能力発揮阻む格差の壁を打ち破れ

2016年6月号 連載 [永田町 HOT Issue]
by 長妻 昭(民進党代表代行)

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「格差拡大が経済成長を損なう」――。OECD(経済協力開発機構)、IMF(国際通貨基金)をはじめ、多くの研究者からも同様の報告が相次いでいる。先日、来日したノーベル経済学賞を受賞したスティグリッツ教授も持続可能な成長のためには「格差と戦う」ことが重要であると訴えた。

なぜ、格差拡大が成長を損なうのか。その原因として、格差によって子どもや若者の能力の発揮が阻まれること、家計が疲弊することによって所得に占める消費の割合が高い中低所得者の消費を鈍化させること、などが挙げられている。

格差は成長を損なう

であれば、経済成長を論ずる際には、この格差の問題と正面から向き合うことが重要となる。

今、グローバル経済の波と雇用の規制緩和が押し寄せ、格差拡大が止まらない。日本は格差を示す指標の一つである相対的貧困率がどんどん上昇し、先進国では米国に次いで高い国となった。もはや一億総中流は過去の夢である。

このような中、安倍晋三総理は格差をどう捉えているのか。

「基本的に横ばい」――。私が今年2月の衆議院予算委員会で格差は拡大しているか質した時の安倍総理の答弁である。

各マスコミの世論調査で、格差は拡大しているとの回答が6割から7割にも達していることを踏まえると、格差に対する認識が甘いといわざるをえない。政府が打ち出した「一億総活躍」の政策提言書にも格差の「か」の字もない。

今、政治が問題としなければならないのは、個人の努力では乗り越えられず、能力の発揮を阻む諦めと絶望を呼ぶ「格差の壁」である。

日本が持続可能な社会や成長を達成するために、取り除かなければならない「格差の壁」は大きく三つある。

若者を潰してはならない

一つは「教育格差の壁」である。現在、6人に1人の子どもが貧困状態、つまり生活保護世帯収入並み以下で暮らしている。日本は教育の自己負担額が先進国で最も高い国の一つになっており、「金が無ければ適切な教育が受けられない」という傾向がどんどん強まっている。

年収400万円以下世帯の4年制大学進学率は3割しかない。県民所得と大学進学率も比例し、「どこに生まれるかで学歴に差がつく」との現実も顕著になっている。

日本全体の大学進学率をみても5割しかなく、ドイツにも抜かれ、先進国の平均以下である。教育費の自己負担額を下げて、チャンスの偏りを正すことが急務である。

二番目に問題とすべきは、「雇用格差の壁」である。

雇用の“調整弁”として拡大させてきた非正規雇用者は今や、被用者全体の4割を超えた。正社員との賃金格差も年齢とともに拡大し、結婚率も半分以下となっている。

「首を切り易く、コストの低い労働者を多用すれば、国際競争力が強くなる」――。こんな思惑で非正規雇用を拡大させたものの結果は逆になった。スキルは上がらず、稼ぐ力である労働生産性を引き下げる要因となってしまった。今や日本の労働生産性は先進国21位まで落ちている。

働けど働けど生活できないワーキングプアを生み出した現在の労働法制を大きく変えて、正社員を増やし、賃金格差を正さなければならない。

三番目に問題とすべきは「男女格差の壁」である。

未だ男女の賃金格差は大きく開いたまま、管理職に占める女性の割合も圧倒的に低い。先進国では当たり前の、出産・育児と仕事の両立が難しい状態が続いている。

世界有数の長時間労働が、女性の社会進出を阻み、男性から育児や介護に使う時間を取り上げている。

男女賃金格差を正す同一価値労働同一賃金、残業時間に上限を定める法的規制をはじめとする政策を実行しなければならない。

余裕ある人の負担増やせ

これら「人への投資」を通じて格差の壁を打ち破らなければならない。格差拡大を放置して、子どもや若者を潰して、日本が成長などできるはずがない。

東京のある区では小学生の3人に1人が私立小学校に通うのに対して、公立中学校の3人に1人は経済的に就学が困難と認定され就学援助を受けている。

中間層が消滅して、貧困・格差とは縁の無い社会と、貧困・格差だらけの社会とが二分化する分断社会になりつつある。

これらの格差の壁を打ち破るために、その財源として、自民党政権で復活した無駄な公共事業関連予算の削減をした上で、所得再分配政策を実行しなければならない。

日本は所得税の累進のフラット化を続けて、とうとう先進国で最も税による所得再分配機能が弱い国になってしまった。

30年前は所得税の最高税率が70%だったが、今や45%まで低下している。

日本では所得が1億円を超えると所得税の負担率が下がっていくというおかしな実態もある。高額所得者は株の配当など金融所得が大半であり、それが日本では分離課税で20%と低い税率となっているからだ。

金融所得の税率を引き上げるとともに、今後、所得や資産に対する課税の累進を引き上げ、余裕のある人には一定の負担をお願いしなければならない。

「公正な分配」による「人への投資」が、人々の支え合う力を育む。従来、支えられる側と見なされた人たちが、少しでも支える側に回ることができれば明るい展望が開けてくる。

一人ひとりの持てる力が最大限発揮される環境は、多様な価値観が認められる社会があってはじめて実現する。誰一人として排除されることのない共に生きる社会、共生社会を目指していく。

経済成長は、それ自体が目的ではなく、あくまで安定した幸せな生活を送るための手段である。その手段としての経済成長を持続可能とするには、金融・財政政策のみならず、中長期の社会政策が不可欠である。

「公正な分配」による「人への投資」なくして、持続可能な社会や成長は実現できない。

もっと日本は良くなる。

著者プロフィール
長妻 昭

長妻 昭(ながつま・あきら)

民進党代表代行

1960年東京生まれ。慶大法学部卒。元『日経ビジネス』記者。鳩山・菅内閣で厚労相・年金改革担当相。衆院当選6回(東京7区)。

   

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