物流大手が「ITベンチャー」争奪戦

ヤマト、大和ハウスらができたてITベンチャーと提携加速。物流危機の突破口となるか。

2017年10月号 BUSINESS
by 千葉利宏(ジャーナリスト)

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千葉県印西市にある巨大物流施設「プロロジスパーク千葉ニュータウン」

ドライバーの深刻な人手不足、それに伴う宅配便の値上げなど、物流が大きな社会問題になっている。人手不足がクローズアップされがちだが、実はその向こうに物流業界の根深い体質が横たわっている。中小企業比率が9割以上。2次、3次の下請けは当たり前で、相変わらず電話とファクスで仕事をこなす事業者も多く、非効率な業態が長年続いてきた。

そんな昔ながらの業界に、この1年ほどで一気にIT(情報技術)化による生産性向上の動きが広がってきた。物流業界のIT化を担うのは、富士通やNTTデータなどの大手ではなく、スタートアップしたばかりのITベンチャーたちだ。

日本郵便は9月4日、スタートアップ企業を募集して育成するオープンイノベーションプログラムを開始した。郵便・物流にイノベーションを巻き起こすようなアイデアを持った企業を発掘し、自社の物流システムのリソースを実証の場として提供、新しい仕組みや業務効率化を実現する技術開発を共同で進めていく試みだ。「EC(電子商取引)の進化などで抱える課題をスタートアップ企業との協業で解決したい」と期待する。

ヤマトホールディングスでも7月から、スタートアップ企業との新規事業創出を狙いオープンイノベーションプログラムを開始。大和ハウス工業では、TRON計画で有名な坂村健東洋大学教授と連携し、昨年から「物流オープンデータ活用コンテスト」を立ち上げた。まさに有望なベンチャー企業の争奪戦が展開されているのだ。

BtoBがターゲット

物流業界は、「輸配送」と「倉庫・物流施設」の大きく二つに分かれる。市場規模は約25兆円(2014年度、国土交通省資料)で、うち約6割の約14兆5500億円を占めるのがトラック運送事業だ。事業者数は約6万3千社、中小企業比率は99.9%。生産性の向上には、41%にとどまる積載効率をいかに上げるかが最大のポイントだ。

「トラック運送で宅配便が占める割合は3割程度。宅配業界は大手の寡占化が進むが、問題は中小事業者のIT化をどう進めるか」――トラックの運行管理・荷物マッチング統合サービス「MOVO(ムーボ)」を提供するHacobuの佐々木太郎社長は、企業間物流をターゲットに15年6月に会社を立ち上げた。

MOVOは、GPS(全地球測位システム)と通信モジュールを内蔵した小型端末「ムーボ・スティック」で、現在位置などの車両情報を5秒ごとに取得、トラックの運行管理と、オンラインで車両手配・受発注などの管理業務を行う荷物マッチングを統合したサービスだ。

「市場調査の時、トラックのGPS搭載が全く普及しておらず、電話とファクスで車両手配しているのに驚いた。最初の1年は開発に費やし、サービスを始めたのが1年前。ちょうど業界の人手不足が臨界点に達し、一気にIT化が進み出した。大手の荷主からも多くの引き合いがある」と、出だしは好調のようだ。

今年6月には大和ハウス工業と資本提携を視野に入れた業務提携を結び、倉庫から輸配送の情報までオンラインで統合し、AI(人工知能)で物流ネットワークの全体最適化をコントロールする物流プラットフォームの開発にも着手した。

物流マッチングサービスでは、「ハコベル」を提供するネット印刷のラクスルが、今年7月にヤマトホールディングスと資本提携し、オープン型の企業間物流プラットフォーム構築で合意。大手物流事業者のSBSロジコムも、物流シェアリング・プラットフォーム「iGOQ(イゴーク)」を今年秋提供を目指して開発中。今後は、物流プラットフォームの主導権争いが始まる可能性もありそうだ。

一方、7月から倉庫・物流施設の空きスペースのシェアリングサービスを立ち上げたのがsoucoの中原久根人社長だ。「営業倉庫は全体の20%は遊んでいる。大型物流施設も稼働率は高いというが、5%ぐらいの空室率はある。そうしたストックを整理して有効活用するプレイヤーが物流業界にはいなかった」

会社は16年7月に設立したばかりだが、世界最大の物流施設開発会社のプロロジスが、スタートアップ支援を8月に表明。物流業界に対してsoucoサイトへの空きスペース登録を呼びかけている。

荷物の保管場所は、倉庫業法に基づいて国土交通大臣登録した「倉庫」と、不動産賃貸契約に基づいてスペースを提供する「物流施設」に分かれる。倉庫業(営業倉庫)の市場規模は1兆6700億円で、中小企業比率は91.8%と高い。10年頃から不動産デベロッパーが物流施設の開発を加速し、圏央道周辺には巨大な物流施設が相次いでオープンしている。

「季節要因などで倉庫・物流施設の需要変動は大きいが、短期間、まとまったスペースを借りるのが難しかった。小規模なスペースを分散して借りれば、輸配送の負担が増える。物流スペースを最適に配置できれば、輸配送の効率化にも貢献できる」(中原氏)

東京海上日動火災保険と共同で荷物などの損傷を補償する保険も用意、利用事業者がsoucoと契約するだけで手軽に倉庫を利用できる仕組みを整えた。「倉庫事業者には定額の利用料金を前払いするので安心して使ってほしい」とアピールする。

20年にはドライバー10%不足

政府が7月にまとめた総合物流施策大綱(17―20年度)では、IoTやAIなどの新技術の活用による「物流革命」を推進する方針が盛り込まれた。しかしそのリーダーシップを誰が担うのかが見えていない。もともと物流業界は、大型の業界再編がほとんど起こっておらず、大手が連携して効率化や標準化を図るといった話もあまり聞こえてこない。「今後、倉庫などへのロボット導入を進めるには標準パレット利用がポイントになるが、パレットの利用率が低いうえに、標準品の割合も半分以下にとどまっている」(国土交通省総合政策局物流政策課)という状況だ。

20年には需要に対し、10%ものドライバー不足が予測され、最適化、効率化は喫緊の課題。前出の佐々木社長は「利害関係のない中立的な立場のITベンチャーが提供するサービスの方が、老舗企業が多い物流業界では使ってもらいやすいのでは」と語る。始動したばかりのITベンチャーたちに、物流危機突破の期待がかかる。

著者プロフィール

千葉利宏

ジャーナリスト

著書に『実家のたたみ方』(翔泳社)など

   

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