エネルギー自給で豊かな故郷を取り戻す。群馬・上野村とドイツのアッシャー村の事例を訪ねた。
2014年12月号
BUSINESS
特別寄稿 : by 吉澤保幸(場所文化フォーラム名誉理事)
地域資源を活用する群馬県上野村
去る10月初め、熊本県水俣市で、水俣病問題に深く関わってきた緒方正人氏のお話を伺う機会を得た。人間中心主義の世界への痛烈な批判の言葉。話は福島の原発に象徴される巨大システムへの依存から、主体的な自治を取り戻す重要性にも及んだ。依存によって一瞬に失った豊かな故郷を、どう取り戻すかという問いかけでもあった。
我が国のエネルギー政策は視界不明瞭といわざるを得ない。2050年にCO2の現状比80%減という、12年に閣議決定した対外公約と、今後どう整合性を取っていくのかも疑問を残したままである。そうした国の迷走の中で、各地域はどう対処していくのか。その一例を紹介したい。
群馬県の西南の端に、水田が一枚もないが元気な山村がある。日航機墜落事故で知られた御巣鷹山のある清流(神流川)と96%の森林に抱かれた人口1350人の上野村である。1970年代から拡大を求めず、地元の地域資源を活用しながら自立できる道を行政と村民が一体になって模索し、小さな雇用を生みながら、U・Iターンを積極的に受け入れる村づくりに徹してきた。今では人口の20%近くをU・Iターンが占め、近隣町村とは逆に、高齢化率は徐々に低下している。
村が足許で進めているアプローチは、地元の森林資源を徹底的に活用してエネルギーを自給し村での働き口を創出。かつて人間より多かったといわれる馬を復活させ、ホースセラピーによるグリーンツーリズムの活発化を促すこと。更に、かつての神仏の里としてのたたずまいを再整備し、訪れた外国人に自然に抱かれた心豊かな時間を味わってもらうというものだ。
地域の自立、循環、自治を取り戻し、100年後に何を残すかという長い時間軸で、グローバルマネーに翻弄されない営々とした暮らしを希求する。その戦略は、地に足のついた徹底した伝統回帰ともいえる。
中核のエネルギー自給のシナリオは次のようなものである。村の財政規模は30億円。その1割強を上回る5億円ものエネルギー費用の移出を最小化すべく、まずは森林資源を最大限活用し、ペレット工場をフルに稼働させる。村の温泉施設や役場などにすでに導入済みのペレットボイラーやペレットストーブに加え、このたび村で最大の80人程度の雇用を生む「きのこセンター」の電気・熱源にドイツ製の小型木質ペレットガス化熱電併給機器の導入を決めた。この冬場から試運転を開始する。
砂防堰堤を活用した小水力発電によって電気自動車の導入を増やし、CO2削減とガソリン代の漸次縮減もめざす。また新しい集成材の開発で、森林資源活用を増やそうともしている。基軸産業の一つとして昭和50年代から力を入れてきた木工業も、リ・デザインによって更に外貨獲得と雇用増をめざしている。
上野村にとってのお手本ともいえるのが、ドイツのバイオエネルギー村である。
今年2月、上野村のエネルギー自給計画に欠かせない木質バイオマス機器導入のため、ドイツ・バイエルン地方を訪れた。筆者が訪ねたアッシャー村(人口1500人)はドイツ内に100以上事例があるといわれるバイオエネルギー村のモデルの一つ。揺らぐ我が国のエネルギー政策に対し、ドイツでは22年までに原発を廃止し再生エネに向かうエネルギーヴェンデ〈大転換〉を打ち出した。それに呼応する形で、エネルギーの自給を軸にした地域の自立が着実かつ速やかに進んでいるようだ。
仕組みはこうだ。各地域では、地元の再生可能エネルギー資源を活用して電気と熱源を作り出す。電気が地域内の需要を上回れば、地域外に売電してお金(いわば外貨)を得る。寒冷地のドイツに欠かせない熱源は、地域内で配給、活用して石油依存を下げる。その結果、地域外へのお金の移出を抑え、地域内にお金を溜め込み、循環させようとしている。事業主体は地域の自治体と住民が共同で設立し、補助金や地域金融機関の融資等も活用して、地域内でその経済的効果の恩恵を得る。
重要なのは、ドイツ版固定価格買取制度(FIT法)が小地域ほど相対的に有利であること。更にそうした再生可能エネルギー機器を、地域の中小企業が主導的に開発、設置し、メンテも行い、徹底した地域内経済循環を支える構造が組み込まれていることであろう。
アッシャー村では、村と村民が一緒になってエネルギー会社を設立した。設立時はEUから助成があり、地域金融機関の融資も得て、地元企業が製造した木質ペレットガス化熱電併給機器1セット(発電出力180kW、熱出力270kW)を導入。太陽光発電と共に、村のエネルギーのオイルフリー化を確立しつつある。必要とした金額(95年以来、約4億円)は、主に会社の出資と地元金融機関の融資でまかない、配当も順調に開始、資金循環が進んでいる。村長は、「これから石油価格が上がることが目に見えている中で、それに備える自立の道を探った」と明確に語っていた。
今年7月、環境省の中央環境審議会が「低炭素・資源循環・自然共生政策の統合的アプローチによる社会の構築~環境・生命文明社会の創造~」と題する意見具申を発表した。CO2の80%削減に向けて、社会、ライフスタイル、技術のイノベーションを統合しながら将来世代に引き継いでいける「持続可能な循環共生型社会(環境・生命文明社会)」の構築を謳い、地域ごとに自立・分散型社会が創出され連携し合う「地域循環共生圏」のイメージを描いている。そして、具体的アプローチとして水俣市の低炭素化施策の導入による地域活性化の取り組みを紹介している。
水俣病認定から60年近くになる今、ようやく水俣でエネルギーの自立から未来の社会構想を具体化する動きが生まれようとしている。各地域の実践の背後にある意味と長い時間軸の必要性を深くかみしめながら、いのち輝く福島の自立と100年後の未来を描く必要があるのではないだろうか。