つくば「醜態続き」返上なるか

若き市長が旧弊を改め、イメージ通りのサイエンスシティーを誕生させるかもしれない。

2017年3月号 POLITICS

  • はてなブックマークに追加

つくば市役所の庁舎

五十嵐立青つくば市長

「この部屋にいると迷宮に入ったようで、市役所の中も現場もわからなくなりそう」

茨城県つくば市の新市長になった五十嵐立青(たつお)氏(38)は、緊張した面持ちで市長室の椅子に座った。そして、自らを戒めるように、「なるべくこの部屋を出て、自分から部課長の席にうかがいたい」とつけ加えた。

世界的な研究学園都市・つくばに、戦後民主主義の風が初めて吹いた――。元市議の五十嵐氏が自民推薦候補を破った昨年11月の市長選について、つくば市民からこんな声があがっている。「非民主主義」の親ロシア派大統領を市民が倒したウクライナの政変になぞらえ、「つくばのオレンジ革命」と呼ぶ人もいる。

世界中から研究者が集まる、この地らしい表現だが、決して大仰な話ではない。サイエンスシティーの華々しい業績の裏側では、市役所を舞台に「旧住民」たちが開発利権をめぐる壮絶な政争を繰り広げてきたからだ。

共産から保守「全野党共闘」

選挙戦には五十嵐氏のほかに、自民推薦で元市議会議長の飯岡宏之(54)、元民主党衆院議員の大泉博子(66)の2氏が立候補した。飯岡氏を、引退する市原健一市長が応援。大泉氏のバックには市原氏に市長の座を奪われた藤沢順一元市長がついた。五十嵐陣営には共産、つくば・市民ネット、新社会、自民などの市議18人が顔をそろえた。「市議の支持は半数を超えた。国政で小沢一郎さんが仕掛ける『全野党共闘』の一歩先を行く共闘体制を組むことができたのが勝因」と、五十嵐陣営の選対幹部は話す。

市長選の最大の争点は、本誌2015年9、12月号で詳報した「総合運動公園」の問題だった。市原市政が推進した総事業費305億円の公園計画は、15年8月の住民投票で8割の反対を受けて白紙撤回となったが、この住民運動に携わった市議たちが五十嵐氏を支持した。

市は都市再生機構から公園用地(45.6ha)をすでに約66億円で取得している。その借入金の利子が年間約3千万円。さらに土地の固定資産税など約6900万円の収入がなくなり、失政による市の損害は甚大だ。五十嵐氏は公園問題の完全解決、都市再生機構との「土地返還交渉に臨む」と訴えた。

投票結果は、五十嵐氏が40069票、飯岡氏が35346票、大泉氏が16180票。五十嵐氏が1年前の住民投票で示された民意をまとめて勝った。

五十嵐氏は、地元の小、中、高校から筑波大学を経てロンドン大学に留学。26歳の筑波大学院生のときに市議選に立候補し、2期連続トップ当選。前回市長選は、2万8千票余りで次点だった。NPO法人を設立し、障害のあるスタッフが働く農場を経営している。

父は情報工学が専門の筑波大学名誉教授、母は元つくば市議で、民主党から総選挙に出馬し落選。兄の朝青(あさお)氏(41)は、東大卒でJリーガーを目指した熱血漢。小池百合子・東京都知事と自民党の代理戦争と言われた2月の千代田区長選に第三の候補として立ち、落選した。

いわゆるインテリ一家の出だが、「前回の敗北を受け、良い意味での政治家としての『土着性』を身につけたことが、幅広い支持につながった」と陣営幹部は話す。

「巨大利権」の頂点に市長

谷田部町や桜村など、町村合併で生まれたつくば市は、今年の11月に市制30周年を迎える。「筑波研究学園都市構想」が閣議了解されてから半世紀余り。筑波山ろくに広がっていたアカマツ林や農地には、JAXA(宇宙航空研究開発機構)に代表される30を超える国などの研究・教育機関と、約300の民間の研究機関や企業が立地する。

85年に「科学万博」が開かれ、2005年には、東京・秋葉原までを45分で結ぶ首都圏新線「つくばエクスプレス」が開業した。宅地開発と一体で進んだ鉄道敷設で、沿線は住宅やマンションが建ち並ぶ。

「山も林もなくなり、風向きがすっかり変わった。空っ風が強くなり、いつも砂埃が舞うようになった」。地元で農業を営む70歳の男性は、巨大開発で一変した地域の様子をこう語る。

一方、2万人の研究者を有する世界的な科学技術拠点都市誕生の裏では、巨額の開発利権をめぐって「常軌を逸した」(市元幹部)政争が繰り広げられてきた。自治体では珍しい数十億から百億円単位の事業が目白押し。大手ゼネコン、暴力団も絡む利権の頂点にいたのが、業者の「指名権」を握り、事業の発注を差配する市長だった。

その悪しき象徴が3代前の木村操市長。助役時代の90年、大阪の「花の万博」で車いすを使って優先入場し、批判を受けた人物だ。2期目の96年に買収容疑で捕まったが、この時の逮捕者は市議らも含め20人、総勢100人以上が検挙された。

木村氏は自らの農地を山林と偽り、時価の2倍強の10億8千万円で広域暴力団稲川会系企業の関連会社に売却していたことが、佐川急便事件の捜査の過程で判明。この企業は木村氏を通じてゴルフ場開発の承認を県から得ようとしていた。木村氏は農地を売って選挙費用を捻出したとみられている。

木村氏の他にも、合併・編入前の町長2人が収賄容疑で逮捕。さらに、ごみ処理場汚職、小中学校へのパソコン納入汚職や、小中学校に設置された「回らない風車」をめぐる早稲田大学との訴訟、水道企業団幹部の100億円不正借り入れ事件と、市政スキャンダルが続いてきた。

一方、学園都市づくりの初期には、後につくば市となる谷田部町など4町村で8人の町村長が任期途中に亡くなっている。大半が国策の先兵として強引な用地買収にかり出され、激務によるストレス、過労で病に倒れた。巨大開発は、「貧困からの脱却」の甘言にすがった旧住民の犠牲の上に成り立っている。

「つくばの政治の世界では『旧住民』と『新住民』といった言葉が使われ、中心部と周辺部の対立構造や選挙での勝者側と敗者側の浮沈を繰り返してきました。しかし、不毛な争いはもう終わりにしましょう。差し迫る複雑な課題を前にして我々にはそんな猶予は残されていません」

五十嵐氏は、昨年12月の議会での所信表明を、ノーサイド宣言で締めくくった。民主主義の芽は出たが、花はまだ咲いてはいない。自らハードルを上げた、塩漬けの運動公園用地をどう解決するのか。早速、真価が問われる。

   

  • はてなブックマークに追加