──コロナ禍で活躍する場が比較的少なくなった今だからこそ、とくに美術系アーティストには支援が必要だ。
2022年3月号 INFORMATION
アクティベーション/上列左から佐々木 類(撮影:Hanmi Meyer)、檜皮 一彦、持田 敦子(撮影:Pezhman Zahed)
ブレイクスルー/中列左から飯島 暉子(撮影:間庭 裕基)、泉 桐子、岡本 秀(撮影:熊野 陽平[MIMIC])、下列左から小山 渉(撮影:Ai Ozaki)、衣 真一郎(撮影:Hiroshi Takizawa)、female artists meeting
「アート・ゲート・プログラムに応募しよう」
と略称で呼ばれるほど、「三菱商事アート・ゲート・プログラム(以下、MCAGP)」は、アーティスト志望者にとって身近な育成制度になっている。
三菱商事が、MCAGPを始めたのは2008年。社会貢献活動として、アーティストを志す美術系学生と若手アーティストのキャリアを支援するのが目的だった。彼らから一律10万円で購入した絵画のチャリティー・オークションは、多くのメディアに取り上げられて話題になった。10万円を超える落札額の半額は制作者に還元され、その他落札額の全額が学生の奨学金に充てられた。
そのMCAGPが、21年度にリニューアルしたという。何が変わったのだろうか。
「弊社(三菱商事)が19年に制定した社会貢献活動には、『インクルーシブ社会の実現』、このMCAGPが含まれる『次世代の育成・自立』、『環境の保全』の3つの軸があります。これまでのプログラムでは、奨学生がアーティストとして成長したり、オークションで作品を評価されたり、制作者の知名度がアップしたりするなど、一定の成果はありました。しかし、このプログラムで支援したアーティスト志望者が、絵を描いて生活できるようになるかというと、必ずしもそうではありません。アーティストの『育成・自立』につながる支援とは何か、と私たちは考え続けました」(MCAGPの担当者)
アーティストたちからも、「個展を開きたいけど、誰に相談したらいいの?」、「留学するときに助成金はもらえる?」といった相談が多く寄せられた。アーティスト志望でも、美術系の大学や学校を卒業後は就職せざるを得なかったり、企業で働きながら、「いつかは世に出たい」と絵を描き続ける人も多くいた。
三菱商事アート・ゲート・プログラムのロゴ
そこで三菱商事は、協働先のNPO法人 アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]と2年にわたってプログラムを検討し、“進化版”MCAGPをスタートさせた。それは、アーティストのキャリアステージに合わせて、3つの支援コースからなる。
1、アクティベーション(活性化) 3名(組) 支援金を1名(組)につき400万円。さらに、メンターと呼ばれる美術専門のアドバイザーによるアドバイスを行い、制作のためのリサーチから実践まで約2年にわたってサポートする。対象は、メディアを問わず領域横断的に活動する、概ね45歳までのアーティストで、作品の形態は問わない。
2、ブレイクスルー(躍進) 6名(組) 支援金を1名(組)につき150万円。活動の基盤づくりを約2年にわたってメンターがサポートする。2年間の成果発表の場となる展覧会で知見を広め、作品批評などによって次なる展開を目指す。おもに平面作品の制作をし、美大や美術専門学校を卒業後概ね5年以内のアーティストが対象。
3、スカラシップ(学生支援) 20名 給付型奨学金(返済不要)が、1名につき50万円。支援期間は1年。対象は、大学や専門学校の芸術的分野で学び、将来アーティストとして自立して活動したいと希望しながら、経済的に困難な学生。
「従来のプログラムは、経済的支援がメインでした。新しいMCAGPでは、経済的な支援をしながら、より育成にフォーカスした学びを支援するのが最大の特徴です。アーティストとメンター(選考委員)による学びの機会『メンターシップ』も行います」(同前)
佐々木類《Liquid Sunshine / I am a Pluviophile》
2019、ガラス、蓄光ガラス混合物、広範囲スペクトラムUVライト、人感センサー
約 H335 x W427 x D366cm (空間サイズ)
第33回ラコーコミッション、コーニングガラス美術館所蔵
撮影:市川靖
21年度の公募に際しては、多くのアーティストから応募が寄せられた。
アクティベーションに選ばれた一人が佐々木類(るい)さん(10年、米国ロードアイランド・スクール・オブ・デザイン ガラス科修士課程修了)。作品は主にガラスを用いて、自分が存在する場所で感じた「微かな懐かしさ」のありようを探求している。
応募の動機について、「22年度から作家としての独立と、23年度、アメリカで建物の屋内外を広く使って展示する個展を実現したい」と佐々木さんは話す。
「一番大きな印象は、メンターの方々や運営の方からご意見をいただけることです。より多角的で別の方向から作品を捉え、考え、制作できるきっかけになればと思います。パンデミックの影響で会期延期や援助縮小等の障壁が生じたため、この助成のメンタリングを活用しながら表現を模索し、大型のガラス作品を制作し個展を成功させたいと願っています。また、スタジオ設立など自立した制作環境も整えていきたいです」(同前)
岡本秀《幽霊の支度》
2019、紙本着色、額に写真をプリント
H130 x 184 x 3.5cm
撮影:大島 拓也
提供:京都市立芸術大学
また、ブレイクスルーに選ばれた岡本秀(しゅう)さん(20年京都市立芸術大学大学院修了)は、日本画の技材を用いた画中画の襖絵や、写真などを施した額縁をはじめ、新たな視覚表現の方向性を模索している。
「コロナ禍にもかかわらず、事務局の方も、メンターの方も距離感がとてもフラットで、支援プログラムの枠に関係なく親身になっていただき、非常に心強いです。1年目は実験的に、3Dソフトの導入と画材、書籍等の研究材料を購入し、時期が許せば、遠方へのリサーチを考えています。2年目は展覧会に向けて、大型作品の表装などを表具師さんに依頼する予定です」(岡本さん)
コロナ禍によって、とくに美術系アーティストは活動の場が狭められている。そんな時だからこそ、担当者は言う。
「芸術は、人生や社会を豊かにするために、絶対に必要です。芸術の中でも美術系アーティストは世に出る機会が少ないので、支援が必要だと私たちは考えています」
(取材・構成/編集委員 河崎貴一)