伊藤忠商事が45年前に設立。ボランティア支援や電子図書寄贈で子どもたちへの読書支援を行う取り組み。
2019年3月号 INFORMATION
愛媛県の大洲市立三善小学校に届いた図書セット
昨夏、西日本を襲った豪雨。土砂災害などで死者数が200人を超え、地域の学校にも大きな被害が出た。愛媛県の大洲市立三善小学校では1m超の浸水により教室や体育館などが水浸しに。岡山県の倉敷まきび支援学校では電気設備なども水に浸かり、プレハブ校舎に移らざるを得なくなった。
秋になり少し学習環境が落ち着いたころ、2校を含む愛媛・岡山の4校に児童書のセットが届けられた。青少年の健全育成を目的に本を通じて社会貢献を行っている公益財団法人伊藤忠記念財団からの緊急支援だ。図書セットは100冊単位で、長く読まれる名作が揃っている。
同財団はこれまで、東日本大震災で被災した学校などにも図書セットを寄贈してきた。地味な支援に見えるが、本を失った図書室にやってきた新しい本は、一冊一冊が子どもたちにとって外の世界への扉。「いただいた本の多さに、居合わせた子どもたちから歓声が上がりました」――被災校からの便りが、そのことを物語っている。
外国に住む子どもにも読書支援(カナダの読み聞かせ会で)
伊藤忠記念財団は総合商社の伊藤忠商事によって1974年に設立され、今年で45年になる。当初から取り組むのが、読み聞かせや子ども文庫運営などのボランティアに支援を行う「子ども文庫助成事業」で、被災地への図書の寄贈もこの一環だ。
かつては自宅で集めた本を「○○文庫」として近所の子どもたちに開放する人が多かったが、今は代わって読み聞かせのボランティア活動が活発だ。財団では毎年、こうした活動や図書購入費用の助成を受けたいボランティアを公募、現地訪問を経て選考し、助成を決定している。2017年度は170の応募の中から国内外の76件が選ばれた。
財団事務局長の山岡隆仁さんは、職員と手分けして応募団体を2カ月かけて回り、毎年現場の声にじかに触れている。「今は親もスマホ世代であまり本を読んでいない。親子一緒の参加で読み聞かせをするグループが増えています。読書習慣が身につき、学校の成績が上がったという声も聞きますね」。事務局に入って3年半。初めてこの分野に関わり、ボランティアに取り組む人たちの情熱とエネルギーに驚いたと語る。
タブレット端末で読書
助成事業に加え、財団は現在、「電子図書普及事業」をもう一つの柱に据えている。障害がある子どもたちのために、児童書をパソコンやタブレットで楽しめるよう電子化し、希望する特別支援学校や医療機関などに無償で配布する事業だ。文化庁長官から指定団体とされたことで障害者向けに著作物の複製が認められており、これまでに財団のオリジナル作品含め計422の作品を電子化した。
この電子図書「わいわい文庫」は11年にスタート。配布の希望は徐々に増え、18年度には1286団体となった。16年度の調査によれば、利用者は知的障害や自閉症スペクトラム障害のほか、肢体不自由でページをめくることができない人、弱視の人などさまざま。日本では、読解力や文字を読む力が弱い人が読書を楽しめる環境がまだまだ乏しい状況。電子図書は「読字障害(ディスレクシア)にとって非常に有効なツール」と専門家から声が上がる。「自閉症の4歳のお子さんに見せたら夢中になり、帰りにはちゃんと挨拶ができて、周りがびっくりしたこともありました」(山岡さん)
「わいわい文庫」の画面。音声で聞こえているところが黄色でハイライトされ、わかりやすい
通常の本と大きく異なるのは、障害は人によって違うため、その人に合った使い方を一人一人考える必要があること。わいわい文庫の活用や普及に向け、財団では各地で「読書バリアフリー研究会」を開催し、必要な知識や方法を学ぶ場も作っている。
全タイトルのうち4分の1は、各地の昔話やパラリンピックのガイドなど企画からすべてオリジナルで財団が作った労作だ。著作権者に依頼し、障害の有無にかかわらず利用可としているため、日本語を学ぶ外国籍の子どもたちにも活用されている。
事務局長の山岡隆仁さん
14年、伊藤忠東京本社ビルに隣接する伊藤忠青山アートスクエア(社会貢献型ギャラリー)で「子どもの本の力展」が開催され、財団もブースを出展した。「オープニングレセプションに皇后美智子さまがお見えになられ、その際に実際の電子図書画面をご覧になりながら、財団の取り組みについて熱心に耳を傾けていただいたことが、私たち職員の励みになっています」(山岡さん)
財団のテーマは「すべての子どもたちに読書の喜びを」。半世紀近くもの間、読書支援活動が続いてきたのは、その意義を関わる人々が実感しているからだろう。読書で得た知識や想像力の翼は、子どもたちのかけがえのない財産となっていくはずだ。
(取材・構成/編集部)