「海保庁」待ったなし増強計画

年間予算の3分の1に当たる空前の補正予算。尖閣近海で終わりなき戦いの始まり。

2016年10月号 POLITICS
by 岩尾克治(フォトジャーナリスト)

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尖閣領海警備の主力、大型巡視船「あぐに」

Photo:Jiji Press

8月、尖閣諸島周辺海域において、中国公船(中国政府に所属する船舶)の領海侵入23隻、接続水域侵入147隻があった。公船につづいて中国漁船230隻も加わり、尖閣海域では事態の沈静化どころか長期化の様相を呈している。平成27年度海上保安庁資料によると、海上保安庁と中国海警局が保有する1千トン以上の船舶は、海保庁の巡視船62隻に対して、中国海警局船は2倍の120隻である。しかも最近、尖閣諸島近海で、機関砲を装備した中国海警局船が確認されるようになっている。

このような情勢に、海保庁は長期化に備え、尖閣領海警備専従巡視船12隻を石垣海上保安部に配備したが、さらに予想以上の中国公船が出現したことを受けて、巡視船艇を増加する待ったなしの大型の平成28年度補正予算請求を行った。

東京消防庁より「清貧」

日本は1979(昭和54)年の「海上における捜索及び救助に関する国際条約」(SAR条約)に加盟した。そして、最初にアメリカ合衆国との間で日米SAR協定を締結、日米で太平洋を2分割し、日本は本土から1200海里(約2200㎞)の広大な西太平洋の捜索救助を担当することになった。海保庁は、その役割を担う船艇として、当時世界最大級の5千トン級巡視船「みずほ」「やしま」の2隻を建造して、国際条約の責務を果たしてきた。また、ジェット機2機を導入し、監視レーダー、赤外線暗視装置などにより監視力を飛躍的に強化した。この巡視船とジェット機の連携による捜索救助体制を確立したのは、今から30年前のことだ。それらの耐用年数が近づいてきた現在、捜索救助体制維持のために、平成27年度補正予算で代替え用に新しいヘリ2機搭載型巡視船の建造が決まった。

中国は、2013年3月の全国人民代表大会で国務院の改革が提唱され、「海洋強国」施策により、5つの機関を統合して「国家海洋委員会」ができた。そして「中国海警局」も創設、チャイナ・コーストガード、中国海警と書かれた中国公船が多くなった。3千トン級、5千トン級の新造船の建造も進み、機関砲を搭載した新公船が東シナ海、南シナ海に進出しはじめた。また、ネット上には建造中の1万トン級の海洋調査船の写真が掲載されている。

大型化する中国公船と、常態化した尖閣諸島周辺海域への侵入に対応すべく、海保庁は、平成28年度補正予算では驚くべき数字を計上した。この補正予算を考察すれば、海保庁の将来への布石が読み取れる。初の海上保安大学校出身で、退任した海上保安庁長官が、「海上保安庁は航行の自由・安全な海を守る」ために、海上保安百年の計の最初の布石を、補正予算に込めたのではないだろうか。

補正予算674億円は、年間本予算約1877億円(職員約1万3千人の人件費990億円・運航費332億円・老朽化した船舶・航空機の代替、継続建造、修理などで310億円、その他245億円)の3分の1にあたる大型予算だ。しかも、新規の船艇・航空機建造のためだけに計上されたものである。海保庁にとってはありがたいが、大きな責任が伴う補正予算でもある。

海保庁は、全国の海岸線と世界第6位の広大な海洋を守るための職員数が約1万3千。東京消防庁職員の1万8千にくらべ、はるかに少ない。年間予算も東京消防庁より少ない。海保庁が、そのような職員数と予算で、日本周辺海域国境の最前線で警備救難任務に就いている、非常に清貧な庁であることは確かだ。その中で、沖縄、八重山諸島海域を管轄する第11管区を改革、石垣海上保安部に尖閣領海警備専従部隊を創設した。しかし、現実には海保庁の想像を上回る規模での侵入がくりかえされている。そればかりか中国海洋調査船も太平洋に進出、日本のEEZ(排他的経済水域)内での調査も行っているが、これは国際法上許されない行為である。これらは、中国が西太平洋の管理監督権を奪い、アメリカと太平洋を2分割するという、「海洋強国」政策推進の初段階であると推測される。

新たにヘリ搭載型巡視船

海保庁は、尖閣諸島での中国の活発な挑発行動を防御的に見守ってきたが、「航行の安全と航行の自由を守る」ための終わりなき戦いに、ついに本気で取り組みはじめた。それが平成28年度補正予算の内実であると解釈できる。

注目すべき点は、平成25年度に就航したばかりの7千トン級の大型巡視船と、昨年度建造に入った5千トン級の巡視船に追加して、新たに2隻のヘリ搭載型巡視船を予算請求したことである。新しい2隻は尖閣諸島に対応するものであるが、将来的には西太平洋の警備救難業務が中心になると予想される。この結果、7千トン級3隻、5千トン級3隻、計6隻の大型巡視船により、365日隙のない警備救難体制が確立されることになる。また、昨年につづき、新型ジェット機を新規に追加したことも重要なインパクトだ。

一方、増える大型巡視船と幅広い業務を担うため、毎年約600名の海上保安官が舞鶴の海上保安学校を卒業する。全寮制の約600名を収容するための施設、教室などの関連施設は、敷地内での拡張には限界が来ている。人材養成には10年がかかる。巡視船を使用しての乗船実習時間も不足している。防災対応任務と練習船を兼ねる海上保安学校所属の巡視船「みうら」は、学生を教育する練習船としては、年間運用が極限に達しているようだ。そこで、補正予算では、3500トンの防災対応巡視船の建造を平成31年度就役と明示している。これで新たな防災対応巡視船が誕生することになる。

4千トンの海洋測量船を建造することも、特筆すべきだろう。現在3千トン級の測量船を2隻保有しているが、測量船「拓洋」は1983(昭和58)年に就役してから33年が経っている。中国海洋調査船にも対抗できる、最新機器を搭載した海洋測量船を実現して、より精度の高い測量を行おうとしているのだ。

東シナ海を重視した取り組みとしては、横浜海上保安部を抜いて最大保安部となった石垣海上保安部を中心に、宮古島海上保安署を保安部に昇格、種子島に海上保安署を新たに新設するなどの施策を実施している。

日本周辺海域の航海の自由と安全・安心をどこまで保障することができるか、海保庁の力が試される。600億円でそれが保障されるのであれば、安いものである。

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岩尾克治

フォトジャーナリスト

   

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