中国に盗まれた「エボラ特効薬」

WHOが富山化学の「アビガン」と同一成分の薬を中国が製造していると指摘。特許法違反だ。

2014年12月号 BUSINESS

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富山化学工業の条件付き承認薬「アビガン」

EPA=Jiji

富士フイルムホールディングスの連結子会社である富山化学工業が開発した抗インフルエンザウイルス薬アビガン(一般名・ファビピラビル)が、西アフリカで猛威を振るうエボラ出血熱治療の特効薬と注目の的だ。アビガンにより命を救われた患者4人の実績を受け、仏、ギニア、そして米国政府が臨床試験による効果確認を急いでいる。米国や欧州連合(EU)は、ワクチン、治療薬、診断技術開発に多額の公費投入を発表しており、最初に承認される治療薬は、アビガンを置いて他にない。

西アフリカでエボラウイルスによる集団感染が確認されたのは今年3月。ギニアからシエラレオネ、リベリアに広がり、さらに周辺国に拡大し、10月末の感染者数(疑いがある者を含む)は1万3千人を超え、死亡者数は5千人弱に及んだ。死亡率は50~70%とされ、治療薬、ワクチン開発は緊急を要する。

ワクチン開発では、英国のグラクソ・スミスクライン(GSK)、米国のニューリンク、ジョンソン&ジョンソン(J&J)のプログラムが動き出している。

GSKのCad3というワクチンは、すでに米国、英国、マリで臨床試験を開始、来年早々には感染地域の医療従事者に対する臨床試験が始まる。ニューリンクのrVSV-ZEBOVというワクチンは、カナダの公衆衛生庁研究所の成果をもとに、米国でフェーズ1試験が行われている。カナダ政府はこれらの開発に約3千万ドル拠出する。J&Jが買収した蘭クルーセルは、デンマークのバーバリアン・ノルディックの技術をベースに、来年初めには臨床試験に入る計画だ。

富山化学の「特許」を盗む

ワクチンは、ウイルスが遺伝子変異すると効果が薄れるため、ウイルスが変異しても効く治療薬が、どうしても必要だ。世界が今、注目する治療薬候補は3つある。米ベンチャーのマップ・バイオファーマシューティカルが開発したモノクローナル抗体混合物ZMapp、カナダのテクミラ・ファーマシューティカルズが持つTKM-1​0​0​8​2、そして富山化学のアビガンだ。

ZMappは、当初からエボラやその同属のマールブルグウイルスなどの治療薬として開発されてきた。これまで投与された7例の効果は不明。TKM-1​0​0​8​2は、米食品医薬品局(FDA)がエボラウイルスの予防・治療用として緊急投与(1例)を認めたが、その効果は不明。アビガンは独、仏、スペインなどで4人の患者に投与され効果が出た。

アビガンは、RNAウイルスであるインフルエンザウイルスの増殖に必要なRNAポリメラーゼを阻害する薬剤である。

富山化学は2​0​0​4年に米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)と同剤のサンプル提供契約を結び、米国でH5N1型インフルエンザウイルス感染動物を対象とした試験を実施した。その結果は、抗インフルエンザウイルス薬として知られるタミフルの効果を上回り、また再感染モデルでの死亡例がゼロであったため、米国でも注目されていた。富山化学が、富士フイルムHDの傘下に入って以降、米国での開発が本格化し、インフルエンザ対象ではフェーズ3試験を進めている。さらに米国防総省が、アビガンをエボラ治療薬とするため、今年8月、1億3​8​5​0万ドルの開発資金の拠出を決めた。

「エボラウイルスはインフルエンザウイルスと同じRNAウイルスに属しているので、アビガンがエボラウイルスにも効くと想定され、しかも、エボラウイルスを感染させたマウスの試験でアビガン投与群は死亡例がゼロだったため、米国防総省はパンデミック(感染爆発)に備え、軍需品として開発に乗り出した」(政府関係筋)。米国などは臨床試験を急ぎ、年末から年初には承認することになりそうだ。

世界保健機関(WHO)は9月の専門家会合で、エボラの治療法として、回復した患者の血液、血清による治療を第一とし、ワクチンについては安全性確認後に感染国の医療従事者に投与すること。治療薬については有効性と安全性を確認してから検討する方針を示していた。

それにしても怒りに堪えないのは、この専門家会合後の記者会見で、中国が抗インフル薬として人民解放軍に使用を認めたJK-05が、富山化学のアビガンと同一成分であることが判明したこと。富山化学は中国でアビガンの物質、製造、用途特許を出願しており、中国の研究機関が富山化学の成果を掠め取り、軍需品として製造を開始していたのだ。これは明らかな特許法違反である。

アビガンが、日本で条件付きながら承認されたのは今年3月24日。アビガンには催奇形性があり、妊婦や妊娠の可能性がある女性に使用できない。用法用量が確定していないため、通常なら承認されない。厚労省が条件付きでも、あえて承認したのは、既存の抗インフルエンザ薬に耐性ウイルスが出現しているためだ。

「感染爆発バイオテロ」対策

タミフルなど既存薬は、いずれもウイルスが感染細胞から外に出る時に使うノイラミニダーゼという酵素を阻害し、他の細胞への感染を抑える薬剤である。アビガンは薬理学上の「作用機序」が異なるため耐性ウイルス対策になるのだ。厚労省が付与した条件は、臨床試験などの追加データを提出しない限り、厚生労働大臣は、更なる製造を認めないというものだった。

このため富山化学が保有するアビガンの錠剤としての在庫は2万人分、原薬としての在庫は30万人分にとどまる。エボラ問題の発生により、親会社の富士フイルムHDは、30万人分の原薬を直ちに錠剤化すると発表した。その管理と、各国政府への供給は日本政府に委ねられる。

「エボラパニック」は、欧米社会に感染爆発の恐怖を思い知らせた。今後、警戒すべきはバイオテロである。日本では過去にオウム真理教の信者が炭疽菌によるバイオテロを試み、米国でも炭疽菌を郵便物に付着させる事件が起きている。

エボラ感染爆発と向き合うオバマ大統領は治療薬、ワクチン、診断キット開発などに約62億ドルの追加歳出を議会に求め、欧州連合(EU)も同様のプログラムに2億5千万ドルの拠出を決めた。アビガンの開発に米国防総省が乗り出し、中国が特許法を破って、密かにアビガンを製造しているのは「感染爆発」バイオテロへの備えでもある。

   

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