神津 里季生 氏
連合(日本労働組合総連合会)会長
2016年11月号
POLITICS [インタビュー]
聞き手/本誌編集長 宮嶋巌
1956年生まれ。東大教養学部卒。新日本製鐵入社。1984年より組合専従となり、鉄鋼労連本部在任中に3年間、在タイ日本大使館派遣。98年新日鐵労働組合連合会書記長、2002年同会長、06年基幹労連事務局長、10年同委員長、13年連合事務局長を経て、15年10月より現職。
写真/吉川信之
――9月27日、「働き方改革実現会議」の初会合が、官邸で開かれました。
神津 議長の安倍首相と加藤勝信働き方改革相ら関係閣僚8人と、我々民間議員15人が、それぞれ意見を述べ合う、意欲的な立ち上がりでした。私は連合が目指す社会像、「働くことを軸とする安心社会」の実現に向け、同一労働同一賃金、長時間労働の是正、公正な取引慣行に的を絞って説明したが、一人2分半しか発言できない。今後、9つのテーマを検討し、今年度中に具体策を盛り込んだ実行計画を策定することになっていますが、深掘りした議論にはならないと思います。
――総理は「長時間労働の慣行を断ち切る。同一労働同一賃金を実現し、『非正規』という言葉を、日本国内から一掃する」と、大上段に振りかぶっています。
神津 参院選前は「人気取りのアドバルーンを上げているだけ」と批判してきましたが、ここにきて安倍政権のスタンスが様変わりしたと感じます。そもそもアベノミクスは「うなぎの匂い」のようなものでしたが、首相自ら働き方改革こそが「第3の矢」の柱であり、一億総活躍を拓く「最大のチャレンジだ」と宣言したからには、お皿の上に何もない「匂い」だけでは許されないでしょう(笑)。
――加藤働き方改革相は、東京学芸大附属小・中学校の同級生だそうですね。
神津 小学校では6年間同じクラスで学び、中央線で帰るのも一緒でした。中学校時代は、田中一穂・前財務事務次官も同級生。加藤さんと再会したのは連合事務局長になった3年前。それまで、しばらく接点がありませんでした。
――「竹馬の友」の加藤さんから大きなうなぎを出して貰わないと(笑)。
神津 総理は「非正規」という言葉を無くすと言うが、この20年間に、我が国の非正規雇用は2割から4割に増え、パートタイムの賃金水準は、正規労働者の半分に過ぎません。「不本意な非正規」が増える流れを、何としても変えなければならない。さらに、総理は同一労働同一賃金のガイドラインを策定すると仰るが、無いよりマシだがほとんど機能しないでしょう。まずは働き方改革会議で法規制を行う方向づけをすべきです。
――非正規の待遇改善には原資を確保しなければなりません。経営側は正社員の給与引き下げを求めてきませんか。
神津 連合の組織率は、我が国の雇用労働者全体の12%ですが、そこにはパート雇用約90万人が含まれ、連合の中も格差是正が課題になっています。「春闘」では、親会社に対して、サプライチェーン全体で生み出した付加価値の適正な分配と、中小企業労働者の賃金等の労働条件の「底上げ」を求めました。課題は未組織の大多数の中小企業であり、今年初めて全国中小企業団体中央会と、中小企業が継続的に賃上げできる環境整備について意見交換しました。
――先進諸国の中で際立って長い労働時間が過労死を増やし、子育てや介護をしながら働くことを困難にしています。
神津 労使で「36協定」を結べば、事実上、残業時間を無制限に延ばせる現行法制は時代の遺物であり、すべての労働者を対象とする「労働時間の量的上限規制」と「休息時間(勤務間インターバル)規制」を法定化すべきです。
――36協定の見直しに、経済界は慎重であり、働き方改革会議で労働界代表は神津さんだけです。多勢に無勢では?
神津 総理のリーダーシップで大方針を決めた後、三者構成の労働政策審議会などで具体策を煮詰める道筋であり、民間議員の中には我々と考え方が近い人もおられるので、数の心配はしていません。
いま、「包摂的(inclusive)」な経済成長が、G20のキーワードになっています。成長の恩恵は、それぞれの国内と、各国間でより幅広く共有され、包摂性を促進すべき方向へ、世界の潮目が変わったのです。アベノミクスのカンフル剤は効いたけれど、いつまでもそれに頼るわけにはいきません。ここに来て分配政策に力を入れるのは、真っ当な政策転換であり、我々が主張してきたことでもあります。
――民進党の支持率が上がりません。
神津 いや、あれだけ二重国籍問題で叩かれ、野田前総理を幹事長にする「仰天人事」をやってのけても、世論調査で蓮舫さんに期待するが5割を大きく上回っている。彼女の発信力は群を抜き、そのパワーを活かさなければウソですね。
――小池都知事のように化けますか?
神津 化けてほしいなあ(笑)。明快なレスポンスが彼女の魅力ですが、二重国籍問題では少し慎重さを欠いていた。私たち普通の生い立ちを持った日本人は、普段はあまり国籍について考えていない。むしろ、蓮舫さんという人は、自分が日本人であって、日本のために何ができるのかということを、ひと一倍考えてきたのだと思いました。これまで、彼女が政治家になってやってきたことについては、いささかの曇りもないはずです。
――参院選での野党共闘の評価は?
神津 プラス・マイナスがあり、選挙区ごとに分析しなければなりませんが、あれは、あくまで参院選1人区における候補者の一本化であり、野党共闘なる言葉が一人歩きしている。直近の補選はともかく、衆議院は政権選択選挙だから、ズルズルと同じことをやってはいけない。
野田さんが総理時代に、社会保障と税の一体改革(三党合意)をまとめ上げた功績を、私は高く評価しています。民主党政権はガバナンスがまずかったが、政策の方向性は間違っていなかった。蓮舫さんは、野党の真ん中にどっしり構えて、筋を通してもらいたい。野田さんには、その重しになってほしいと思います。
年明け解散・総選挙の匂いがプンプンしてきたが、理念も政策も水と油の共産党と共闘したら、国民から見放されます。民進党は共産党に対して、日米同盟や自衛隊を認めないような綱領を捨て去り、党名を変えない限り、同じ土俵に立つことはあり得ないと、はっきりと言うべきです。