUSINESS [三耕探求⑧]
by 大塚耕平(参議院議員・早稲田大学客員教授)

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トヨタ自動車の元町工場を視察する岸田文雄首相(6月17日、愛知県・豊田市)

Photo: Jiji Press

2020年度内閣府「年次経済財政報告」のタイトルは「コロナ危機:日本経済変革のラストチャンス」である。

それから丸2年。ラストチャンスの機会は逸し、既にゲームセットした。構造的問題を「見て見ぬふりをして」改革を避け、何となくジャパン・アズ・ナンバーワンの「夢よもう一度」を目指す甘い戦略は終焉を迎えた。昨年2月号の本連載で紹介した「ブラック・エレファント」に踏み潰された感がある。

6月7日、「韓国経済」という韓国誌が「『われわれはもう後進国』日本の溜息」と題する記事を掲載した。

日本の1人当たりGDP(国内総生産)が約10年で急減し、2012年の4万9175ドル(世界14位)から21年には3万9340ドル(同28位)に後退したと説明。

日韓の差も1990年には4倍あったものが、21年には「その差は僅か」と自負。韓国の1人当たりGDPが過去20年で約3倍になった間、日本の低迷が深刻だったためと分析。日本国内では「瞬きしている間に後進国になった」「衰退途上国であり発展停滞国」と溜息が洩れると記している。

「豊かな経済大国」という誤認識

対日感情の複雑な韓国メディアの記述とは言え、こうした記事を書かれる「ファクト」が存在することは真摯に受け止めざるを得ない。「ゲームセット」と表現するのは少々抵抗感がある。しかし、日本の経済や社会を立て直すためには冷徹に「ファクト」を受け止め、「まだ大丈夫」「本当は凄いんだ」といったお家芸的自己暗示に逃げ込まないことが肝要と考え、あえて「ゲームセット」と表現した。日本の課題は明々白々である。新たなゲームを堅確な戦略の下で始める局面だ。そういう覚悟で腕まくりすると、気分も変わる。

「世界3位の経済大国」という認識が国民に擦り込まれている。しかし、冷静に世界を見渡すと様相が異なる。

日本は確かに米中に次ぐGDP規模である。GDPは付加価値総額であり、労働人口が多く、国民が一生懸命働けば、規模は大きくなる。因みに米国22.9兆ドル、中国16.4兆ドル、日本3.7兆ドルである(*1)。

国際比較する場合、各国物価水準を反映した購買力平価GDP(*2)を用いる。購買力平価GDPの1位は中国。2位米国、3位インド、日本は4位に順位を下げる。韓国は14位である(上記GDPでは12位)。

労働人口の多い国はGDPが大きくなる。さらに評価の客観性を高めるために1人当たり購買力GDP(*3)で比較すると、米国9位、日本35位、中国76位となる。韓国は30位で日本より上位となり、シンガボールが2位でアジアトップ。香港11位、台湾14位であり、日本はアジアで5位に過ぎない。

日本の現状認識をクールに軌道修正すべきである。日本人はそれほど豊かな生活を送っているわけではない。GDPが大きくても、所得が増えなければ生活は豊かにならない。日本の労働分配率は戦後上昇し続けたが、2010年代に低下に転じた。先進国の中で唯一日本だけ実質賃金が減少している。1997年を100とすると、2016年の日本は89.7と激減。スウェーデン138.4、米国115.3、ドイツ116.3とは真逆である。

1997年の日本の購買力平価賃金年収(3万6249ドル)はOECD平均(3万5478ドル)を上回り、韓国は2万5947ドルに過ぎなかった。2015年になると状況は一変した。日本は3万5780ドルに減少した一方、OECD平均は4万1253ドルに増加。韓国は3万3110ドルと日本に肉薄した。

岸田首相の貢献は賃金が上がっていないことを認めたことだ。日本人の平均年収は1997年の約467万円と比べ、2020年は433万円と34万円も低下している。

労働者の非正規比率は37.2%。小泉改革以降、企業は非正規労働者を増やすことで労働コストを削減してきた。

「富の配分」にも問題がある。日本の最富裕層1%が全体所得に占める割合は10.4%(資産ベース24・5%)に及ぶ一方、貧困率は2018年で15.4%。貧困率の高い国に入る。また、日本の子供の貧困率はG7中最悪である。

2019年、金融庁審議会「市場ワーキング・グループ」の資料を発端に老後2千万円問題が物議を醸した。現役世代の老後不安は増し、先行き不安から少子化も進み、人口減に伴う労働力不足、国力衰退という悪循環に直面している。

国連の2022年「世界幸福度ランキング」で日本は54位。所得低迷、将来不安が影響していることは疑いない。

宇宙技術とデジタル技術の覇権争い

小泉政権の新自由主義もアベノミクスのリフレ政策も目標を達成できなかった。異常な金融緩和は円高是正、株価上昇に寄与したものの、約10年経過した現在、日本経済を襲うのは構造的円安と先行き不安である。GDPが大きくなっても、普通の労働者、貧しい人には恩恵が及ばない社会を作ってしまった。

ウクライナ戦争による資源価格高騰の影響もあって、貿易収支悪化を主因に日本の経常収支は悪化傾向にある。

貿易収支悪化の主因は輸入増である。とりわけ、家電製品等の工業製品輸入が増えた。1999年に1.6倍だった家電製品の輸出入比率は2021年には7.5倍に悪化。日本はもはや家電輸出国ではなく、輸入国である。

自動車を筆頭に海外生産比率が高まったため、円安になっても輸出増の効果は乏しく、むしろ円ベースの輸入が増える。

経常収支赤字は企業損失と異なり、それ自体が悪いことではない。恒常的に続けることも不可能ではない。事実、米国の経常収支は赤字が続いている。

しかし、米国が経常収支赤字を継続できるのは、世界中の投資家が米国に投資し、金融収支でファイナンスできているからだ。米国の将来性に対する信頼に基づく。

科学技術、産業力、人材力、軍事力を含む国家の将来に対する総合的信頼、投資対象国としての魅力の裏付けになる基軸通貨性の証である。残念ながら、日本の将来性について世界は米国と同様の信頼は抱いていない。だから、経常収支赤字を継続するのは難しい。日本円は基軸通貨ではない。経常収支赤字下ではドル購入の必要があり、構造的円安が続く。実質実効為替レートは50年ぶりの円安になっている。日本は「円高の半世紀」から「円安との闘いの時代」に入ったと言える。経済敗戦を認め、第2の戦後復興に取り組む時が来た。

連載(三耕探究)も8回目である。過去の寄稿で国際覇権構造の変化や日本の戦略について言及してきた。その内容も踏まえて再整理する。

18世紀までの欧州覇権の中で「インターナショナリズム」という国際社会の力学要因が誕生した。国家が軍事・外交・経済・文化等の主導権を握り、交渉主体となる「インターネイション(国家間)」構造であり、そこから「インターナショナリズム」が生まれた。20世紀入り後、国家を超越する主体が登場する。多国籍企業や世界的影響力を有する起業家や投資家である。そこから「グローバリズム」という概念が登場した。その間、近代経済学を基盤とした経済政策が発展し、ケインズ主義、マネタリズム、新自由主義等が各国及び世界の動向に影響を与えてきた。

宇宙技術が世界を制する

21世紀入り後、それら経済政策の有効性低下と限界が露呈する一方、技術革新が経済に与える影響が急拡大する過程で、人類はコロナ禍に遭遇した。その中で明確になったのは「ユニバーサリズム」と「デジタリズム」、つまり宇宙技術とデジタル技術が次の力学要因を支配し始めたことである。こうした歴史的転換点の真っ只中で日本は分水嶺に直面している。日本経済を引続き「自動車一本足打法」で維持することは可能か。答えは「否」である。

「ユニバーサリズム」と「デジタリズム」に対応した産業、経済、社会の革新が急務であり、宇宙技術とデジタル技術に関連するサービスや製品で主導権を握れなければ、日本経済はさらに衰退する。

日本のお家芸を昇華させる「魔法の術」

過去20年間、日本経済を支えてきた自動車産業の真骨頂は「すり合わせ技術」である。「すり合わせ技術」とは、製品を構成する部品や材料を相互に微妙な調整を行うことで高性能を実現する技術。製造ノウハウをブラックボックス化することと同義であり、「匠の技」と言ってよい。戦後日本の「ものづくり」を牽引してきた「魔法の術」である。しかし、EV(電気自動車)の市場シェアが高まり、「ユニバーサリズム」と「デジタリズム」がサービスや製品を席巻しつつある中、日本のお家芸も昇華させざるを得ない。では、日本が産業や経済で為すべきことは何か。第1に、依然として優位性の高い分野を死守することである。

例えば、半導体材料及び同製造装置。半導体中流工程であるシリコンインゴット製造分野での日本の市場支配力は高い。製造装置分野には高い技術力と特定技術の市場支配力を有する隠れた中堅企業が存在する。経済安全保障法の枠組みも活用し、技術と情報と人材を守り切ることだ。

再エネ分野ではGE(ジオエンジニアリング)と蓄電技術に着目している。GEについては本年1月号で地熱発電等によるDAC(Direct Air Capture)プロジェクトの重要性を指摘した。再エネ普及の鍵を握る発電設備向け蓄電池(レドックスフロー)分野で極めて高い市場優位性を維持する日本企業もある。

協働ロボ分野では、中国スタートアップの上海節卡機器人科技(JAKA)が名古屋への新工場建設を発表した。トヨタ系企業に大量導入し、そこで要求される「日本品質」を実現し、欧米市場で展開していくことを想定している。つまり、上述の「すり合わせ技術」的な「日本品質」自体が日本の強みであることの証左であり、その価値を再認識し、「ユニバーサリズム」と「デジタリズム」の中で昇華させることが次なる「魔法の術」である。

第2に、人材の育成と保護だ。上記の事例を含む開発生産現場を支えているのは「人」である。その「人」を疎かにしてきたのだから、産業も経済も競争力が低下するのは自明の理。政府も企業も大いに反省すべきだ。産業技術競争の主戦場は「ソフトウェア」に移行している。IT分野の人材育成が鍵となるが、現役世代のリスキリングのみならず、昨年3月号で指摘したギフテッド教育等も日本の命運を握る。論理的思考に長けた次世代育成が至上命題だ。

今や、米国も半導体産業支援法を可決成立させる国家資本主義の時代に入った。日本は周回遅れの産業政策から脱却し、産業資本主義、技術資本主義を目指すべきである。そういう観点から一昨年5月号で指摘したデュアルユースへの取り組みは不可欠であり、次号で詳述したい。

TMTやMMTではなくRMT

人材育成と産業支援のための財源捻出が必達課題である。同時に過度の円安も抑止しなければならない。そこで問われるのが金融政策と財政政策の舵取りである。

米欧諸国が金融引締に移行した一方、日本は緩和を維持しているため、内外金利差拡大が円安を助長している。

日銀は利上げしないのではなく、できないのである。膨大に保有する国債利回りはほぼゼロ。利上げは日銀の債務超過につながる。まさに自縄自縛に陥っている。

この状況下で可能な対応として、今年2月号でMMT(現代金融理論)とTMT(伝統的金融理論)との対比でRMT(現実的金融理論)について論じた。

この状況で伝統的な財政健全化を論じるTMTは、滝に流されている時に泳いで上ろうとするが如くである。世界格付ランキングで中韓より低い24位まで低下した国債を引続き無尽蔵に発行できると主張するMMTは、流れに身を委ねて滝壺に落ちるが如くである。

この局面、掴むことのできる枝や蔦や岩を頼りに横に脱することを考えるべきだ。RMTは日銀保有国債の一部永久国債化によって財源捻出を図るとともに、永久化した規模以下の財源化によって財政健全化への取組姿勢も示す現実的方策である。

TEDカンファレンス等で知られる起業家ブレット・キングと未来学者リチャード・ペティの共著『テクノソーシャリズムの世紀―格差、AI、気候変動がもたらす新世界の秩序―』は興味深い。

経済格差、技術革新、地球温暖化などの難題は、もはや民主主義、資本主義、経済学といった20世紀のツールでは解決できないと断じ、解決の鍵はAIを含むテクノロジーが握り、テクノロジーを占有する者とそれ以外の者の格差はさらに拡大すると予測している。

ソーシャリズムとはもちろん社会主義のことではなく、テクノロジーが社会構造を決めてしまうことを指す。

日本は人材育成と産業支援でテクノロジー占有を目指すべきであり、その財源は20世紀的経済学の呪縛の延長線上にあるTMTやMMTではなく、RMTによって獲得できる。過去四半世紀の日本を支えた「自動車一本足打法」から昇華し、「テクノロジー占有国家」を目指すべきだ。実現できなければGDPも所得も伸びず、中進国になる蓋然性が高い。

元首相が逝去したために、滝に流され続けるか否かは、岸田首相の意思次第である。

著者プロフィール
大塚耕平

大塚耕平(おおつかこうへい)

参議院議員・早稲田大学客員教授

日本銀行を経て参議院議員。早稲田大学客員教授(早大博士)、藤田医科大学客員教授を兼務。仏教研究家、歴史研究家としても活動中。

   

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