自由失い、人治になるそれは「香港」の死だ
2020年7月号
GLOBAL [黎智英に聞く!]
1948年中国広東省広州市生まれ。一家離散の貧しい幼少時代を過ごし、1960年、たった1香港ドルを手に香港へ密航。工場の非合法労働行動者から一代で巨大アパレルチェーン・ジョルダーノを創業し成功。メディア業界にも進出し、Next Media(現Next Digital)グループを立ち上げる。天安門事件をうけ『壹週刊』で当時の国務院総理、李鵬を厳しく批判したことからジョルダーノを失う。その後も『アップルデイリー』などで厳しい中国共産党批判を展開。香港における代表的な反中活動家となる。
逃亡犯条例改定反対デモ以来、混乱の続く香港に国家安全法を中国が制定することを決めた。返還の公約だった一国二制度、香港の自由、そして国際金融都市香港はどうなるのか||。12歳で中国本土から香港に密航して以来、半生をかけて香港の自由のため中国共産党の独裁と闘ってきた香港の代表的反中活動家、ネクスト・デジタル・グループ創業者の黎智英(ジミー・ライ)氏に香港と自身の将来を直撃した。
――5月27日、中国全国人民代表大会が、香港版国家安全法、正式には「健全な香港特別行政区の国家安全を維持する法律制度と執行メカニズムを樹立することに関する全国人民代表大会の決定」を採択した。
黎智英 これには驚きの一言だ。早晩こんなこともあるとは予想してはいた。しかし、中国共産党がこんなに早く強硬策に打って出てくるとは思いもしなかった。香港はついに終わりの時を迎える。
――香港版国家安全法は香港特別行政区政府(以下、香港政府)、議会である立法会の頭越しに北京が一方的に決めてしまった。
黎 中国共産党は香港基本法という我々の憲法を破り拡大解釈して、一方的に香港版国家安全法導入を決めた。これは彼らに法治がないことの証明だ。香港版国家安全法は自由と法治の地であった香港を根底から覆す。そして、この暴挙は新型コロナウイルスの感染爆発でアメリカ、ヨーロッパ諸国が対策に忙殺され、即座に強硬手段に出られない今を絶好のチャンスとみて打ち出してきたのだ。
――採択された決定は極めて簡単なもので、その詳細は明らかになっていないが。
黎 詳細や全貌は重要なことではない。採択された文書には国家分裂、国家政権転覆、テロなど国家の安全に重大な危害を与える行為や活動、外国及び境外勢力の香港介入などが処罰の対象に列挙されている。それだけで国家安全法が何を目指すのか十二分に分かる。何よりも重要なのは中央の機関が香港に出先を設け職務に当たるという点だ。大陸には法治の概念など皆無だ。人権派弁護士、民主活動家は法律とは無関係に逮捕され、裁判も公開されない。消息を絶つ人も少なからずいる。国家安全法が施行されれば、香港人も同じだ。胸先三寸で不当逮捕され、誰も分からない内に消息を絶つ。大陸の役人は汚職、腐敗まみれだ。そんな役人が恣意的に取り締まりに当たれば、獄につながれたくないなら、命が惜しければ賄賂を寄越せとなる。正義、公正は瞬く間に崩壊する。香港が享受していた報道、言論の自由など全くなくなり、人治になる。それは香港の死だ。
――国際金融都市としての機能は?
黎 正義、公正がなければ正常な金融取引はできなくなる。一般の取引も勿論だ。香港経済を担うエリートの多くは香港を後にする選択を迫られる。返還前にイギリスは香港人35万人にビザなしで半年滞在できるBNO、イギリス海外市民旅券を発給している。香港エリートの多くはBNOを持ち、経済的にも移民できる条件を満たす。イギリスのジョンソン首相は国家安全法が強行されれば、BNO申請の資格を持つ香港人約250万人にも延長可能な12カ月の滞在許可を出し、市民権の獲得につながる就労の権利を含む権利が与えられるだろうと表明している、香港は人口700万余、300万もの中産階級以上のエリートが移民したら、国際金融都市は跡形もなく消滅する。
また、大陸の多くの富豪が香港で大量の不動産を所有している。資産保全だけのために不動産を買ったのではない。法治と自由があるからだ。不動産は昨年から下落し、国家安全法で更に暴落する。法治と自由が奪われた香港からは彼らも脱出する。それが香港の終わりであり、香港の死なのだ。
――香港の自由と言えば、あなたが創業した『アップルデイリー』は今や香港で唯一中国共産党にモノ申せる日刊紙だ。国家安全法は報道の自由にどう影響を与えるか?
黎 中国共産党は返還前から陰に陽に着々とメディア支配を強めてきた。新聞もテレビも出版も過少資本、巨大な大陸資本に飲み込まれてしまった。香港の大手メディアで大陸の資本が入っていないのは我がNext Digitalだけだ。我がグループは広告主が出稿に圧力を受け、厳しい状態が続いている。香港の大陸系企業は一切広告を打たないし、大陸とのビジネスがメーンの地場企業もわが社に広告を出すことはビジネスを失うことを重々分かっているから忖度し止まった。『壹週刊』をはじめ雑誌は全てウェブ化し、『アップルデイリー』だけを発行している。それとて広告が激減し100ページ以上あったのが、半分になってしまった。
記者はアウトソーシング、新聞も有料ウェブ化を進めて出費を抑え、フェイスブックで自由を求める香港市民に購読を呼び掛けたところ、有料会員も順調に増えてきている。香港の自由を守るために何としても持ちこたえなくてはいけない。そして、ウェブで英語版を立ち上げた。アメリカをはじめとする西側諸国に香港の現状を分かってもらいたいからだ。無料で提供しているが、サポートしたいという読者には月5.99米ドルの購読料をお願いしている。読者、サポーターは順調に伸びている。
――昨年の逃亡犯条例改定反対デモは香港政府から撤回を勝ち得た。今回はどう戦う?
黎 撤回させることはできたが、最終的に成功したとはいえない。中国共産党に香港政府では香港の治安を維持できないと判断させ、国家安全法を持ち出させてしまったからだ。
6月4日の天安門事件追悼集会に参加する黎智英氏
Photo:Apple Daily
国家安全法には香港人も抗議の声をあげ、また新型コロナ蔓延のため9人以上の集会には罰金が科される中でも、5月24、25日の週末には数千人が無許可抗議活動を行った。私もその中の一人だ。警察はこれまで以上に強硬で多くの催涙弾を撃って弾圧、数百人が逮捕された。また香港中の多くの6月4日の天安門事件追悼集会は政府に初めて許可されなかったにもかかわらず、ビクトリア公園にはソーシャル・ディスタンスをとって1万人以上が集まった。去年の18万人には及ばないが、各地で小規模の集会が行われていた。ただ、昨年のような100万人規模の抗議活動は望めないだろう。国家安全法という脅迫を恐れる市民は少なくない。7月1日の返還記念日には勇武隊といわれる黒シャツの若者たちはこれまでとは違った方法で抗議活動を準備していると聞いている。私は彼らを組織する立場にはないが、やってくれると信じている。
国家安全法は中国共産党の脅しにすぎない。脅しには決して屈してはならない。彼らには普遍的価値である自由と法治を理解させ、実行させなければならない。さもなければ彼らを政権の座から引き下ろさなければならない。それが我々の使命なのだ。しかし、我々は悲しいかな、余りにも無力だ。自由を愛する諸外国の力に頼らざるを得ない。
アメリカでは武漢で最初に発見された新型コロナウイルスの感染で世界最多の10万人にも上る死者が出ている。失業者は街にあふれている。反中感情が燃え上がり、大統領のトランプはこの反中世論の上に厳しい対中制裁を打ち出し、これを再選戦略の中心に据えている。
一方の中国共産党は厳しい経済に直面している。全国人民代表大会の閉幕時に国務院総理の李克強は大陸には6億人が月収1千元の貧困に喘いでいることを明かした。習近平が中国共産党結党100年の2021年の大目標に掲げていた「全面的小康社会」を真っ向から否定する数字を切り出した。12年に中共トップに立って以来、独裁体制を強めてきた習近平に対する闘争の序曲だ。トップ2人の齟齬は全党全国の末端では更に激しく増幅する。米中経済戦争、新型コロナウイルスで大陸の経済はアメリカ以上に弱っている。アメリカが打ち出した厳しい経済制裁に耐えられる訳もない。国家安全法を強行する力もない。彼らは妥協するしかないのだ。ただ、それは時計の針を少し前に戻すだけなのかもしれない。
――3年前の本誌インタビューでご自身が香港にいられなくなる日が必ず来る、と言っていた。その日は近づいているのか?
黎 決して楽観していない。私は2月28日、4月18日と2回逮捕された。去年の無許可デモを組織し、参加した容疑だ。2度目の逮捕は、民主党初代主席で80歳を超えた李柱銘氏から20代の若き活動家まで15人が一斉に逮捕された。これも中国共産党の脅しだ。残念なことに6カ月、獄につながれることになりそうだが、私は脅しには屈しない。闘い続ける。そして私が香港を離れなくてはならない日、再び香港の地を踏めなくなる日が来たとしても、地球の裏からでも中共が自由と法治を認める日まで闘いを止めることはない。