川内再稼働に噛みついた「火山学会」

「巨大カルデラ噴火」が、いつ起こるか、誰にもわからない。桜島や阿蘇がある南九州の宿命だ。

2014年12月号 LIFE

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口は災いの元?(原子力規制委の田中俊一委員長)

写真/本誌・宮嶋

鹿児島の川内原子力発電所の再稼働に火山学者が噛みついた。日本火山学会が「巨大噴火の予測と監視に関する提言」を発表。原発の火山リスクを評価する原子力規制委員会の審査基準を見直すべきだと苦言を呈した。

川内原発の再稼働に際し、九州電力は「火山の監視(モニタリング)で噴火の前兆が出たら炉心から燃料を取り出し、退避させる」対策を打ち出し、これを原子力規制委が認め、ゴーサインを出した。ところが、巨大カルデラ噴火は、現在の火山学で予知・予測手法が確立されていない。火山学者は、噴火の前兆把握には限界があり、噴火に至る現象の曖昧さを考えると、予測は極めて難しいと口を揃える。9月の御嶽山噴火の前兆は数分前、予兆なしの噴火もある。火山学会として黙っていられず、巨大噴火の予測に向け、国の関係省庁に観測体制の強化を求めるとともに、規制委の火山軽視にイチャモンを付けた。

百年間に1%の破局噴火

巨大カルデラ噴火は「破局噴火」とも呼ばれる。過去、日本列島ではカルデラ噴火が7千年から1万年に1回程度の頻度で発生している。古くは1​7​0万年から1​8​0万年前に、北アルプスの穂高岳で発生し、大量の火砕流が流れた。9万年前に起きた阿蘇山噴火では山体崩壊でカルデラができた。5万2千年前の箱根カルデラ噴火では富士川から横浜まで火砕流に襲われた。最も新しい7​3​0​0年前に起きた鬼界カルデラは、鹿児島南方沖の破局的な海底噴火だった。火砕流が1​0​0キロ先に到達し、火山灰が大分県で50cm、北海道でも5cm積もった。鬼界カルデラ噴火を「破局噴火」と呼ぶのは、南九州人が死に絶え、縄文文化が壊滅したからだ。人間が住める環境に戻るまで1千年を要したという。

巨大カルデラは九州の中部から南部に集中し、川内原発を取り囲むように5カ所存在する。阿蘇山を中心とする阿蘇カルデラ、霧島山を主体とした加久藤(かくとう)・小林カルデラ、桜島の姶良(あいら)カルデラ、開聞岳などが属する阿多カルデラ、そして薩摩硫黄島がある鬼界カルデラである。川内原発は、巨大カルデラの巣の中にあるのだ。

しかし、なぜ、今になって巨大カルデラが騒がれ出したのか。マグマ学を専門とする神戸大学の巽好幸教授が10月に、巨大カルデラ噴火の発生頻度に関する研究論文を出したのがきっかけだ。巽教授によると、巨大カルデラ噴火が発生する確率は「今後1​0​0年間に1%」。しかも、それがいつ発生するか、今の科学では全く予測不能という。つまり、明日以降向こう1​0​0年間に1%の確率で、いつ起きても不思議ではないのだ。

巽教授はマグマ学を専門とする京大出身の理学博士。東大海洋研究所、独立行政法人海洋研究開発機構、マンチェスター大学にも在籍し、マグマの発生メカニズムや超巨大噴火を専門とする第一人者である。

万一、九州で巨大カルデラ噴火が起きるとどうなるか。最悪の場合、高温の火砕流が発生し、7​0​0万人が居住する地域を2時間以内に埋め尽くす。偏西風に乗った火山灰が北海道にも達し、交通、通信、電力、水道などインフラが壊滅する。巨大噴火の影響は成層圏に及び、火山灰が地球を周回し、世界中で気候変動を引き起こすという。

破局噴火の地球規模の波及は絵空事ではなく、フランス革命はアイスランドのラキ火山の噴火が引き金との説がある。日本神話にある「天の岩戸の伝説」は、火山灰が太陽光を遮る火山噴火を意味するとの研究もある。

どうかしている田中委員長

火山学会の苦言に対して、原子力規制委の田中俊一委員長は、噴火の予兆を見極めるため、「火山学会挙げて夜も寝ないで観測をし、国民のために頑張ってもらわないと困る」などと反発したが、どんなに観測機器を揃え、徹夜で観測しても、噴火予知は不可能だ。科学的無知に基づく無理な要求という外ない。

7​3​0​0年前、鬼界カルデラが噴火した時、どんな前兆現象があったのか、皆目わからない。18世紀に起きたアイスランドの破局噴火でさえ、よくわからない。原子炉建屋の耐震実験はいつでもできるが、火山活動は実験できない。噴火が起きて初めてデータが得られ、火山学は進歩する。そもそも経験科学だから、50年、1​0​0年に1度しか起こらない噴火をもとに、その火山の特徴を摑めるはずもなく、噴火予知など夢物語だ。

とはいえ、先の提言をまとめた火山学会原子力問題対応委員会の石原和弘委員長(京大名誉教授・火山噴火予知連絡会副会長)は、桜島を38年間見続け、桜島火山観測所所長も務めた、南九州の 「防人」である。

全国の火山でいま導入が進んでいる噴火警戒レベルの導入にも尽力し、桜島噴火の予兆を捕捉できる稀な科学者である。火山学会の重鎮である石原氏の見識に耳を傾けない田中委員長はどうかしている。所詮、「原子力ムラ」の代弁者にすぎないのだとしたら残念である。

原子力施設の建設や保守に関する安全審査は建築や土木、耐震工学など工学系専門家が手がけてきた。地震・津波の研究者の最新の知見を学ぶことはなく、工学系専門家にとって「想定外の津波」によって福島原発事故は起きた(自然科学者にとって、想定外の津波ではなかった)。

地震・津波の科学者より、さらに「蚊帳の外」に置かれたのが火山学者だった。「原子力マネー」で潤う建築、土木など工学系学会は組織が大きく、財政的にも裕福だ。一方、火山学会は研究者が少なく、誤解を恐れずに言えば「しがない学者の集まり」だ。その火山学会が、巨大な原子力ムラに楯突いたのだ。南九州の巨大カルデラ交差点に建つ原発の安全性を云々するなら、火山学者から謙虚に学ぶべきなのに、川内原発にお墨付きを与えた田中委員長は平常心を失っているようだ。

世界の火山噴火の8%は日本列島で発生している。建屋の耐震や地盤の安定だけが安全対策ではない。「想定外の津波」と同様に「想定外の噴火」が、いつ、どこで起こるか、わからない。それが日本列島の宿命だ。

巽教授の論文によれば、今後1​0​0年以内に巨大カルデラ噴火が起きる確率は約1%――。「1%で騒ぐことはない」と、読者は思うだろうが、噴火や地震は極めて低い確率でも必ず起きる自然現象だ。阪神大震災の発生前日に溯っての確率を計算すると、向こう30年間に数%にしかならなかった。一個人が向こう30年以内に事件に遭う確率は、ひったくり1​.​2%、殺人0​.​03%だという。確率は十分に低くとも暗い夜道は避けるものだ。原子力災害は数世紀にわたり国土の回復を困難にする。巨大カルデラ火山の交差点にある原発を動かす道理はない。

   

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