国を過つ!「医系技官」を廃止せよ/医療ガバナンス研究所 上昌広

コロナ対策の迷走で厚労省は国民の信頼を失った。公衆衛生の専門家は医師である必要はなく、むしろ医師でない方がいい。

2022年3月号 POLITICS [度し難い「抵抗勢力」]
by 上昌広(医療ガバナンス研究所理事長)

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非公式会議の議事録が露見した迫井正深氏(左)と尾身茂氏

新型コロナウイルス(以下、コロナ)対策が迷走している。英オックスフォード大学が運営しているデータベース『Our World in Data』によれば、2月6日現在、我が国で追加接種を終えた国民は全体の5.9%で、経済開発協力機構(OECD)加盟38カ国で最下位だ。日本についで少ないコスタリカであれ11.3%の国民が追加接種を終えている。

追加接種はオミクロン株対策に有効だ。2月1日、米ロサンゼルス市の公衆衛生当局は、追加接種により感染リスクが44%、入院リスクが77%減少したと、米疾病管理センター(CDC)が発行する『死亡疾病週報(MMWR)』に報告している。オミクロン株流行下、日本では死亡者が急増し、2月7日現在の致死率(Case Fatality Rate)は0.14%と、仏独(ともに0.08%)と一部の欧州諸国を上回った。追加接種の遅れが影響している。

問題は追加接種だけではない。検査体制も脆弱だ。抗原検査キットは医療機関でさえ不足してしまった。1月24日、厚労省は、同居家族などの濃厚接触者が有症状となった場合に、検査を行わなくとも、医師が臨床症状だけで診断する「みなし感染者」を認める通知を出した。有症状者を「疑似症患者」として届け出ることを求めているが、本来、「疑似症患者」とは、感染症の疑似症を呈する者を指すのであり、検査を省略するための方便ではない。これは国民を危険に曝す。それは、多くの医師が「みなし感染」では、モルヌピラビルなどの治療薬の投与を躊躇うからだ。モルヌピラビルは、糖尿病などを抱えるハイリスク患者の重症化や死亡を5割減らす。

早期の追加接種を見送った「元凶」

記者会見する脇田隆字国立感染症研究所所長

Photo:Jiji Press

なぜ、こんなことになるのか――。問題は山積みだ。追加接種の場合、厚労省や専門家の情報収集能力の欠如が大きい。昨年9月17日に開催された厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会で、脇田隆字(たかじ)・国立感染症研究所所長は「追加接種の必要があるということが直ちに断定できるのかということは、今の、現状のエビデンスで本当に言えるのかというところは、私も少し留保したい」と見解を述べ、早期の追加接種開始を見送った。

この判断は専門家としてはあり得ない。この時点で、日本を除く主要先進7カ国全てで追加接種は始まっていたからだ。昨年7月には、イスラエル政府が、二回目のワクチン接種から時間が経つと抗体価が低下し、デルタ株の感染を防げないことを報告していたし、米ファイザーも追加接種により抗体価が5~10倍増加することを根拠に、欧米の規制当局に追加接種を承認申請する方針を明かしていた。日本だけが見当違いの決断を下していた。

検査が遅れた理由は違う。検査を増やすという官邸の意向を無視して、厚労省は検査を抑制してきた。その姿勢は現在も変わらない。2月7日現在、日本の人口1000人あたりの検査数は1.73件で、OECD加盟38カ国中、メキシコ(0.16件)、コロンビア(0.97件)に次いで少ない。最も多いオーストリア(81.3件)の47分の1だ。これは、日本の技術力を考えればあり得ない数字だ。

日本の検査数が少ないのは、検査体制の整備を怠ってきたからだ。1日あたりのPCRの検査能力は約38万6328件(1月27日現在)に過ぎない。検査機器をフル稼働させたとしても、一日の検査能力は3.07件に過ぎず、抗原検査を加味しても、マレーシア(3.11件)の検査実数と同じレベルだ。実は、最大検査能力は、昨年のデルタ株流行時から、大きく変わっていない。

なぜ、こんなことになってしまうのだろうか。それは、コロナ対策を厚労省の医系技官と、彼らが任命する一部の専門家が仕切っているからだ。内閣官房の新型コロナウイルス等感染症対策推進室長は医系技官の迫井正深(まさみ)氏だし、新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は元医系技官だ。2月4日、朝日新聞出版のニュースサイト「アエラドット」(吉崎洋夫記者)が、非公式コロナ対策会議の議事録をすっぱ抜いた。その中には迫井室長の「濃厚接触者(の規制緩和)を医療従事者に絞るのは困る。(中略)特別な状況にある人についても考慮してほしい。例えば、濃厚接触者に該当しても、検査3日連続陰性なら乗れるなど(迫井室長)」という要請に対して、尾身会長が「承知した」と発言したことが紹介されている。日本のコロナ対策は、医系技官が決めて、専門家に追認させているのだ。密室で、関係者だけでコロナ対策を決めるのは、臨床研究の成果を、英文の医学誌で発表し、オープンに議論を積み重ねる世界標準とは対照的だ。私は、医系技官制度を改めない限り、問題は解決しないと考える。

医系技官を仕切る「慶應大医学部閥」

医系技官とは、医師免許をもつ厚労省のキャリア官僚で、その数は300人を超す霞が関の一大勢力だ。次官級の医務技監と本省の局長ポストを有する。医系技官が特殊なのは、入省時に国家公務員試験が免除されていることだ。国家公務員総合職には、工学や数理科学・物理・地球科学などを専門とした試験区分に合格した者で形成される技官グループも存在する。ただ、彼らは採用時に国家公務員試験に合格しなければならない。厚労省にも薬系技官という技官グループが存在するが、彼らは「化学・生物・薬学」区分の採用試験に合格している。

医師免許を有していることが、国家公務員試験合格相当とされ、書類審査・グループディスカッション・性格検査・面接で選考される医系技官は特異な存在だ。もちろん、このような採用は医系技官に限った話ではない。厚労省でも、看護、栄養、獣医技官などで選考採用が認められている。医系技官との違いはポストだ。看護系や獣医系技官は、最高で本省課長止まりのマイナーな集団だが、医系技官は次官級と局長ポストを有し、さらに、医系技官の定位置である成田空港検疫所長、地方厚生局長などの施設等機関の幹部ポストも指定職だ。知人の元医系技官は「自己都合で辞めない限り、何らかの指定職を経験して退職する」という。

指定職は、一般企業で役員に相当する国家公務員の最高幹部ポストだ。給与や退職金は課長職以下が民間企業の従業員にならうのに対し、指定職は役員報酬に準ずる。2018年7月現在、全省庁で929人(公務員全体の0.3%)が指定職の地位にあり、大半が国家公務員総合職試験に合格したキャリア官僚だ。

無試験で入省し、出世が約束されている医系技官は容易に腐敗する。縁故や学閥が幅を利かせるようになる。現在、医系技官を仕切っているのは、慶應義塾大学医学部の卒業生たちだ。2017年以降、8人の医系技官が局長・医務技監に任用されたが、このうち3人は慶應卒だ。残る5人は東京大、筑波大、熊本大、金沢大、鳥取大卒が一名ずつだ。

医務技監・局長ポスト以外では、診療報酬および介護報酬改定を仕切る保険局医療課長と老健局老人保健課長も医系技官が仕切る要職だ。現在、前者は大阪市立大、後者は慶應卒の医系技官が、その職にある。医療業界関係者は、何とかして、彼らに近づこうとする。 2019年10月、医療関連情報の「メディファクス」は「医療費配分仕切る点数表の番人 医療課長経験者6氏に聞く」という記事を掲載している。この記事に登場する6人の課長経験者のうち、4名は慶應卒だ。そのうち一名は、医療課長在籍中に医療機器メーカーから度重なる接待を受けていたことが発覚したが、後に局長へと昇進した。前出の元医系技官は「医系技官で出世したければ、慶應閥に取り入らねばならない」という。

ちなみに、尾身会長も慶應関係者だ。慶應大学法学部を中退し、新設された自治医科大学に進学した。知人の慶應大学医学部OBは「尾身先生は、自治医大の学生時代から、篠崎先生が年に2回帝国ホテルで開いていた医系技官の集まりに顔を出していた」という。

篠崎先生とは、元医政局長の篠崎英夫氏のことで、「厚労族のドン」と呼ばれた「橋本龍太郎・元総理とともに慶應閥が仕切る現在の医系技官の世界を作り上げた人物」(元医系技官)と言われている。

組織と特権を守ることが最優先

医系技官は、戦後の連合国軍総司令部(GHQ)の改革により生まれた官僚たちだ。昭和13年(1938年)、陸軍省の要請によって内務省から分離した厚生省は、健兵健民政策を最重要課題に掲げ、徴兵制度を推進した。当時、厚生省を仕切ったのは高等文官試験に合格した東京帝国大学法学部卒の高級官僚たちだ。彼らの責任を重くみたGHQは、戦後、医務局、公衆保健局、予防局の局長を技官に委ね、現在の選考採用による医系技官制度が始まる。

感染症が蔓延し、多くの国民が栄養失調に苦しむ戦後の日本で、高等文官に代わって、医師が公衆衛生や医療行政を担うことは合理的だったのだろう。また、内務省衛生警察が主導した、隔離一辺倒で、感染者の差別を助長する日本の感染症対策は、医師でなければ見直せなかったのかもしれない。らい予防法廃止に取り組み、国家賠償訴訟では証人となって患者勝訴に導いた大谷藤郎氏や、関係者の反対を押し切り、結核予防法の廃止へと導いた田中慶司氏や中島正治氏など、気骨ある医系技官幹部もいた。ただ、このような人材は姿を消し、医系技官は当初の目的とは全く違った存在に変貌してしまった。厚労省関係者は、「国民の健康よりも、医系技官の組織と特権を守ることが最優先され、コロナ対策でも抵抗とサボタージュを繰り返してきた」という。最近なら、病床が逼迫すると「自宅療養制度」、検査が足りなくなると「みなし陽性」と言い出したことなど、その典型だ。

我が国は法治国家だ。あらゆる行政行為は、根拠となる法律に基づかねばならない。コロナ対策の法的根拠は感染症法だ。感染症法は、法定感染者に対して、都道府県知事が入院を勧告し、従わなければ入院措置を科す。強制入院措置は、人権を侵害する以上、診断や入院の基準は、法律などで詳細に規定されなければならない。一方、国家は、入院措置により、感染者の身体的自由を奪う以上、感染者には治療を提供する義務を負う。

オミクロン株の感染が拡大し、「自宅療養」や「みなし陽性」を認めるように方針を変更するなら、感染症法の例外として、明確に規定する必要がある。ところが、医系技官たちは、これを「通知」で済ませてしまった。周囲の反対を押し切ってらい予防法や結核予防法を廃止したかつての医系技官とは対照的だ。

「通知」が問題なのは、法的拘束力がない「技術的助言」に過ぎないからだ。感染症法の規定と異なる「通知」を濫発されれば、現場はどうしていいか分からなくなる。オミクロン株は軽症と分かっていても、多くの都道府県で、病床が逼迫するまで感染者を入院させるのは、感染症法の規定に沿って行動するからだ。

一方、医系技官たちは、「通知」により自らを免責した。感染者は検査すらできず、自宅で放置されることとなったが、このことで医務技監や局長が責任をとる気配はない。そもそも、コロナ流行以来、医系技官幹部は、一度も責任をとっていない。

医師は「患者の利益」を優先すべき

国民の信頼を失った厚生労働省

コロナ対策の方向転換は、感染症法の改正というプロセスを踏むべきだ。

「厚労省内の一大勢力である医系技官との軋轢を避けてきた厚労省事務系キャリアは、医系技官マターとされる政策課題は、法的チェックを甘くする弊習がある(前出の厚労省関係者)」ため、厚労省内のチェックは期待できない。とはいえ、国会に法案を提出する限りは、内閣法制局や与党の政策審議機関(自民党政調等)の厳しい審査をクリアしなければならない。

そして、国会における審議では、野党からも追及される。それをメディアが報じれば、国民が自ら判断することも可能になる。

感染症法改正こそ、コロナ対策を方向転換するための最優先課題なのだが、医系技官は感染症法改正に小賢しい抵抗を続けてきた。 例えば、2020年10月、自民党コロナ対策本部感染症対策ガバナンス小委員会は提言をまとめた。その中で「保健所の関与のないスクリーニング検査、エッセンシャルワーカーに対する検査等が可能になるよう、国家としての感染症有事対応の検査の枠組を法律上位置づけ」と記されたが、2021年2月の感染症法改正に、このことは盛り込まれなかった。そもそも、この提言書の素案には「医療機関、医師が必要と判断して行う保健所の関与のないPCR検査等も国家としての感染症有事対応の枠組として位置付け」とあったものを、「自民党から相談された医系技官が、PCR検査という文言を削除し、具体性のない中味にしてしまった(政府関係者)」。

医系技官の抵抗は、感染症法改正に留まらない。予算措置でも同様だ。

例えば、岸田総理は、自民党総裁選出馬にあたり、「検査の無料化・拡充」を公約に掲げ、補正予算では、「地方創生臨時交付金検査推進枠」を設け、検査体制強化の財源を措置したが、医系技官たちは、無料検査の対象を「感染拡大の傾向が見られる場合、都道府県の判断により」実施するか、あるいは「健康上の理由等によりワクチン接種を受けられない者」に限定してしまった。こんなことをしているから、我が国の検査能力はマレーシアに及ばない。

医系技官は、「小医は病を癒す、中医は人を癒す、大医は国を癒す」をスローガンに掲げ、「公衆衛生の専門家」を自称してきた。患者の診療に従事するなら、医師の資格が必要だが、「国を癒す」公衆衛生の専門家は医師である必要はない。

むしろ、医師でない方がいい。患者の利益を最優先する医師は、弁護士や聖職者と並ぶ古典的なプロフェッショナルで、社会全体の利益を優先する公衆衛生とは時に利益相反の関係となるからだ。

「国を癒す」ために、自分や家族の治療を手控える医師にかかりたい国民はいないだろう。医師は公衆衛生より、自分の患者の利益を優先すべきだ。これは、世界のコンセンサスだ。日本では、公衆衛生は医学部の一つの講座だが、多くの先進国で、医学部と公衆衛生学部は独立した存在である。

高齢化・グローバル化が進むわが国で、公衆衛生の重要性は、今後、益々高まるだろう。産官学、いずれにおいても、専門家の育成が喫緊の課題だ。この際、公衆衛生の専門家としての医系技官制度は廃止したらどうだろう。その代わり、国家公務員総合職試験に「医学・公衆衛生学」の試験区分を設け、その受験資格を医学部に限定せず、全ての希望者に与えればいい。これは特別なことではない。医系技官を、他の技術系の国家公務員総合職と同様の扱いにするだけだ。

コロナ対策の迷走で、厚労省は国民の信頼を失った。厚労省の改革が必要だ。

著者プロフィール
上昌広

上昌広

医療ガバナンス研究所理事長

1968年兵庫県生まれ。特定非営利活動法人「医療ガバナンス研究所」理事長 東大医学部卒、医師。2016年まで東大医科学研究所特任教授を務める。専門は血液・腫瘍内科学、真菌感染症学、メディカルネットワーク論。

   

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