「公文書隠蔽」官僚たちの手口

「桜を見る会」で再燃する公文書問題。調査報道記者が見た実態と官僚たちの苦悩。

2020年1月号 LIFE [特別寄稿]
by 大場 弘行(毎日新聞特別報道部記者)

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2019年4月の「桜を見る会」(首相官邸HPより)

「記録を廃棄したためお答えできません」

首相の私物化と批判されている「桜を見る会」を巡って、官僚たちがまた同じ答弁を繰り返している。私たち毎日新聞「公文書クライシス」取材班は、森友、加計学園問題の報道が過熱し始めた2年半前から、ベールに包まれている中央省庁の文書管理の実態を取材している。これまでに聞いた官僚たちの告白に、今回の公文書問題を考えるヒントが隠されているように思う。

取材班を立ち上げたきっかけは、ある官僚OBからこんなミステリアスな話を耳打ちされたことだった。

「霞が関には、闇から闇に消える文書がある」

公文書という地味なテーマを調査報道の手法で取り上げることで、興味を持ってもらえる記事にしたいと考え、同僚と共に官僚たちに公文書管理の実態を聞き始めた。当初は口が重かったが、取材が進むにつれて、取材に応じる官僚が何人も現れた。

開示請求避けファイル名書き換え

取材班がまず報じたのは、公用電子メールが公文書として扱われていないことだった。官僚は日に10通~100通ほどを送受信する。近年は紙の報告書が激減し、重要政策の協議から政治家からの要望までメールで報告されるようになっている。

公文書管理法はメールも公文書として扱うよう定めている。ところが、官僚の多くはこんな理屈を持ち出して公文書にしていなかった。「メールのやりとりは電話で話すようなもの。文書とは言えない」。では、外部からメールを情報公開請求されたらどうするのか。ある省の課長級職員は悪びれることなく言った。「公開対象になりそうな場合、消去したことにして個人的に保管するケースが多い」「『消した』とウソをついても大丈夫。強制捜査でもない限り、個人的に保管しているメールを調べられることはありませんから」

情報公開の制度自体も骨抜きにされていた。その手口は巧妙だ。国民は政府の公式サイト「e-Gov(イーガブ)」で閲覧したい公文書がどのファイルに入っているかを検索することができる。ところが、検索の手がかりとなるファイルの名前がわざとぼかされているのだ。

なぜなのか? 防衛省で文書管理を担当している職員は記者に明言した。「ファイル名を具体的に書くと国民から開示請求されてしまうからです」。防衛省から内部文書を入手して調べてみると、「運用一般」と書かれたファイルに「イラク復興支援」の関連文書が入っていた。ファイル名が単なる「報告書」なのに実は「懲戒処分」の報告書だったケースもあった。

複数の省庁の官僚によると、ファイル名ぼかしは2001年の情報公開法施行に合わせて始まった。当時、一部の官庁ではこの行為を「丸める」と呼んで組織的にファイル名を書き換えたという証言も得られた。

公文書をチェックする国立公文書館に取材すると、ファイル名が抽象的なために省庁に内容を問い合わせたケースが2年間で39官庁、約20万件に上っていた。国の官庁が保有する公文書ファイルは約1900万件。同館の問い合わせ作業には限界があるため、名前をぼかされたファイルは恐ろしい数になるはずだ。

ファイル名ぼかしには副作用もあった。実物のファイルの背表紙にも「イーガブ」に登録した名前を付けているため、職員が異動で代わると必要な文書がどこに保管されているのかが分からなくなるのだという。前出の防衛省職員は、自衛隊の日報隠蔽問題で「存在しない」と言った日報が後になって次々と出てきたことを挙げて嘆いた。「ファイル名ぼかしが背景にあるのです。公開を避けるための小細工が、ずさんな管理の温床になっている。まるで笑い話です」

極めつけは、安倍晋三首相と省庁幹部の面談記録が残されていないことだった。重要政策は事実上この面談で決められている。その記録は公文書の中で最も重要なはずだ。

国の公文書ガイドラインは、政策などに影響を及ぼす重要な打ち合わせの場合は、日時と参加者、主なやりとりを記録するよう義務づける。検証に必要な記録が省庁に残っていなかった加計学園問題の教訓から、17年12月に新たに盛り込まれた規定だ。

首相面談の打ち合わせ記録は作られているのか。官邸に取材すると、「一切作っていない」と回答された。「面談に来る官庁側が必要に応じて作るべきもの」というのが理由だった。それならばと、首相に判断を仰ぐことの多い内閣官房に対し、約1年分の面談記録を開示請求してみた。すると、面談に使われた説明資料から首相と約70回以上面談したことが判明したが、打ち合わせ記録は1件も残されていなかった。

内閣官房は取材に「方針に影響がなかったから作らなかった」と答えた。だが、面談テーマには台風や地震などの災害対応、働き方改革、教育再生のような重要政策も含まれていた。この説明は本当なのか。

記録することは事実上禁止

数人の官僚が重い口を開いてくれた。「官邸は情報漏えいを警戒して面談に記録要員を入れさせない」「首相との面談中にメモをとると注意される」「後から記録を作っても、官邸ににらまれるので、公文書扱いにはしていない」。つまり、首相の発言を記録することが事実上禁じられているのだ。

菅義偉官房長官は、このことについて「ご指摘のような事実はない」と会見で一蹴した。その菅氏と内閣官房幹部の面談記録も1件も残されていなかった。

省庁での作成状況も調べた。厚生労働省の統計不正問題のケースから、省庁内の打ち合わせの記録も十分に残されていないことを突き止めた。当然の結果だった。最も重要な首相面談の記録を残せないのだから、省庁内の記録をまじめに残そうと思うはずがないからだ。

官僚たちは森友、加計学園問題のような政権スキャンダルが起こる度に「記録がない」と言い張り、真相解明を阻んできた。

心を痛めている官僚もいる。私はこう質問されたことがある。「記者さん、私たちは政治家に人事権を握られている。彼らに都合の悪い文書を出せると思いますか?」

官僚も人間だ。記録を出せば左遷され、家族につらい思いをさせるかも知れない。同僚にも迷惑をかける。そう思う一方で、公文書の隠蔽は国民への裏切りであることも知っている。だから苦しいのだ。

私には、隠蔽体質が首相官邸を頂点に省庁の隅々まで根を下ろしているように見える。問題の根源がどこに、誰にあるのかはもはや明らかだ。安倍首相は一体、何をしているのか。

著者プロフィール
大場 弘行

大場 弘行(おおば・ひろゆき)

毎日新聞特別報道部記者

2001年毎日新聞入社。大阪社会部、「サンデー毎日」編集部、東京社会部などを経て現職。調査報道を担当。19年11月、「公文書クライシス」が早稲田ジャーナリズム大賞を受賞。

   

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