甘利辞任でも「安倍一強」 存在感なき岡田民主党

谷垣 禎一 氏
自由民主党幹事長

2016年3月号 POLITICS [インタビュー]
聞き手/本誌編集長 宮嶋巌

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谷垣 禎一

谷垣 禎一(たにがき さだかず)

自由民主党幹事長

1945年京都府生まれ。東大法卒。弁護士を経て83年衆院初当選(京都5区、連続当選12回)。財務相、国交相、国家公安委員長、科学技術庁長官などを歴任。3年にわたり野党時代の自民党総裁を務め、政権復帰を果たす。安倍内閣で法務相を経て、14年9月より現職。

写真/平尾秀明

――甘利大臣の辞任直後の世論調査で内閣支持率が軒並み上昇しました。

谷垣 かつてリクルート問題で宮沢蔵相が辞任し、竹下内閣の支持率が急落した時(1988年)のことを考え、心配していたが、まさか軒並み上昇するなんて、夢にも思わなかった。

――毎日新聞の調査では内閣支持率が43%から51%に跳ね上がり、2年ぶりに5割台を回復。「甘利問題は支持率に影響せず、外交面の実績などが数字を押し上げた」と分析しています。

谷垣 米大統領選の行方が不透明なうえ、英独仏のトップリーダーにも陰りが見える。中東情勢は緊迫し、北朝鮮もただならぬ様相だ。日本経済の先行きを懸念する向きもあるが、他国のリーダーに比べて安倍総理の指導力は安定し、力強い面もあります。安倍さんはリビジョニスト(歴史修正主義者)のレッテルを貼られ、「あれっ」と思わせる発言をすることもあるが、本来は冷徹なリアリストであり、「まあこんなところか」と落としどころを見つけて、まとめるのがうまい。「今は余人をもって代え難い」と、多くの国民が思っているのではないか。

旧社会党に近づく岡田民主党

――年末の「日韓慰安婦合意」で一回り人物が大きくなった印象を持ちました。

谷垣 安倍総理はよく思い切ったし、朴大統領もよく呑んだ。私が同じ決断をしたら非難を浴びていた(笑)。右寄りの政治家が苦渋の決断で左に振ることはよくあることだ。現実主義者の総理には韓国と袂を分かつ選択は有り得ず、中国や北朝鮮の不穏な動きを睨んで、日米韓が結束する道を選んだのだろう。

――六十余カ国を訪問し、首脳会談を重ねるうちに大きく成長しましたか。

谷垣 私が言うのはおこがましいが、進歩を遂げ、自信を深めておられますね。

――夏の参院選に向けた野党結集は前に進まず、民主党は「民主党は嫌いだけど、民主主義は守りたい」などという自虐的なポスターを作る有り様です。

谷垣 3年3カ月とはいえ、一度は政権を担当した野党民主党が、安倍政権に明確な対抗軸を打ち出すのは、実は容易なことではない。野党自民党の総裁を経験した私には、岡田さん(民主党代表)の苦悩と迷いがよくわかります。

振り返ると民主党政権の3人の首相は考え方も政策もバラバラだった。鳩山さんは米軍普天間基地移転問題などで米国と距離を置き、野田さんは日米協調路線に舵を切った。自民党と政策を競い合う期待感を高め民主党は政権交代を実現したが、政策の軸がないため物事が決まらず、仲間割れを起こして敗退した。野党に転落した今は「一強打破!」とか「安倍政権にノー!」を、ひたすら叫んでいるが、民主党が何を目指す政党なのか、ますます見えにくくなっています。

――「左傾化」していませんか。

谷垣 安倍政権との違いを強調する余り、かつての左右のイデオロギー対立を蒸し返し、「左」に振った印象を受けますね。とりわけ安全保障関連法案の国会審議では「暴走は許さない!」と、共産党と一緒に拳を突き上げた。岡田民主党が実効性のある現実的な政策から遠ざかり、とにかく政権の反対に回るかつての社会党に近づきつつあると見ている国民が多いのではないか。

野田首相の時は税と社会保障だけでなく防衛・安保についても与野党間で話し合い、物事を進める機運があったが、下野した途端に政権を担当したことを忘れたかのように「アンチ安倍」になった。さらに共産党から選挙協力の「秋波」を送られ、いよいよ左っぽくなっている。民主党が、政権交代を目指す野党第一党のアイデンティティを確立し、一つにまとまって動いているようには見えません。

――夏の参院選は負けようがない?

谷垣 油断はできません。参院選は政権選択選挙ではないからムードで票が動く。「自民党は感じ悪い」となったら、たちまち足元を掬われるでしょう。そこが参院選の怖いところだ。とはいえ主要閣僚が辞任しても支持率が上がり、この間の国政選挙で勝ち続けているのは、野党第一党の存在感がなさすぎるからです。ずいぶんと助けられていますね。

憲法改正は「緊急事態条項」から

――9条改正に触れるなど、憲法改正を目指す安倍総理の発言が目立ちます。

谷垣 私の総裁時代の2012年に自民党憲法草案を作ったが、自主憲法の制定は、我が党の立党の原点だ。日本国憲法公布から70年がたち、現実に全く合わなくなっている条文がある。憲法には「陸海空軍その他の戦力は保持しない」とあるが、意地悪な人は「谷垣さん、F15やイージス艦は戦力じゃないの」とおっしゃる(笑)。「読んで字のごとし」と言いますが、小学生が読んでも疑問がわかない条文にしなければならないと思います。

とはいえ、日本人はこれまで一度も憲法改正を経験したことがない、全くの初心者だから、最初から国論を二分するような難しい条文に挑む必要は全くない。衆院憲法審査会会長の保岡興治先生がおっしゃるように、大規模災害やテロの事態に対応する「緊急事態条項」の創設が優先課題になる。大震災の直後、選挙ができない被災自治体が続出し、政府は首長や議員の任期を延ばす特例法を成立させた。一方、国会議員の任期は憲法で定められており、憲法を変えない限り、任期延長はできない。万一、衆院解散直後に大災害が発生したら、選挙のできない被災地から国会議員がいなくなってしまう。緊急事態に限って任期延長を認める規定を設けることに反対する国民は少ないと思います。改憲には衆参両院の3分の2の賛成と国民投票の過半数の賛成が必要であり、その第一歩は、野党を巻き込み衆参大多数の賛成を得た後、国民投票に臨むのが正しい道筋だと思います。「安倍内閣の間は憲法改正論議に応じない」と、岡田代表は柔軟性を欠く発言を繰り返しています。大震災の時、彼は与党の幹事長でした。「3・11の教訓」を学ばぬ姿勢は理解に苦しむところです。

   

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