橋下流ケンカ民主主義の終焉

2015年11月号 POLITICS [特別寄稿]
by 山下 真(前奈良県生駒市長・弁護士・関西大学客員教授)

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「ラスト」とは唯一という意味?

AP/Aflo

大阪維新の会(代表 橋下徹大阪市長)は11月22日投開票の大阪府知事選で松井一郎幹事長(51)を、大阪市長選で吉村洋文前衆院議員(40)を擁立する。記者会見で橋下氏は「都構想の議論を完全に終結するのか、それとも議論を継続して設計図を修正していくかを選ぶものだ」と主張し、5月の住民投票で反対多数となった大阪都構想を再度、選挙の争点として掲げるという。また、都構想の制度案の見直しには府市の共同部署の設置が不可欠なため、知事と市長の両方を同会の候補が占める必要があると述べている。逆に言えば、どちらかでも敗れれば、都構想は断念せざるを得ないということらしい。

しかし、この争点設定には違和感がある。同会のHPには今でも、前回の住民投票について「今回が大阪の問題を解決する『最後のチャンス』です。二度目の住民投票の予定はありません」と書かれている。にもかかわらず、都構想に再チャレンジすることを記者に問われた橋下氏は、「『ラスト』とは唯一という意味」と述べたが、この説明に説得力はない。

「都構想なんてでけへんやろ」

いずれにせよ、ダブル選について、橋下氏は「(5月の大阪都構想の)住民投票以上の覚悟を持ってやる」と強い意欲を表明しているが、この意欲は大阪の有権者にどれだけアピールしているのだろうか。また、本当にダブル選で同会の推す候補者が勝てば都構想は実現するのだろうか。大阪市内で働く私の目には、大阪市民、府民は前回ほど関心を示しているようには見えないし、仮に同会の候補が勝っても都構想実現は極めて困難と思われる。

その理由の第一は、橋下氏が市長も知事も務めないからである。同会が同氏の手腕と人気に全面的に依存しているのは明らかである。後述するように同氏の手法には大いに問題があるが、同氏の手腕があればこそ、土壇場で公明党の賛成を取り付けて住民投票まで持ち込めたのである。ダブル選の両候補にそれだけの剛腕やしたたかさがあるのだろうか。松井氏は記者会見で「(都構想の)設計図を作り直していく。徹底的に意見を集約していく」と述べ、吉村氏も「僕のやり方で、(橋下氏の)まねをするより、粘り強く合意形成をしたい」と述べるなど、これまでとスタンスを変え、対話姿勢を強調した。しかし、大阪維新の会は大阪市議会、府議会で過半数を占めていない。対話による合意形成がスムーズに進むとは到底思えない。

第二に、再度住民投票に持ち込むには公明党の協力が欠かせない。前回は、安保法案の審議で維新の党の協力を得たい官邸の仲介と大阪府下の衆議院選挙で候補者を擁立するという圧力で公明党の方針転換を勝ち取ったが、前回と今は大きく状況が異なる。再度、住民投票にかける大義名分は乏しいし、安保法案の審議は終わり、維新の党も分裂により党勢が衰えている。官邸や公明党が同会のために一肌脱ぐ必要性は乏しい。

このように都構想実現が困難でも、橋下氏がいない同会が選挙で勝つには、もう一度無理矢理、都構想を争点に掲げ、選挙を盛り上げるしかない。同氏も同志を見殺しにはできないし、復帰後の足掛かりを残しておきたいから、「住民投票以上の覚悟を持ってやる」のだろう。しかし、大阪の有権者は「えっ、この前やらないと決めたとこやん。橋下さんもいないのに、都構想なんてでけへんやろ」と冷めているのではないか。

「僕に一番欠けている人間性」

円安による外国人観光客の増加で一息ついているが、人口減少、企業流出など大阪を取り巻く構造的な問題は橋下氏が登場した8年前と今とで何ら変わらない。8年前、多くの府民はこの閉塞した状況の打破を、型破りな同氏に賭けた。府知事に就任後、問題を的確にとらえ、それを明瞭簡潔な言葉で府民に説明し、民意を背景に既得権に切り込んでいった。そして、行財政改革で一定の成果を上げた。

しかし、予算をカットすることは首長の権限だけでできるが、新制度の構築には議会の同意が要る。そこで、橋下氏は議会と対話し調整や妥協をするのではなく、同志の議員を増やす手法を選んだ。有権者も彼を後押しするためそれに協力したが、府市双方で議会の過半数を押さえることは遂にかなわなかった。また、市議会では一度も過半数を越えられなかったので、水道事業の統合や民営化、地下鉄・バスとごみの収集・運搬の民営化といった看板政策はいずれも実現できなかった。

自分の意向に従わない議員や団体、マスコミ、時には政権や他の政党までをも、どぎつい言葉で批判し、有権者に溜飲を下げさせ、選挙で決着をつけるという「ケンカ民主主義」。このスタイルでは結局、大阪が抱える様々な問題を解決し、再生につなげる道筋を描くことはできず、橋下氏は政治の舞台から一旦身を引くことになった。前述のとおり後継者が記者会見で対話姿勢を強調したのは、こうした反省を踏まえてのことなのかどうかわからないが、8年間の橋下劇場の結末を象徴しているかのようである。

民主主義は時間のかかる政治制度である。時間をかけ丁寧に説明し、少しずつ住民や議員、職員に理解してもらわなければならない。妥協や取引も必要である。しかも、大阪府・市のような巨大自治体の在り方を4年や8年で変えることは端から無理があったと言わざるを得ない。

弁護士が手掛ける一対一の交渉事であれば、相手の痛いところを突き、こちらの言う通りにしなかった場合の不利益をちらつかせ、一気に譲歩や断念を迫る手法は時に効果的である。しかし、仮に交渉が成立しても、無理な譲歩や断念を強いられた側には怨念が残り、相手に対する好感は残らない。政治や行政は、多くの人の理解と協力がなければ大事業は成し遂げられない。その理解と協力を得るには、その政治家の理念に共鳴するだけでなく、最後は「その人についていこう」という人望がものをいう。交渉事のスタイルをいくら続けてもこの人望は得られない。橋下氏が後継者に指名した吉村氏を「僕に一番欠けている人間性を持っている」と評したのは、このことを理解したからだろうか。

利害関係者に対する粘り強い説明と対話。それによる合意形成。さらにそのベースとなる人望。政治の世界には、これ以外に王道がないことを8年間の橋下劇場が証明している。

著者プロフィール
山下 真

山下 真(やました まこと)

前奈良県生駒市長・弁護士・関西大学客員教授

1968年山梨県生まれ。東大文、京大法卒。新聞記者、弁護士を経て、2006年、当時全国最年少で奈良県生駒市長に当選し、3期9年間務める。この間、同市の借金を4割削減し、住みよさランキングを全国326位から34位に引き上げる。2015年、奈良県知事選に無所属で立候補するも惜敗。

   

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