苛めっ子農林族vs小泉進次郎

ばら撒き農政を蹴飛ばす小泉は目の上のタンコブ。よってたかって足を引っ張る悪ガキども。

2016年1月号 POLITICS

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11月15日、東京・千代田区紀尾井町。日曜日の夕暮れにもかかわらず自民党農林族の幹部議員がホテルニューオータニの一室へ、次々と消えていった。TPP農業対策案の大詰めの討議。文案の表紙には、農林部会長を務める小泉進次郎衆院議員(34、当選3回)が自ら書き上げた、「国民の皆さんへ」と題するメッセージが添えられていた。

10月に大筋合意した環太平洋経済連携協定(TPP)が発効すれば、農産物の輸入関税があらかた撤廃され、格安の海外産のコメや牛肉が国内へ大量になだれ込む。農家のダメージを和らげる救済策を果敢に打たなければ、来夏の参院選で自民に猛烈な逆風が吹く。ニューオータニで開かれた非公式幹部会には重苦しい空気が漂っていた。

苛めのガキ大将・江藤拓

午後6時、翌日公表する「小泉素案」が幹部議員に配られ、議論が始まったが、議論というほどの中身は、何もない。農林族議員が新参者の小泉ジュニアを一斉に攻め立て、日頃の溜飲を下げる場面が続く。

急先鋒は国内有数の畜産県、宮崎選出で元農水副大臣の江藤拓衆院議員(55、当選5回)。小泉が国民へのメッセージに掲げた「農業新時代」のキーワードにケチをつけ、「TPPが合意したら新時代になるのか。『新時代』なんて手垢の付いた言葉はダメだ。今まで農業を支えてきた農家が切り捨てられると誤解する」と噛みついた。

が、小泉も負けてはいない。「新時代という言葉に手垢が付いているとは初耳だ」と、すかさず切り返した。しかし、多勢に無勢。他の幹部議員も江藤の側に付き、さながら転校生(小泉)を苛めるガキ大将(江藤)と、その周りで囃し立てる悪ガキども(他の農林族議員)の有り様だった。トドメは江藤が「小泉部会長も最初から調子に乗って飛ばさない方がいい」とねじ込み、「農業新時代」は「農政新時代」に書き換えられた。

後日、小泉は自らの公式ブログで「【農政新時代】は、当初は【農業新時代】というタイトルで考えていました。しかし、まず変わるべきは私たち政治の側、という思いから、最終的に「農政」にしました」と、事の顚末を説明しているが、実際は「進次郎人気」をやっかむ農林族が「小泉色」を薄めようと、よってたかって足を引っ張ったに過ぎない。

目下のTPP農業対策の眼目は「脱ばら撒き」に尽きる。コメ輸入に門戸を開いた1993年のウルグアイ・ラウンド対策では農道整備や温泉建設に6兆円のカネがばら撒かれ、世論の猛反発を受けた。その同じ轍を踏まず、農業の構造改革を断行するのが安倍官邸の大方針だ。しかし、TPPに大反対だった農協グループや守旧派農林族議員は今も、「口を開けば農業対策予算を寄こせの大合唱」(農水省関係者)。ばら撒きの火種は、そこかしこに燻っている。

このため官邸と自民党は、国民的な人気を博す小泉ジュニアを農林部会長に抜擢し、世論の力によって族議員を黙らせ、ばら撒き農政のイメージを払拭しようと目論んだ。

TPP対策を口実に地元へ農業予算を引っ張る腹積もりだった農林族にとって、行く先々へテレビカメラを引き連れ、弁舌爽やかに旧来のばら撒き農政を蹴飛ばす小泉は目の上のタンコブ同然だった。

しかし、小泉は族議員の抵抗に怯(ひる)むことなく、農家の規模拡大、輸出拡大、若手農家の育成といった構造改革をTPP対策の柱に据えた。輸入品に押されて農家の収入が減った場合、税金で穴埋めする旧来型政策もちりばめたが、目下のところ世の批判を浴びていない。ひとまず小泉は、世論をバックに農林族の抑え込みに成功した。

小泉が思いを込めた「農業新時代」のメッセージは修正を余儀なくされたが、小泉は「新時代」の3文字は頑として譲らず、それどころか「国民に分かりやすいように、新時代の前に漢字2文字を置くべきだ」と言い張り、それを貫いた。周りが何と言おうと「郵政民営化」を叫び続けた父親譲りの頑固さを受け継いだと評する向きもある。

しかし、いくら人気者とはいえ、TPP対策のような大仕事を当選3回の小泉の独力で采配できるはずがない。そこには「後ろ盾」があるとの見方がもっぱらだ。

菅官房長官が後ろ盾?

小泉を畑違いの農林部会長に起用したのは菅義偉官房長官(67)と囁かれる。小泉の前の農林部会長は、小泉と当選同期の齋藤健(現農水副大臣、56)であり、「齋藤君は成り手がない農林部会長をよくぞ引き受けてくれた。その後任をお願いできないかと持ちかけたようだ」(官邸筋)。老獪な官房長官の「技あり人事」に違いない。

実は、第2次安倍内閣で復興政務官を務めた小泉は9月の内閣改造前に入閣を拒み、官邸との間にすきま風が吹いていた。小泉本人が「党の仕事で苦労を経験したい」と語っていると聞きつけた菅の「用兵」は、見事に的中。16年夏の参院選を控え、官邸は小泉カードを手中に収め、軋んだ関係も修復した。

小泉は若手農家を平河町の自民党本部に集めて意見交換会も開いている。旧来型の農政に不満を抱く若い大規模農家や女性農業経営者らの発言は、農政批判にとどまらず「研究や努力をせずに補助金頼みの農家がいる」と身内にも及んだ。若手農家の熱気に触発された小泉は「今までの会合で最も心を打たれた」と満足げな表情だった。

ちなみに、この日の会合に参加した若手農家は皆、農水省の奥原正明経営局長の人選だった。奥原氏と言えば、官邸の知恵袋として農協改革を推進した切れ者だ。官房長官といい、官邸直結の大物局長といい、小泉は陰の実力者に支えられ、着実に育てられているのだ。

J・F・ケネディとトニー・ブレアが最高権力の座に就いたのは共に43歳の時である。小泉が将来の首相候補であることは論をまたず、小泉本人も「20年の東京五輪後が我々世代の出番であり、心に期するものがある」と認めている。とはいえ、TPP対策を巡る手綱さばきを見る限り、今はまだ官邸の掌の上で踊る「孫悟空」のごとき存在である。力不足は本人が一番自覚しているはずだ。新時代を切り開くトップリーダーへと羽ばたくか、政権の客寄せパンダで終わるか。この5年が苦労と飛躍の時ではないか。(敬称略)

   

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