グリコ「悦朗親衛隊」に幹部脱走

父・勝久社長を支えたIR部長が閑職に。御曹司の社長就任を前に社内はシラケムード。

2018年6月号 BUSINESS

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大阪・道頓堀のグリコの看板の前で記念撮影する外国人観光客ら

Photo:Jiji Press

「このタイミングで辞めるなんて、会社に対する当てつけなのだろうな」(江崎グリコ関係者)

グリコの株式・IR部長だった松浦博幸が5月末に退職するのが明らかとなったのは、年度末の3月だった。決算発表に向けた作業が始まっていたため、社内は混乱したという。

松浦は元山一証券マン。グリコに入社してからは、総務部長などを経て、株式・IR部長に就いていた。5年前に2000円台だったグリコの株価が足元で5000円を突破しているのは、2017年3月期まで6期連続で増収、経常増益を続けた業績面での裏付けもあるが、「松浦さんが目立たないディフェンシブ銘柄でしかなかったグリコ株を、市場関係者に盛んに売り込んだからだ」という評判もある。

年明けに、そうした評判があながち外れていないと思わせる出来事があった。

グリコは1月31日に18年3月期第3四半期決算を発表。売上高は前年同期比0.4%増の2722億円とほぼ横ばいだったものの、営業利益は同15.4%減の192億円に沈んだ。この内容を受けて翌2月1日の株価は前日比360円安の5200円で引け、6日には昨年来安値となる4835円を付けた。

ところが9日、JPモルガン証券が投資判断を「ニュートラル(中立)」から「オーバーウェイト(買い)」に引き上げた。「大した理由は見当たらないから、松浦さんのアナリスト対策が功を奏したのだろう」と別のグリコ関係者は言う。

剛腕・松浦がグリコを去ったのは、社長である江崎勝久から長男で専務の悦朗への権力継承に嫌気がさしたからとみられている。その悦朗は慶應義塾大学総合政策学部を卒業、サントリーなどを経て04年、グリコに入社した。4年後の08年には取締役に就き、16年には専務へ昇格。勝久は今年77歳だから、遠からず悦朗が次期社長になることを疑う人は誰一人としていない。

元三洋電機「広報部長」飛ぶ

悦朗は今年46歳。適齢期であることは間違いないが、取引銀行の首脳は「悦朗君は経営者の器じゃないよ」と言って憚らない。

会議の最中にスマホをいじくりまわし、それを年長者がたしなめると「法的に問題があるんですか。弁護士に聞いてみます」と逆ギレ。経営会議を通った稟議書を「質が低い」と言ってひっくり返すのは日常茶飯事だ。創業家出身者でなければ、およそ取れない所業である。

本来ならボンの行儀の悪さをたしなめる立場にある勝久は何も言わない。それどころか部下が判断を仰ごうと勝久のもとを訪ねると、本人からの指示はあるものの、このところは必ず「専務(である悦朗)の意見も聞いておくように」という一言が付け加わる。「社長は奥様には頭が上がらない。その奥様が息子の社長昇格を切に願っているから、悦朗には甘い」(グリコOB)

この約10年間、グリコは盛んに外部人材の登用を進めてきた。「会社の成長にはプロが必要」と勝久が推し進めたからだ。

この外部人材は子細に見ると色分けされる。松浦のように、勝久を支えてきたのが第1次中途入社組。昨年度までの好業績は、この第1次中途入社組の力によるところが少なくない。勝久の戦略は奏功したわけだ。しかし経営のかじ取り役が次第に悦朗へ移るのと並行して、社内での力には陰りが見えている。

旧三洋電機からグリコ広報部長に転じた岡本浩之は昨年11月、江崎記念館へ押しやられた。「経費の使い方が荒かった」など、異動の理由についてはさまざまな解説もあるが、要するに「勝久親衛隊」で、悦朗と距離を置いていたため閑職に回された。

米社買収の功労者は退社

代わって社内を肩で風切って歩いているのが第2次中途入社組である「悦朗親衛隊」。岡本の後任のコーポレートコミュニケーション部長に就いた江口あつみはそのうちの1人で、悦朗がかつて働いていたサントリーから引っ張ってきた。

悦朗は海外展開に熱心で、昨年6月にはアセアンでの活動を統括するグリコ・アジア・パシフィックをシンガポールに設立するなどした。そこで国内での事業展開については、元P&Gジャパン社長で常務執行役員マーケティング本部長の奥山真司に委ねている。

第2次中途入社組の代表格である奥山は16年に入社した。以来、「グリコの実情を把握したい」と国内を駆けずり回る毎日。一見、勤勉そうに見えるが、「あの人のせいで業績が悪くなっている」(社員)

グリコは前期に7期ぶりの営業減益となった模様。原因の一つは奥山がP&G仕込みのマーケティングをグリコで強行するからだという。奥山には厳しい目が向けられているが、悦朗の威光があるからなのか、本人は柳に風だ。

いずれ社長になり、長期政権を築くことが確実視される悦朗にくっついていれば、何をやってもおかしな処遇はされない。奥山の振る舞いが知られるようになるにつれ、社内にはシラケムードが広がりつつある。

社員が鼻白む出来事は、もう一つ起きている。

グリコは2月20日、米国でクラフトチョコレートを製造するチョー・ベンチャーズ・インクを買収した。高品質チョコレートのブランドである「TCHO(チョー)」が、購買意欲の強いミレニアル世代から高評価を受けているという新興企業。この買収の実働部隊にいた中途入社の社員が退職した。

悦朗の肝いりでグリコ・アジア・パシフィックが設立されたことを先述したが、悦朗にとっての本丸はアセアンではなく、米国市場である。グリコは欧州や中国ではそれなりの知名度を持っているが、チョコレートだけで2兆円の市場規模がある米国はほぼ手つかずだからだ。その巨大市場での足がかりにしようとしたのがチョー・ベンチャーズで、同社の買収は規模こそ小さいものの、グリコにとっては大きな一歩。その功労者がグリコを去った。「交渉の途中でジュニアの逆鱗に触れ、居づらくなったらしい」(関係者)

勝久が外部人材を積極的に幹部にしたことでプロパーがやる気をなくし、外から呼ばれた幹部も脱出したり、閑職へ追いやられたり。続いて外から来た悦朗親衛隊もいつ虎の尾を踏むか分からない。グリコは4年後に創業100周年を迎える。その時、江崎親子を支えているのは、今は社内に姿かたちのない人たちだろう。(敬称略)

   

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