医療費抑制の「切り札」 ジェネリックが抱える闇

「先発薬よりも安い」というが欧米の後発薬と比べたら割高。主要成分は同じでも不純物が異なる怖さが潜む。

2016年3月号 LIFE

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ジェネリック医薬品を推奨する厚労省のポスター。有効性や安全性などは先発薬と同等とうたう

医療用医薬品の市場規模は8兆6619億円(2011年)で、医薬品市場全体の約93%を占める。薬局・薬店で買える一般用医薬品は約6486億円と規模が小さい。医療用医薬品は先発医薬品とジェネリック(後発医薬品)に2分される。先発薬は新しい効能や効果を持ち、臨床試験(治験)などでその有効性や安全性が確認され、承認された医薬品を指す。ジェネリックは先発薬の特許が切れた後に販売され、先発薬と同じ有効成分、同じ効能・効果を持つ医薬品である。

医薬品の新規開発は研究開始から承認取得まで9~17年を要し、開発成功の確率も低い。途中で断念した分も含めると開発費用は1成分あたり約1千億円といわれる。11年度の製薬会社の売上高に占める研究開発費用の比率は約12%で、製造業全体の約4%を大きく上回る。

しかしジェネリックは特許切れの成分を扱うため、開発プロセスを省略できる。先発薬と同様に承認を得る必要はあるが、先発薬と違って生物学的同等性試験のような小規模の臨床試験を受けるだけで済み、承認を得るための審査も簡素化されている。ジェネリックの研究開発費用は数千万円程度で、3~4年あれば発売できる。

26~28倍の内外価格差も

医薬品には物質特許、製法特許、製剤特許、用途特許の4種がある。製薬会社が最初に出願するのは新規化合物に対する物質特許。後発薬メーカーはこの物質特許を回避してジェネリックを製造できない。物質特許が切れた後も製法特許や製剤特許など周辺特許を、物質特許と同時、あるいは時間を遅らせて出願して対抗する。後発薬メーカーの参入を遅らせるために先発薬メーカーが多額の金銭を支払う「リバースペイメント」などの手段もあるが、完全にジェネリックを排除するのは難しい。

ジェネリックの製造販売承認申請は厚労省所管の独立行政法人である医薬品医療機器総合機構(PMDA)に対して行う。審査期間は約1年。PMDAは後発薬メーカーとやり取りするだけで、当該先発薬メーカーは自らがジェネリックの標的になったと知ることはできない。承認が下りると後発薬メーカーと日本製薬団体連合会(日薬連)に連絡が入る。先発薬メーカーは日薬連のホームページによって、自社製品のジェネリックをどの後発薬メーカーが手がけるのか初めて知ることができる。

先発薬と同様の医薬品を低コストで提供できるとして、医療費抑制に躍起の厚生労働省は、ジェネリックの普及策を大々的に推進している。18年3月末までにジェネリックのシェアを60%以上にするという目標も掲げ、さらに18年から20年度の早い時期に80%に引き上げるという方針も固めた。思惑通りに普及が進めば医療費の削減効果は20年度で1.3兆円になるという。ジェネリックを処方する医師や薬局に対するインセンティブの拡充などで13年9月時点でのジェネリック普及率は46.9%に達している。

本当に安いのか。実はジェネリックにも内外価格差がある。神奈川県の後発医薬品使用促進協議会(12年度)でこんなやり取りがあったという。高脂血症治療薬「リポバス」のジェネリックは1日分が20ミリグラム1錠264~284円なのに対し、欧米ではドラッグストアで売られているものが1日分で10円程度だから、26~28倍もしている。認知症治療薬「アリセプト」5ミリグラムのジェネリックは242円だが欧米では100円以下。治験費用がないならもっと安くてもよいはずだ。利幅が厚いから後発薬メーカーの大手は芸能人を起用した派手なテレビCMを流せるのだ。

抗がん剤や抗不整脈薬は成分の多少が生命に直結する。ジェネリックに課された生物学的同等性試験は、10~20人程度の限られた人数の健常成人を対象に先発薬と後発薬を単回投与して、薬物の血中濃度の推移を比較し、統計学的な差がないことを証明するのみでよい。ビタミン剤や胃腸薬など通常は患者の生死に直結しないものならともかく、致死性の高い病気の治療薬を健常人で確認して、効能が同等と言ってよいものかどうか。いったん後発薬を採用すると、病院から先発薬は撤去される傾向があり、後戻りが難しい。

原料の多くは安価な輸入品

てんかんは長期間の一貫した治療を要する。抗てんかん薬の治療域(ストライクゾーン)は狭く、少量の変化で発作の再発や副作用が懸念されるため後発薬への切り替えには注意が必要だ。07年のフランスにおける調査では医師1735人中312人が回答し、70%が切り替えで何らかの問題が生じたとし、3分の1が発作再発や副作用を報告している。05年に英国で1851人の患者を調査したところ、調査期間中に3分の1の患者に対して後発薬が投与され、そのうち4分の1の患者が発作の増加や副作用を経験したと報告されている。

厚労省はジェネリックについて先発薬と「同等」という表現を用いる。ここに官僚の高度な修辞法がある。「同じ」でも「同一」でもない背景に、不純物の存在がある。先発薬も不純物を含んでいるが、含んだ状態で臨床試験をして安全性の確認をする。七つの毒性試験も義務付けられている。主要成分の「同等」をうたうジェネリックは製造工程が異なるし、先発薬とは異なるメーカーから原料を購入している。主要成分が同じでも不純物が異なる。

ジェネリックの原料は多くがインドや中国からの安価な輸入品で、品質面のリスクを抱えている。13年には降圧薬「レニベース」のジェネリックを製造販売する8社が相次いで「承認規格の不適合」を理由に製品を自主回収した。ある社が市販後の再試験で保管していたジェネリックをテストすると、製造工程や保管中に時間とともに生じる分解物が規格(1.0%以下)を上回ったためだ。報告を受けて残る7社も同様の事態を確認し、自主回収を決めた。

厚労省がジェネリックを推奨するときに必ず持ち出す「先発薬と同等」は「先発薬と同一」を意味しているのではない。主要成分が一緒でも、不純物の構成物質が異なっており、それがどんな悪さをするか分からない。「先発薬よりも安い」というが、内外価格差を考慮するとまだまだ割高。医療費抑制の切り札、ジェネリックは闇と脆弱性を抱えている。

   

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