1号店跡地に新規開業。地元住民の「待ってました」の声に応え、食品に特化して「新名物」も。
2019年5月号 INFORMATION
駅前商店街の並びにあるイトーヨーカドー食品館千住店
地下鉄やJRなど5線が乗り入れる、東京・足立区の北千住駅。付近の千住一帯は、江戸時代初期の1625年に日光街道の初宿が建設されて以来、宿場町として繁栄した歴史ある町だ。最近では複数の大学が千住にキャンパスを移転した上、新しいマンションが増え、子育て中のファミリー世帯が流入。庶民的な下町の風情を残しつつ、交通至便の穴場として脚光を浴びている。
そんな町に3月15日、象徴ともいえる店が帰ってきた。駅前商店街「きたろーど1010」に、「イトーヨーカドー食品館千住店」がオープンしたのだ。
全国に160もの店舗を展開するスーパーマーケット、イトーヨーカドーの1号店出店の地は千住。オープンの際には詰めかけた近隣の人々から「お帰り」「待ってました」と温かい言葉がかかり、「大きな手応えを感じている」とセブン&アイホールディングス広報センターの清水克彦オフィサーは話。
食品館千住店は商店街を駅から6分ほど歩いたところにある。売り場面積は992㎡だから、大きさで目立つ店ではない。むしろアーケードに軒を並べ、町並みに溶け込んだ佇まいが印象的だ。
戦後まもない1946年、現在セブン&アイHDの名誉会長である伊藤雅俊氏の母と兄が、千住に前身の「羊華堂」を開店した。48年、3回目の移転で現在の場所に移り、兄が急逝してからは雅俊氏が経営を引き継いだ。1号店として親しまれながら「イトーヨーカドー千住店」「ザ.プライス千住店」と形を変え、建物の老朽化のため2016年に閉店。マンションに建て替えられ、今回開業した食品館はその1・2階にテナントとして入った。
過去の1号店では衣料品なども取り扱っていたが、今回オープンするにあたっては地元のニーズを踏まえ、食品に特化した食品スーパーで行くことに決まった。周辺では食品を素材から加工品までトータルに揃える手頃な店が意外に手薄で、16年の閉店後、住民から「買う場所がない」との声も上がっていたという。
店を訪れるとまず目立つのは、屋外の歩道に面したスペースで野菜を販売していること。「東京千住青果直送」と書かれた幟の下、大根やキャベツが並び、八百屋の店先のような親しみやすさだ。そうしたスペースを設けたのは「地域の方々が“やっちゃ場”の鮮度感、買い方に慣れている」からだという。
歩道に面した「やっちゃば売場」
もともと千住には問屋が集中して軒を連ねる大規模な青物市場があり、「やっちゃ場」と呼ばれていた。空襲でその町並みは失われたが、今もその伝統は健在。このコーナーの野菜を仕入れている青果卸売市場「北足立市場」が同じ区内にあるのは、やっちゃ場の歴史が背景にある。
店に入ると、生鮮食品もさることながら、総菜や弁当の売り場が充実している。揚げ物やサラダ類、寿司などそれぞれに種類が豊富。焼いたり温めたりの一手間をかけるだけで完成する調味料つきの簡便商品や、カット野菜も多く並ぶ。素材だけでなく、共働き世帯や一人世帯など、食に関するさまざまなニーズに応えた売り場構成という印象だ。
千住店の「新名物」千寿葱のかき揚げ
2階のベーカリーコーナーでは、店内で焼き上げたパンも販売。ここで購入したパンや弁当などは、2階にあるイートインコーナー「おもかげカフェ」で手軽に食べることができる。昼過ぎに訪れると、ランチをとる人でほぼ満席だった。区の掲示板も設置され、「地域の拠点としてもお使いいただければ」と清水オフィサーは話す。
古くから小鮒の雀焼きや千寿葱が名物として知られる千住。そんな背景もあってか、千住店では新しい“名物”として店のオリジナル商品も用意している。1階では江戸前寿司の「千寿握り10貫」や「千寿葱のかき揚げ」、2階では「千寿ねぎみそ煎餅」やどら焼きの「はとドラ」、「千寿ロール」。店のPOPが「おみやげにもどうぞ」とうたう千寿ロールを買ってみると、卵の風味が濃厚でなかなかの味。こうしたオリジナル商品の開発は、一店ごとに地域に合った店作りを目指すヨーカドーらしい取り組みだろう。地元住民だけでなく、一見客も呼び込むツールになるかもしれない。
千寿ロールのPOP広告
イートインコーナー「おもかげカフェ」には千住店の歴史を振り返るパネル展示が
千住店のイートインコーナーの脇には、イトーヨーカ堂の歴史を振り返るパネルとともに三枝富博社長の挨拶の言葉が掲げられている。
「“お客様、お取引先、地域社会の皆様に誠実に接し、信頼関係を育む”という、この千住店で学んだ『商いの心』は、いまも私達の基本精神として受け継がれています」
オープン時の開業式典には伊藤名誉会長も出席。総合スーパーから食品特化型へと形は変わったが、1号店は千住店、という位置づけは今も変わっていない。
1948年ごろの1号店
店舗の構造改革を進めるイトーヨーカ堂。コンパクトなスペースに、地域に合った工夫を凝らし、生まれ変わった千住店は、原点に立ち戻りながらこれからのスーパーのあり方を示しているように見える。
(取材・構成/編集委員 上野真理子)