テスラ死亡事故に「不都合な真実」

「自動運転車はそれ以外の車の10倍安全」という弁明には、周到なレトリックが施されている。

2018年6月号 BUSINESS

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「モデルX」の事故車両。床下に灰色に変色した電池「18650」が見える

Photo:Dean C. Smith on Twitter

電気自動車(EV)大手のテスラが5月2日に発表した2018年1~3月期決算は、最終損益が7億955万ドルの赤字(前年同期は3億3027万ドルの赤字)だった。四半期では過去最大の赤字だ。昨夏から出荷に入った量産車「モデル3」の生産がうまくいかず、そのテコ入れで投資がかさんだ。モデル3の生産目標は週5千台だが、決算発表直前でも週2270台にとどまった。イーロン・マスク最高経営責任者(CEO)は、目標達成は約2カ月後で、計画通りなら7~9月期にも黒字に転じると強気の見通しを示した。

生産体制の確立はそう簡単にはいくまい。昨年、テスラは四半期毎に10億ドル規模の設備投資を繰り返した。その状況が改善したとは言い難い。昨年末に34億ドルあった手元資金は今1~3月期に27億ドルまで目減りした。ウォール・ストリート・ジャーナル電子版は「長期債務とキャピタルリースの今年の返済をかろうじてまかなえるレベル」と報じ、テスラが資金難に陥るリスクを指摘する。

吹き飛ばされた「前半分」

世界的なEV旋風が吹く中、逆風にあえぐテスラだが、その前途に立ちはだかる問題はモデル3とは別にもう一つある。今年3月23日、米カリフォルニア州マウンテンビューでテスラの自動運転システム「オートパイロット」を搭載したスポーツタイプ多目的車(SUV)「モデルX」が高速道路を走行中に中央分離帯に激突し、別の2台と衝突、ドライバーの男性が死亡した事故だ。

テスラは事故が起きるまでオートパイロットは作動していたが、事故前の6秒間、男性の手がハンドルに触れたことは感知されなかったと発表した。さらにテスラの広報担当は発表文で、「事故当時は晴天で、数キロ先を視認できる状況にあった。つまりこの事故は、車両が何度も警告を発したにもかかわらず、男性が道路に注意を払っていなかった場合のみに起こったと言える」と述べ、事故の責任が男性側にあるとの考えを示した。

テスラはユーザーから「いかなる際にも」ハンドルから手を離さないという同意を得た上でオートパイロットの利用を認めている。オートパイロットを使う際は、ドライバーには「車両のコントロールを維持する責任」があり、「警報音や視覚的な警告」に応じる態勢でいる必要があるという立場だ。

テスラは事故後の声明の中で「自動運転車はそれ以外の車の10倍安全だとみている」とした。本当にそうだろうか。事故車の写真に写っている二つの座席の形状からすると、このモデルXは3列シートの6人乗りタイプと思われる。二つの座席は2列目のものだ。中央分離帯に激突後、さらに2台の車と衝突したとはいえ、前部がもぎ取られ、原形をとどめているのは後部だけ。まるで踏切で貨物列車とぶつかり、前半分を吹き飛ばされたかのような惨状だ。

ネットには次のような目撃談が載っている。「最初のうちは火が弱く、30秒毎にバッテリーが破裂していた。沢山の人達が消火器とともに駆け寄り、何度も火を消し止めていたが、数分後には消火が手に負えないと判断(中略)すると、破裂を繰り返していたバッテリーに火が移って、今度は爆発しながら宙を舞った。(中略)消防隊が来る頃には、炎は燃え盛り、手に負えない状況になっていた。消防隊が火を消し終わるまでに数分かかった」と。

技術的に検証されたものではなく、どこまで事実を正確に描写しているかは確認できない。だが、最初は電池の破裂で、次に爆発した、消火器では手に負えなくなり消防隊の到着を待ったというあたりの記述はEVに搭載しているリチウムイオン電池の特性を正しく示している。

リチウムイオン電池はたくさんのエネルギーを蓄えるために、既存の電池が水系の電解液を用いているのに対し、有機系の電解液を使う。一種の油みたいなもので燃えやすい。過充電で熱が発生すると引火して危険なため、通電状況を制御する回路が必要だ。リチウムイオン電池を使う米ボーイング社の旅客機「B787」や韓国サムスン社製のスマホ「ギャラクシー・ノート7」が発火事故を起こしたのは記憶に新しい。

火を噴く電池「18650」

モデルXはパナソニックとテスラが共同運営する電池工場「ギガファクトリー」(米ネバダ州)から供給する「18650」というリチウムイオン電池を採用している。直径18ミリ、長さ65ミリの円筒状で、これを最大容量で100キロワット時搭載する。テスラは公表していないが、容量から推定すると最大で7千本程度の18650を車体の床下にびっしりと並べているようだ。

事故車の写真の中に、床下の電池部が露出しているものがある。拡大して見ると18650の頂部にある突起(乾電池のプラス部分)に穴が開いている。電池自体はいずれも激しく燃えており灰色に変色している。18650の安全性確認試験でクギ刺しテストがある。充電した18650に実際にクギを刺すのだ。刺さった瞬間に18650からは50~60センチの激しい火花が噴き出し、瞬時に500度以上の高温に達し燃え尽きる。モデルXの18650頂部に開いた穴は火花が噴き出してできたと考えられる。最大7千本の18650が一斉に火を噴けば巨大な火柱となるだろう。

消火器で消せないのは当たり前。燃えているリチウムイオン電池に一気に水をかけると爆発する。化学消火剤をかけねばならない。消防隊の到着を待ったのは正解だった。

ただ化学消火剤をかけると燃えた時の化学的な状況が変わってしまい、原因究明に支障が出る場合があるため、安全性確認の試験施設では霧状の水をかけて徐々に安全に冷やす仕組みを使うこともある。

こういったEVの不都合な真実を踏まえると、テスラが出した「自動運転車はそれ以外の車の10倍安全だとみている」という声明には周到な修辞法が施されていることが分かる。自動運転車の安全性に話を限定し、リチウムイオン電池自体の安全性には言及していないのだ。

車載電池事業に会社の命運を賭けているパナソニックにすればモデルXの事故は悪夢というほかはない。テスラにのめり込み過ぎてリチウムイオン電池に大枚の資本を投下し、もはや引き返せない状況に来ているからだ。枕を高くして眠れないのはイーロン・マスクCEOだけではない。パナソニックの津賀一宏社長もまた同じだ。

   

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