「オール日本」で進めた優生手術。毎日新聞やワセダクロニクルなどのコラボで大きなうねりに。
2018年4月号 DEEP
若手記者が気を吐く毎日新聞
戦後50年近く続いた、障害者に対する国家による強制的な不妊手術。障害者を差別し基本的人権を侵害するものだとして1996年の法改正により廃止されたものの、その後も20年以上にわたり国による被害者への謝罪・補償は置き去りにされたままだ。1月末に被害者女性が提訴に踏み切ったのをきっかけに世論が動き、超党派の国会議員連盟が設立されるなどようやく救済の動きが浮上してきた。戦後も根強く残った優生思想を背景に、国や、地方の行政・司法・財界・医学界、さらに地域によってはメディアまでもが一体となって、障害者に対する人権侵害を進めてきたことが、最近の報道で明らかになってきた。
48年に制定された旧優生保護法は、「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」ことを目的に掲げ、医師が「公益上必要」と判断すれば都道府県の優生保護審査会の決定で、遺伝性とされた病気のほか知的障害や精神障害のある人、ハンセン病患者らに、本人の同意なしに不妊手術を施すことを認めていた。当時の厚生省はやむを得ない場合は体を拘束したり、麻酔薬を使ったり、だましたりしても許されると通知していた。
障害者の存在を否定するこのような法律がわずか20年ほど前まで存在したこと自体が驚きだ。さらにこうした法律があったこと、改正されたことすら知らない国民が多い状況に、メディアとしての責任を痛感せざるを得ない。
旧優生保護法の前身は、ナチス・ドイツの断種法の考えを取り入れたとされる国民優生法(40年)。公益上必要な場合、本人の同意なく不妊手術が可能とされた。ただ、戦時中は「産めよ殖(ふ)やせよ」の時代だったので、同法の下では不妊手術はほとんど行われなかったといわれる。むしろ、民主主義の旗を掲げ建前上は優生思想が否定されたはずの戦後に、強制的な不妊手術が数多く行われた。統計に残っているだけで1万6千を超える人が手術を強いられた。全都道府県に及び、最多が北海道の2593人、最少が沖縄県の2人だった。
背景としては戦後、戦地からの引き揚げ者や出産ブームにより人口が急増し、食料不足などに対応するため、人口抑制が大きな政策課題となったことが挙げられる。敗戦を受けて「日本民族の再興」を目指した政治家や官僚たちの発想の大本に、遺伝性とされた病気や障害を持つ人の子孫を絶やすべきだという優生思想的な考え方が根強く残っていたことも見逃せない。障害者が子どもを育てるための支援環境が整っていない中で、「本人のため」などと親が行政などから説得され事実上強制的に手術が行われた例もあるという。
旧優生保護法は、障害者から基本的人権を踏みにじるものとの抗議の声が強まり、96年に強制不妊手術などの差別的な規定が削除され、母体保護法に改まった。同様の法律により不妊手術を行ったドイツとスウェーデンでは、国が被害者に謝罪と補償をしているが、日本ではハンセン病患者を除き救済は放置されたままだ。
96年の法改正時の国会審議が改正案提出から成立までわずか5日間と短く、国会での論議が深まらなかったことが響いた。また96年以降、新聞などの報道が散発的だったこともあって、世論は大きく盛り上がるには至らないまま推移した。毎日新聞仙台支局でこの問題を中心となって取材している遠藤大志記者(32)は「メディアが(あまり)報じず20年間放置されたままになって、誰も知らないと(いう状況に)なってしまった」とメディアの責任を自問する。
そうした中、宮城県の当時60代の女性が、2015年6月、約50年前に不妊手術を強制的に受けさせられたとして、日弁連に人権救済を申し立てた。日弁連は17年2月、国に対し「被害者への謝罪や補償を速やかに実施すべきだ」との意見書を提出した。同年7月以降、宮城県在住の知的障害を持つ60代女性が強制不妊手術を受けたことを示す同県の「優生手術台帳」や、神奈川県で優生保護審査会に提出された申請書、検診録など、強制不妊の具体的な「証拠」が次々と見つかった。
こうした状況を踏まえ、宮城県の60代の女性が今年1月30日、子供を産み育てる基本的人権を奪われたとして国を相手取り損害賠償を求める訴訟を起こした。旧優生保護法の違憲性を問う訴訟は全国で初めてということもあって、主要マスメディアが一斉に報じ、ネットメディアもマスメディアの記事を転載した。
この提訴が世論に火をつけた格好となったが、メディアの側を見ると、この1年ほどの強制不妊に関連する一連の報道では「毎日新聞が(他を)圧倒」(東京新聞1月31日付朝刊「編集日誌」)していたとの見方が強い。上記の17年7月の宮城県の優生手術台帳や神奈川県の審査会の関連資料の件も毎日新聞のスクープだった。
2月13日にはNPO法人の調査報道メディア「ワセダクロニクル」が強制不妊問題を取り上げ、第1弾として「厚生省の要請で自治体が件数競い合い、最多の北海道は『千人突破記念誌』発行」を配信。そこで明かされた事実関係については、毎日新聞や共同通信、北海道文化放送などのマスメディアが後追いして広めた。続いて3月2日には「オール宮城で『優生手術の徹底』、NHK・河北新報の幹部も顧問に」を配信。1957年2月に設立された強制不妊手術の徹底を目的に掲げる宮城県の団体のトップには東北電力社長が就任、役員には県医師会会長らが就き、顧問には県知事や仙台市長に加え地元有力紙の河北新報会長やNHK仙台中央放送局長まで名を連ねていたことを当時の資料により明らかにした。
ワセダクロニクルの渡辺周編集長は「戦後の民主憲法の下で戦前の大政翼賛会と同じような構図が繰り返された」として、なぜそうなってしまったのか検証が必要だと指摘する。
ワセダクロニクルで中心になって取材している加地紗弥香シニアリサーチャー(23)は、河北新報在籍中の昨年6月に被害者の70代女性と知り合って以来取材を続けており、女性が高齢で強制不妊問題を先延ばしすることはできないと考え、この問題に専念するため移籍したという。見上げたものだ。
やはり世論を短期間で動かすには「オールメディア」かそれに近い状態でなければ難しい。マスメディアとネットメディアが競い合う形で相互に影響を与え合うのが理想的ではないか。毎日の遠藤記者やワセダクロニクルの加地氏ら若くて人権意識に優れた記者たちにも期待したい。