商工組合中央金庫社長 関根 正裕氏

「現場が主役」の原点回帰中小企業の一隅を照らす

2018年8月号 BUSINESS [リーダーに聞く!]

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関根 正裕 氏

関根 正裕 氏(Masahiro Sekine)

商工組合中央金庫社長

1957年生まれ。早大政経学部卒。81年第一勧業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)入行。05年西武鉄道(現西武ホールディングス)に転じ、取締役総合企画本部長として危機対応に当たる。10年プリンスホテル取締役常務役員として、その再建を担う。今年3月27日より現職。

――社長就任から3カ月。6月21日の株主総会後に経営体制を刷新しました。

関根 「商工中金の在り方検討会」から「過半以上の社外取締役」の提言を受け、取締役7人のうち過半数の4人を社外取締役にしました。そこに天下りはいません。経産省が「関根さんに任せたのだから自由に人選してください」と言ってくれたので、こちらで人選しました。

――これまで社長が元経産事務次官、ナンバー2の副社長が元国税庁長官という、頭でっかちな霞が関の出城でした。

関根 新体制の取締役2人は経産省と財務省の出身ですが、彼らには私と共に執行責任を負ってもらいます。何が変わったかと言えば、政府からどんな要請があろうと、社外取締役がノーと言えば、商工中金としてノーだということです。

「火中の栗」ではなく「男子の本懐」

――不正融資が全100店舗のうち97店、総額2600億円に及び、世耕(弘成)経産相が「社長の成り手がいない」と頭を抱えていた。よく引き受けましたね。

関根 打診を受けた時は「なぜ、私なのか?」、びっくりしました。銀行業務に精通し、企業の危機対応や事業再建の経験があること、中小企業にはメガバンクへのアレルギーがあるから役員経験者とかは望ましくないと聞きました。

第三者委員会の調査報告書を読むと、厳しいノルマで職員が内向きになり、超えてはいけない「矩」を超えてしまった「単一的な組織」にありがちな過ちが、手に取るようにわかりました。悪い人が不正に走ったのではなく組織の向いている方向が間違っていたのです。業績評価と人事評価を見直し、コンプライアンス最優先の仕組みを組織に根付かせるのは、それほど難しくないだろう。だとすれば銀行から西武鉄道に転じた私の経験が役に立つかもしれないと思いました。

――西武ホールディングスの親分(後藤高志社長)は、何と仰いましたか。

関根 「これは関根が決めることだ。その判断に従う」と。社長就任の2カ月前に顧問として送り出してくれました。

――半官半民とはいえ官の壁は厚い。火中の栗を拾ったと同情する人もいます。

関根 ちょうど還暦を迎え、来し方行く末を考えるようになりました。2人の弟が医者をしており、患者さんと向き合う姿を見てきたから、私も何か世の中の役に立つ仕事がしたいという思いがあり、気恥ずかしいけれど「男子の本懐」ではないかと――。だから誰にも相談せず、躊躇もありませんでした。

――「早大雄弁会」で鳴らした関根さんらしいが、不正に伴う社内処分は全職員の2割、800人に上り、商工中金プロパーの取締役はいなくなった。深手を負った組織の立て直しは容易でない。

関根 西武では経営中枢だけでなく、ホテルの法人営業、インバウンド対策、ゴルフ場の運営まで手がけました。そこで学んだことは、本部はお客様と向き合う現場のためにあるということでした。5月に断行した組織再編では「上意下達」の司令塔になっていた業務推進部を廃し、本部が業務ごとに細かくノルマ達成を求める評価制度も全面的に見直しました。真にお客様本位の視点から、中小企業の企業価値向上に貢献するため、従来の縦割りを徹底的に排除し、営業店を本部が支援する体制に再編しました。

――1年目に全店舗を回る目標ですね。

関根 6月末までに10店を回りました。その際、管理職を除く職員との会合の場を設けてもらい、「皆さんをサポートするためにここに来ました。この場限りの意見交換だから、何でも思うことを言ってください」と呼びかけます。それが終わったら懇親会。ワイガヤで乾杯します。

さらに就任直後から職員に直接語りかける目的でブログを開設し、週2、3回のペースで書き続けています。店舗を訪問した後は、その模様を写真付きで紹介したり、私宛ての意見や質問があったらメールを出して欲しいと呼びかけているので、かなり頻繁にメッセージが届きます。中には「いくら提案しても上司が変わらない」という耳の痛いものもありますが、私が確信したのは、うちの職員は本当にまじめでよく働く人ばかり。彼ら自身も風通しのよい組織文化を望んでいるのです。言葉を換えれば、今こそ意見や提案がどんどん湧き出るボトムアップ型に生まれ変わるチャンスなのです。

「ミドルリスク業務」の先兵になる

――在り方検討会は「ミドルリスク」を取る事業モデルへの転換を提言しています。平たく言えば民間金融が及び腰の赤字会社を融資候補にすることです。

関根 成長の芽があっても資金繰りに苦しむ中小企業は多く、その支援を手厚くすることは、日本経済の底上げに欠かせません。当社は中小企業との日常的な取引を通じて、財務だけでなく、業務や技術の内容、経営者の手腕や思いなど、経営の実態を熟知しながら、長期安定的な取引と問題解決に資するサービスを提供してきました。近年は危機対応業務にかまけていた面もありますが、「ミドルリスク業務」への転換は、当社が先兵となって中小企業の事業再生に取り組むからには当然のことです。

――融資が不良債権化しませんか。

関根 やみくもにリスクを取るわけじゃない。過去の金融は債権者区分に応じてリスクを判断し、融資を敬遠してきました。金融庁は方向転換しましたが、民間金融の対応は遅れがちです。そこには目利きが必要であり、経営者を見て、工場を見て、商品を見て、資金繰りをつけてあげたら成長する中小企業はたくさんあります。目利き力をつけるため、本部は営業の現場をサポートし、職員の教育にも力を注いでいきます。うちの職員には「さあ、原点に帰ろう」と言い聞かせています。4年後に完全民営化できるよう自立した金融機関を目指すのは当然ですが、その判断を下すのは政治の問題です。当社は大量の処分者を出し、民業圧迫批判を浴びていますが、中小企業と向き合う地道な仕事ぶりは一隅を照らすものです。「雨が降ったら傘を取り上げるのではなく、長く安定的に支えてくれた」と、感謝されることがよくあります。

(聞き手 本誌発行人 宮嶋巌)

   

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