空売り投資家の日本電産批判は「悪」か

「買い持ち」が善で、「売り持ち」は価値創造を邪魔するというが、どちらも同等に市場に貢献するはず。

2017年3月号 BUSINESS [特別寄稿]
by ミラー和空氏(禅僧 (マディ・ウォーターズ日本代表))

  • はてなブックマークに追加

マディ・ウォーターズを率いるカーソン・ブロック氏

Photo:Timothy Archibald

日本電産の永守重信会長兼社長

Photo:Reuters/Aflo

企業経営陣に対して「モノ言う投資家」(アクティビスト・インベスター)は、かねて欧米の株式市場で強力な勢力を形成し活躍してきた。彼らが経営成績を厳格に観察・採点することで経営効率が向上し、資本市場や各国経済の活性化につながっていることは周知の通りだ。

日本でも、任天堂がポケモンGOで大成功を収め、セブン&アイ・ホールディングスの内紛劇の結果、経営合理化が進んだといった事例では、背景にモノ言う投資家(外国人の!)の影響があったようである。

しかし日本では「モノ言う投資家」のうち、株を一定期間保有する「買い持ち」投資家は知名度を上げつつあるものの、株価が過大評価の企業に警鐘を鳴らすネガティブな報告書を公開し、空売りを仕掛ける「売り持ち」投資家はなぜか存在感が薄い。それどころか、日本の経済界ではむしろ嫌悪される存在と言ってよい。

昨年、伊藤忠商事の財務に疑義を呈した「グラウカス・リサーチ」への反発がその典型だ。本来、「空売り」側の投資家も「買い持ち」側と同様に評価されるべきであり、「モノ言う投資家」として資本市場の効率向上に大きな役割を果たしていることが、まだ十分に理解されていない。

昨年12月、米国の空売りファンド「マディ・ウォーターズ」が日本市場に参入し、精密モーターの名門、日本電産を標的に「株価は2倍以上も過大評価されている」と主張し、詳細なレポートを公開した。2010年、カーソン・ブロック氏(本誌2012年10月号でインタビュー掲載)が設立した同社は当初、海外上場の中国企業などを狙い撃ちし株価を暴落させて注目された。

売りと買い順番が違うだけ

私はマディ・ウォーターズの日本での窓口役という立場で、証券アナリストや経済ジャーナリストと意見交換しているが、しばしば議論はすれ違いに終わる。応答をジャーナリスト兼アナリスト(Q)と和空(W)の対話形式にまとめてみた。

Q 空売り屋連中はズル賢い市場のパラサイトにすぎない。日本電産という大企業を築き上げた永守(重信・会長兼社長CEO)さんとは対照的に、空売り屋は自分では何一つ価値のあるものを創造しない。そのくせ、人の功績にケチばかりつけている。

W つまり「買い持ち」の投資は健全な行為だが、「空売り」は不健全な行為で、批判すべきということですね。

Q 価値を創造する行為と価値を崩壊する行為では大違い。

W 価値創造とおっしゃるが、私に言わせれば、空売りとは順番の違いにすぎない。「買い持ち」投資家は、値上がりを期待してまず株を買い、期待通り値上がりすれば適時に売る。空売りは値下がりを期待して先に売り、後で買い戻して値下がり分を利益にしています。

Q 「買い持ち」投資家が株価が頭打ちの株を売るのは、新規投資のためです。忘れてならないのはそれがプラスの行為だということ。価値を創造している企業を応援し、投資を通じて資金を提供しているじゃありませんか。プラス、プラスです。逆に空売り屋は企業に野次を飛ばし、創業者社長をこき下ろし、価値創造の過程を妨げることになりかねません。マイナス、マイナスです。

W 株投資の世界では裏表の関係だと思いますけど。

Q 空売りファンドは公開情報だけでなく、内部情報も入手して弱みを掴むでしょう。

W 内部情報の悪用を心配しているのなら、多発する買い持ちのインサイダー取引を注視すべきでしょう。外国の空売りファンドに心配は無用です。マディ・ウォーターズの本拠地米国は、日本よりはるかに証券取引の監視と取り締まりが厳しい。

Q マディ・ウォーターズの日本電産レポートには気になる箇所がある。京都の監査法人の問題や経営目標の慢性的な未達には一理あるとして、問題はビジネスモデルですね。従来の成長を牽引してきたHDD用精密モーターに代わり、次の成長源と期待される車載用モーターが軌道に乗らず、成長率が思わしくなく、相次ぐ企業買収のみで売上高を伸ばしている、と指摘していますよね。

W 車載用モーター事業は、企業買収だけでなく、セグメント情報を操作して、成長率を実態よりも大きく見せているのではないかと疑っています。

Q 仮に継続事業が伸びておらず、M&Aで事業規模を伸ばすというビジネスモデルだとしても、それでうまくいっているなら、それでいいじゃない?

W 継続事業の成長性に焦点を当てているのは日本電産自身です。企業買収だけでなく、継続事業でも大きな成長を成し遂げると公約していますが、公約を果たしていません。

「国益損なう」は被害妄想

Q つまるところ、空売りは株価の値下がりを導く行動です。日本人は、政府や企業、投資家などがそれぞれ利害関係を持ちつつ日本国民という総体として国の再活性化を祈願している。外国の空売りファンドはそれを共有していない。彼らは日本という国などどうなってもいいと思っているはずです。

W 被害妄想はやめてください。世界中の投資家は各国の株式市場の健全な発展を自分の利益につながると考えています。株価上昇の第一条件とは、投資家の信用を獲得することです。日本市場では、とりわけ外国人投資家を重視しなければなりません。彼らは東京証券取引所の出来高の7割以上を占めているからです。また「買い持ち」投資家だけでなく、空売りも含めた「モノ言う投資家」の双方が同等に貢献することによって日本の株式市場は透明性が高まり、日本経済の健全な発展、再活性化をもたらすのですから。

Q 仮にそうであっても、日本電産がひどい会社だとは思いません。むしろ個性的で優秀な創業者によって輝かしい成長に導かれてきました。

W そこに異を唱えているわけではありません。ただ、個性的な創業者社長の指揮のもとで、巧みなPRで市場の過大評価を勝ち取った凡庸な会社だと言っているだけです。

著者プロフィール
ミラー和空氏

ミラー和空氏

禅僧 (マディ・ウォーターズ日本代表)

1954年生まれ、シカゴのアメリカン音楽大学卒。78年に来日し、編集デザイン会社を主宰。2015年に『アメリカ人禅僧、日本社会の構造に分け入る 13人との対話』(講談社)を上梓。

   

  • はてなブックマークに追加