未曽有の「東京五輪の崖」「PB黒字化目標」が足枷

森 章 氏
森トラスト会長

2017年10月号 BUSINESS [インタビュー]

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森 章

森 章(もり あきら)

森トラスト会長

1936年森ビル創業者である森泰吉郎氏の三男として生まれる。慶大経済卒。旧安田信託銀行を経て72年森ビル入社。取締役社長室長として父を支えながら73年森トラスト・ホテルズ&リゾーツを創業。93年森トラスト社長就任。昨年6月より現職。独自の戦略眼を持つ、不動産デベロッパーの長老オーナーである。

――東京・銀座の路線価が「バブル期」を超え、過去最高額になりました。

森 日銀のマイナス金利は今後も当面継続し、「上昇基調」が続くと思います。ただし、少子高齢化を背景に、コンパクトシティ化が加速すれば、価格が上がるのは交通利便性の高い優良物件に限られます。かつての全国あまねくといった「土地バブル」にはなり得ず、不動産市況は「まだら模様」になります。

――1964年の東京五輪の経験から、「山の先に崖が来る」と仰っていますね。

森 当時は信託銀行で働きながら、先代から、家業(森ビル)の経営の相談に乗っていました。五輪前に建築基準法改正が重なり、駆け込み需要の山ができた反動で、五輪後は不景気となりました。山一証券が倒産しそうになった経緯も記憶に鮮明です。学ぶべきは、全てを五輪に向けて集中し、景気の山を高くすると、需給バランスが著しく崩れ、未曽有の「五輪の崖」とも呼べる経済混乱をきたす可能性があるということです。

――前回は数年後に不況を脱しました。

森 当時は70年の大阪万博開催を控え、高度成長期の伸び盛りの時期にあり、潜在成長率が10%を超えていました。現在はゼロ%台である上、人口減に加え、2022年には団塊の世代が75歳になり始め、労働人口がさらに減少します。

デフレ不況を呼び戻す消費増税

――アベノミクスは曲がり角ですか。

森 デフレ不況からの脱却をめざし、大胆な金融政策によって円安・株高を実現した点で、アベノミクスには一定の評価をしています。しかし、漸く名目成長率が上昇に転じた14年4月に消費税率を8%に引き上げたのは経済にとってマイナスだったのではないでしょうか。現政権の基本戦略は「成長なくして財政再建なし」。ならば、もっと辛抱強く成長路線を追求すべきであり、国内消費を冷やす増税は適さなかったと思います。

――今年4月に予定されていた消費税率10%は19年10月に延期されました。

森 増え続ける高齢世帯は余計なモノを買わず、将来不安を抱える勤労世帯も節約志向が強い。そもそも生活必需品が多くの世帯に普及している日本では、消費税率を上げた分だけ消費を抑制しがちです。今日の日本の社会構造として、消費増税は向かないのです。

――政府の財政再建目標=借金に頼らず政策経費を賄えるかを示す基礎的財政収支(PB)の黒字化は不可能です。

森 「20年度PB黒字化目標」は、10年に菅直人政権が決定したもの。成長に基づく財政再建を目指す安倍政権が、これに縛られる必要性があるのでしょうか。政府は6月にPB黒字化と並び「公的債務残高の対GDP比率の引き下げ」を打ち出しました。国際的には、国家財政を後者の比率で判断するのが普通です。

我が国の債務残高は1千兆円を超えており、仮にPBが黒字化しても、債務残高の対GDP比は変わりません。実質成長率が上昇し、名目成長率も3%以上にならない限り、対GDP比は減らないのですから、成長率の上昇こそが重要です。

――PB黒字化を掲げる政府は3度目の消費増税延期をためらうと思います。

森 五輪前の19年に消費増税を断行したら、増税前の駆け込み需要も重なります。「山高ければ谷深し」で、「東京五輪の崖」がより深刻化すると思います。そもそも構造的に日本の消費増税はデフレ不況を呼びやすいのですから、凍結した方が良いと考えています。ぜひとも、五輪開催を導いた安倍首相には、21年まで続投し、自らの手でアベノミクスをやり遂げて頂きたいと思っています。

苫小牧に富裕層向け国際リゾート

――7月の訪日外国人客数が単月ベースで過去最高の268万人に達しました。

森 政府は東京五輪の20年に訪日外国人4千万人との目標を掲げています。私は、観光産業に関しては、「五輪の崖」をものともせず伸びると見ています。我が国は南北に長く、四季の自然が豊かで、全国各地に歴史と文化を感じる観光資源が豊富な上に、治安も良い。

五輸を観に来られる方は、初めて来日するような方が多いと言われています。この機に日本の魅力をきちんと伝えることで、五輪後にもリピーターとなって訪れて下さると考えています。現在、インバウンド首位のフランスは8千万人を超え、将来は1億人を目指しています。日本の観光資源から考えると、政府が掲げる「30年に6千万人」の目標も達成可能だと思います。旅行客が都心だけでなく地方リゾートも回遊していくことを考えると、地方はオフィスや住宅よりホテルの方が付加価値が高くなるケースが増えてくると思います。ホテルは地産地消型ビジネスですので、地方創生に役立ちます。世界一のホテルチェーン「マリオット」の創業者名を冠する最高級ブランド「JWマリオット」を奈良県に誘致し、20年には同じくマリオットのライフスタイル型最高級ホテル「エディション」を虎ノ門と銀座で開業する予定です。

――北海道苫小牧にも五つ星クラスの最高級ホテルをつくる計画ですね。

森 こちらは私の個人資産によるMAPという会社のプロジェクトです。約300万坪の森林の一部にホテルと別荘、予防医療施設等を建設し、国内外の富裕層向け滞在型リゾートの開発を目指しています。苫小牧市はIR(統合型リゾート)にも手を上げており、このプロジェクトの森林の近くにカジノができる可能性もあります。

――常々、生産性の向上につながる教育改革が必要だと訴えていますね。

森 遂に人工知能(AI)が、世界最強の囲碁棋士に連勝しました。ロボットやAI、IoTなどの技術で、全く新しい産業や生活環境が創造されることでしょう。そのような社会で能力を発揮するには、理数系の能力開発がより重要になるかもしれません。日本の学生は「ゆとり教育」のために数学や物理が弱くなり、競争力を失いかけています。理数系留学生優遇制度などを創設し、優秀な留学生を集め、トップクラスの成績で卒業した学生は、国籍や人種を問わず日本企業が高給で雇い入れるような「間接的移民」を増やすことも一つの方策と思います。

(聞き手 本誌発行人 宮嶋巌)

   

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