血税投じた都市計画に沿線住民が差し止め訴訟。高架の杭を270本切断して地下線路を通すなんて!
2017年2月号 BUSINESS [都の防災にも大疑問]
高架を支える地中の杭を切ってトンネルを通す計画(原告ら作成の資料より)
「東京の電柱をゼロにしたい。無電柱化を進めればきれいな街になり、防災になる」
小池百合子東京都知事は、電線を地下に埋設して電柱を取り払う「無電柱革命」を掲げる。小池氏の故郷、兵庫県芦屋市のある阪神間は、1995年1月の阪神・淡路大震災で大きな被害を受けた。地震で倒壊した電柱が避難や救助を妨げ、被害を拡大した。今後想定される首都直下地震でも電柱倒壊による二次災害の恐れがあり、東京都は2014年に無電柱化推進計画を策定した。小池氏は条例を制定し、さらに計画を推進する方針だ。20年の東京五輪を控え、政府も財政面から計画を後押しする。
知事の主張する防災、環境との絡みで注目されるのが、東京都の「京王電鉄京王線連続立体交差事業」計画の行方だ。
交通渋滞を招いている「開かずの踏切」対策として、都は、道路と交差している鉄道を一定区間連続して高架化または地下化し、踏切を除去する計画を立て、その一環で京王線の笹塚駅―仙川駅間(7.2km)の鉄道を高架に移すとともに、笹塚駅―つつじヶ丘駅間(8.3km)に更に2線の地下線を新設することを決めている。
鉄道の高架化(立体交差化)は都の道路事業として施工、費用は国と都が85%、京王電鉄が残りを負担することで国土交通省の認可を受けている。一方、地下2線の建設(複々線化)の費用は京王電鉄が全額負担する。計画では、これにより25カ所の開かずの踏切がなくなる一方、複々線化で線路が計4線になり京王線の輸送力とスピードアップが図れるという。
ところがこの計画に対し「住宅密集地に高架鉄道を建設するのは地震防災面、環境面で時代錯誤も甚だしい」として沿線住民が反対、14年、国に事業の中止と計画の見直しを求める行政訴訟を東京地裁に起こした。原告代理人の海渡雄一弁護士が語る。
「高架線は騒音被害が大きい上、地震で倒れる恐れがあり、火山が噴火すれば運行不能になる。しかも計画では、築40年以上で老朽化が進む八幡山の高架駅をそのまま使って新しい高架線と結ぶことになっている。災害で八幡山駅が壊れたら作り直すまでの期間、全線不通が続きます。これに対し、地下鉄は地震でも壊れにくい。東日本大震災でも首都圏のJRの復旧に時間がかかったのに比べ、地下鉄は即日復旧した。都市部の地下鉄化は世界的趨勢でもあり、都は高架化をやめて4線とも地下線に切り替えるべきです」
国交省の資料によると、阪神・淡路大震災では阪神高速3号神戸線の橋脚が折れ、635mにわたり高架橋が横倒しに。山陽新幹線でも高架橋の倒壊・落下が8カ所、高架橋柱の損傷が708本、橋桁のズレが72カ所発生。11年の東日本大震災では東北新幹線の高架橋柱が約120本損傷している。笹塚駅―上北沢駅間はすぐ傍を高速道路も走り、閑静な住宅街が二つの高架に挟まれることになる。高架化に沿線住民が不安を感じるのも無理はない。
4線地下化を避け、高架2線、地下2線方式を採用した理由として、都は4線地下化の費用がかさむことを挙げるが、これについても海渡弁護士はこう反論する。
「都は現在の計画だと事業費は2200億円で済むが、4線を地下化すると3千億円かかると言う。しかし専門家が試算したところ、4線地下化の事業費は約22 00億円。都の方式の費用と変わらない。また、すでに地下化された新宿と調布間を地下で結べば、都の計画だと付近に6カ所残る踏切がすべてなくなる。費用が同じで踏切解消効果も高いのに、地下化しないのはおかしい」
原告の1人で「京王線地下化実現訴訟の会」の亀井泰雄氏によると「都の計画には他にも多くの矛盾がある」という。
「都は高架2線(都の事業)、地下2線(京王電鉄事業)の二つをセットにして都市計画を決めたのに、京王電鉄はいまだに地下2線の建設を経営決定すらしていません。沿線住民の高齢化や人口減による将来の鉄道需要の減少を想定し、複々線化の地下2線建設はやめて節約したいのが京王電鉄の本音ではないか。複々線化をやめると言えば、高架と地下がセットの都市計画は根本的に見直さねばならない。それを避けるため、とにかく高架化工事を実施し既成事実を作ろうとしているのでは、と疑いたくなります。都は『地下2線は京王電鉄に任せている』と言うだけで我関せずの感じです」
都の「京王電鉄任せ」は地下2線だけではない。都の事業でもあるはずの高架2線の設計、施工についても京王電鉄に丸投げ状態で「都は設計図すら持っていない」(亀井氏)というのである。「京王電鉄の言い値で工事費が決まっている可能性もある。しかも事業費の85%は税金を投入するのに、高架下などの新たにできるスペースの85%は京王電鉄が使用する予定。高架2線の3工区に京王電鉄の子会社の京王建設が参入しているのも釈然としません」(同)
さらに、決定的ともいえる重大な問題が裁判で明らかになった。都の計画では、13―22年度の10年間でまず現在の2線を高架化し、その後4年かけて京王電鉄が残る2線を地下に作ることになっている。ところが計画通りだと、先に作った高架を支えるために地中に打ち込んだ多数の杭が地下部分の工事の際に障害になることがわかったのだ。
「訴訟の会」の堀田龍郎氏が言う。
「計画通りだと、約1kmにわたって高架線の杭がトンネルの進路を遮り、掘り進められない。どうするのかと都に問い質したところ、驚いたことに『杭を切りながらトンネルを掘り進める』と回答、1kmの区間の約270本もの杭をすべて切除するというのです。それだけではありません。杭を切ると、高架橋が壊れる恐れがあるので、切除前に別途、杭を打ち込んで高架橋を受け替えた後で切除するという。高架工事に投入される税金は1250億円。巨額の税金を使って打ち込んだ杭を切除するばかりか、本来なら不要な受け替え用の杭を別途入れるなど、荒唐無稽にもほどがあります」
これについて本誌は多数の地下鉄建設に関わってきた専門家に話を聞いた。
「高架線と地下鉄線の両方の工事が必要なときは、下から、つまり地下から工事を始めるのが常識。トンネルを掘った後、トンネルの障害にならないところに杭を打って高架橋を作るのが普通のやり方です。後で切除するのを前提に杭を打ち込むなんて常識外れもいいところ。後で工事をする人に迷惑をかける工法なんてあり得ないですよ。毎日何十万人もの人たちを乗せて電車が走っている中、その線路を支える杭を地下で切っていくなんて、安全面でもおかしい」
「杭を切りながらトンネルを掘ると、ただ土を掘るよりも時間、人件費、電気代などが余計にかかる。あくまで試算ですが、まず杭を入れる費用が1本当たり600万円、それを人力で切断除去すると1本当たり1千万円。シールドマシンで掘り進めながら切除するシールド工法でも、1本当たり750万円かかる。これとは別に杭を打って受け替えるのでコストはさらにかさみます」
切除する杭を原告試算通り270本とすると、シールド工法でも1本につき1350万円(600万円+750万円)、合計36億4500万円をドブに捨てる計算だ。
この専門家は、最後にこう語った。
「杭問題を別にしても、直下を掘れば、高架線に何らかの影響が出る恐れはある。役人は一度決めた計画を変えたがりませんが、無理のある計画は見直した方がいい」
おまけにこの都市計画、実はもう一つ重大な疑惑が持ち上がっている。今回の計画は1969年5月20日に決定され、何度かの修正を経て現在に至っている。ところが肝心の69年の都市計画自体に、法律違反の疑いが浮上しているのだ。
「69年の決定は旧都市計画法3条に基づいて行われました。同3条には都市計画と都市計画事業について『主務大臣之ヲ決定シ内閣ノ認可ヲ受クヘシ』との規定があります。ところが69年決定の関係書類を確認すると、内閣の認可を示す資料は一切ありませんでした。旧都市計画法3条で必要とされている内閣の認可が欠落しているのだから、この決定は旧都市計画法に違反しており、明らかに違法です」(海渡弁護士)
原告側は昨年12月7日の口頭弁論でこの問題を指摘。これを受けて地裁は都に対し、証拠を示して反論するよう指示した。
本誌は二つの疑惑について東京都と京王電鉄に質問状を送ったが、いずれも「係争中のため回答は差し控える」としている。
他の問題も山積みとはいえ、小池サン、都民の血税でこんな杜撰で危ない計画を進めてよいのですか?