今の若者が社会を担う、30年後の未来にとって何が必要か──。一歩立ち止まって議論すべき。
2016年6月号
POLITICS [特別寄稿]
by 川上 和久氏(国際医療福祉大学教授)
若者が標的の自民党の宣伝カー(ニコニコ超会議)
6月に刊行予定の『18歳選挙権ガイドブック』
選挙権年齢を20歳以上から18歳以上に引き下げる改正公職選挙法が、2015年6月17日に参議院本会議で全会一致で可決、成立した。この改正公職選挙法に基づき、今年7月に行われる参議院議員選挙で、18歳以上の男女に選挙権が与えられる。「若者票の行方」が注目を集めることは間違いない。日本で16年に新たに選挙権を得る18~19歳は約240万人。これは、有権者の約2%にあたる。
世界的には18歳で選挙権を得る国が主流で、国立国会図書館の調査では、191の国と地域の9割にあたる176の国と地域が18歳以上に選挙権を認めており、「遅きに失した」ともいえる。
しかし、18歳選挙権、果たして若者の投票率向上、政治参加の活性化に結びつくのだろうか。
なぜか。1925年の男子普通選挙の実現の際には、大正デモクラシーで高揚していった「普選実現運動」があった。45年の女性参政権の実現までには、当時は婦人参政権といったが、平塚らいてう、市川房枝らの粘り強い婦人参政権運動があり、戦後GHQによる五大改革指令の一つ「婦人の解放」に結びついた。
しかし、今回の18歳選挙権は、若者たちの「熱い運動の盛り上がり」で達成されたというよりは、「与えられた」ものだという、達成感のない受け止め方が若者の側にもある。急に18歳から20歳代の投票率が上がり、政治参加が活性化するかといえば、「無理なんじゃないの?」という声も根強い。
14年6月の読売新聞社の調査で18歳選挙権への賛否を聞いている。結果は「賛成」が48%、「反対」が45%とほぼまっ二つに割れた。賛成の理由で多かったのは「引き下げによって社会の一員としての自覚を促せる」(54%)、「少子高齢化の中でより多くの若者の意見を政治に反映できる」(48%)、「十分な判断力がある」(29%)、「すでに働いている人がいる」(27%)などだった。反対の理由は、「まだ十分な判断力がない」(72%)、「引き下げても投票に行く若者が増えるとは思えない」(43%)だった。賛否相半ばする中での、18歳選挙権のスタートだ。
18歳選挙権の中で、政治に対する「無関心」だけでなく、「無力感」も政治参加の活性化を阻害する。内閣府が、13年11月から12月にかけて、日本、韓国、アメリカ、英国、ドイツ、フランス、スウェーデンの7カ国で、満13歳から満29歳までの男女を対象として実施した「平成25年度 我が国と諸外国の若者の意識に関する調査」の中で、7カ国の中で日本が際立って比率が低い項目がある。「将来の国や地域の担い手として積極的に政策決定に参加したいか」という質問に対する回答だが、「そう思う」と「どちらかといえばそう思う」の合計が、日本は35.4%と、他国と比較して際立って低いのだ。ちなみに、ドイツ62.9%、アメリカ60.4%、フランス54.3%、韓国53.9%、イギリス53.2%、スウェーデン46%だ。「社会の問題に関与する意志」や、「若者対象の政策について若者の意見を聴くようにすべき」というような項目でも、日本の若者は他国と比較して数字が低い。
なぜそうなっているのか? 日本の教育の中では、民主主義や政策課題の解決について、知識としては教えても、「答えのない課題」である政治的課題について議論を戦わせ、結論を共有するプロセスを経る「ディベート」などの教育が欧米諸国と比べて手薄だといわれている。そんな中で、あたらセンセーショナリズムを煽り、善悪二元論で若い世代を情報操作しようとする政治勢力が出てきたとするならば、それこそが、18歳選挙権を悪用した「扇動政治」の誹りを免れまい。
若い世代に対して、「投票率」だけでなく、「投票質」の向上を促していくこともまた、上の世代の責務であるといえよう。その意味で、最近、ようやく「主権者教育」を学校教育の現場に積極的に取り入れていくべきだという議論がなされている。「無関心」「無力感」を脱し、センセーショナリズムに流されず、政治的思惑に情報操作されない、「政治リテラシー」を持った若い世代を育成するため、「NIE(Newspaper in education)」や、実際の選挙時に合わせた「模擬投票」なども、より積極的に取り入れられるべきだろう。
天から降ってきたような18歳選挙権とはいえ、歴史的な転換点の中で、それをプラスに生かさない手はない。選挙となれば、「これが争点でござい」とばかりに、政党や政治家が喧伝し、メディアが焦点化する課題が毎度毎度世論に大きく影響する。それはそれで、対立を先鋭化させ、票を得るためには必要なことだろうが、若者だけでなく、私たちも、この機会に一歩立ち止まって、今の若者が社会を担う、30年後の未来にとって、何が必要かを議論し、そして議論を呼びかけなければなるまい。ざっと集約すれば「人口減を食い止めるために政治がどんな対策を考えているか」「高齢世代と若者世代が世代間対立に陥らない、負担と給付の落としどころは?」「地方の疲弊を防ぐにはどんな手立てがあるか」「経済成長を続けるとしたらどんな方法をとるか。経済成長にこだわらないならばどんな方法があるか」「エネルギー問題を解決するために原発は必要か。原発をやめるならどんな方法があるか」「日本が国際社会の中で競争力を維持していくにはどんな教育制度が望ましいか」「日米同盟を基軸とする外交・安全保障でいいか。他の選択肢はあるか」の7つくらいになろうか。合意的争点も対立的争点もあるが、各政党がこんな課題に対してどのような政策を打ち出しているのか、若い世代には見据えてもらいたい。
この4月から、医療専門職を養成する大学に転じ、高齢化社会を担おうとする若者と接するようになってなおさら、日本をいい形で残すための若者の選択に期待するようになった。そんな思いも込めて『18歳選挙権ガイドブック』(講談社)を上梓する。ご一読いただきたい。