ジェレミー・オッペンハイム 氏 氏
New Climate Economy統括責任者
2015年1月号
POLITICS [インタビュー]
聞き手/和田紀央、IGES・田勢奈央
世界銀行にてシニアエコノミストとして勤務したのち、1993年マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。現在はディレクターを務める。New Climate Economyにはサバティカルを取って参加。世界三大石油メジャーの低炭素エネルギー戦略の立案、イギリス政府のカーボンバジェット立案を支援した実績を持つ。
写真/青地あい
――英国、韓国、スウェーデン、インドネシアなど7つの国の政府が出資して、気候変動と経済成長の関係性についてまとめた報告書New Climate Economyを発表しました。その一番の目的は?
オッペンハイム 経済成長と気候変動対策が相容れないものではないということを知ってもらうためです。
日本もヨーロッパもここ数年、経済成長に苦しんでいる。アメリカ経済は成長しているものの、中間層は誰もそんな実感はない。経済が大きく成長している中国では、持続不可能な成長が進んでいる。どの国も経済成長のモデルを大きく変えていかなければ、さらなる成長は望めないことに気がついています。一方で温暖化により、様々なリスクが高まっています。今後15年から20年間が、経済成長を維持しながら、二酸化炭素の排出を抑え、気候変動のリスクを回避する政策を実行する一番のチャンスだということを示したかったのです。
――報告書のなかでは、具体的に「都市計画」「土地・農地利用」「エネルギー」の3つを成長のための大きな柱としてあげていますが?
オッペンハイム 多くの国で都市部が拡大し、利便性が悪くなっています。都市が拡散することで、交通事故も増え、一部の都市では大気汚染によってGDPの3~4%のコストがかかってきています。公共交通機関を中心とした交通網が充実したコンパクトな都市に作りかえることによって、住みやすく、エネルギー消費の少ない、すなわち二酸化炭素の排出を抑えた都市を作ることが可能です。
土地・農地利用に関して言えば、増え続ける人口に、どうやって食糧を安定的に供給していくかが最大の課題です。世界中で耕作可能な土地の、4分の1にあたる約10億ヘクタールが荒廃したままです。荒廃した土地を再生し、作物や家畜の生産性を向上させることで、新たな食糧確保が可能になる。また新しい種子の技術などを取り入れ、少ない水と少ない肥料で高い生産量を求めることも不可能ではない。そして森林の保護です。切り倒すばかりでなく、守ることに経済的な利点があることなどを周知できれば、二酸化炭素の排出を削減することにつながります。
――最後の柱として「エネルギー」を挙げていますが、日本は原発事故の余波もあり、なかなか議論しにくい問題となっています。
オッペンハイム エネルギー問題は、気候変動を議論する上で核となるものです。日本は省エネ大国です。しかし、家庭や住居、オフィスなどは思っているほど省エネできていない。2050年に地球の人口は、90億人にもなるといわれています。90億人の人が限られたエネルギーの奪い合いを始めたら、どういうことになりますか? 石油資源に恵まれていない日本のような国には大きな問題です。風力、水力、地熱などを取り入れたエネルギーと原子力を組み合わせることができれば、他国に依存しないレジリエント(耐久性の高い)なエネルギーシステムで、日本の経済成長を支えることができるのです。
福島の事故は、とても大きなショックだったと思います。しかし5年後日本が、原発事故以前と同じようなエネルギーシステムを維持しようとしていたならば、それは原発事故が提示してくれたせっかくの機会を台無しにしたと言えるでしょう。この危機を生かしてこそ、よりよい未来を手にできるのだと思います。
――経済成長と気候変動対策が同時にできれば非常に大きなウィンウィンの機会だと思うのですが、なぜこれまで実現していないのでしょうか?
オッペンハイム 思った以上に政治的な課題があることがわかりました。いい悪いではなく、100年以上かけて構築されたある特定のエネルギーに頼る社会システムがあり、すでに数十年に及ぶ都市の拡大化がある。これらを変えるには膨大な力が必要です。その政治的滞りを解消するためには、経済成長を維持しながら気候変動対策ができるということを各国の政策決定者に知ってもらいたいのです。
国のレベルでも、市町村レベルでも政策決定者がまず考えるのは、①経済成長②よりよい都市計画③エネルギーと食糧の安定供給です。経済成長や食糧確保のための政策が、結果的に気候変動への耐久力を強化する政策と重なる。これを示すことが長年、銀行システムや、エネルギーシステムの構築に関わってきた経験から、何より大事だと思ったのです。
――原発事故以降、火力発電に頼っている現状もあり、日本は温室効果ガスの排出量が過去最大を記録しました。日本政府への助言は?
オッペンハイム 日本政府にも、とにかくいま動くことがビジネスチャンスとなり、経済的利益となることを理解してもらいたい。コンパクトな街を作ること、技術革新をさらに進めること、そして新たなエネルギーシステムを作ることで更なる経済成長を目指すという一貫した方針を持つことが何よりも大事です。成長を続けていくために、低炭素化を実現していくこと。こうした一貫した政策シグナルをもっと力強くはっきりと示してもらいたいと、期待しています。
――IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の最新報告書は、「有効な対策を取らなければ、今世紀末の地球の平均気温は最大で4.8度上昇」としています。時間はまだありますか?
オッペンハイム 世界全体的にすでに後れをとっています。人間というのは選択肢をすべて失うまで、決断できないものなのです。すでにだいぶ出遅れてはいますが、手遅れだとは思っていません。はっきりとしたメッセージを送り込めば、市場は反応します。一貫性のある政策があれば、それに応じて投資も増え、技術革新も進んでいきます。明確な政治的リーダーシップと、コミットメント、これが一番大事です。