責任回避と保身がこの国を滅ぼす

泉田 裕彦 氏
新潟県知事

2014年9月号 POLITICS [インタビュー]
聞き手/本誌編集人 宮嶋巌

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泉田 裕彦

泉田 裕彦(いずみだ ひろひこ)

新潟県知事

1962年新潟県生まれ。京大法学部卒業。87年通商産業省入省。資源エネルギー庁、国土交通省、岐阜県庁などを経て、2004年全国最年少(当時42歳)で新潟県知事に初当選、現在3期目。尊敬する人物はチンギス・ハーン、座右の銘は感謝。

――原子力規制委員会(NRA)が、新規制基準を満たした川内原発の再稼働を可能とする審査書案を出しました。

泉田 他県に立地する原発についてコメントはありません。むしろ問われるべきは、原子力災害から国民の生命、安全、財産を守るために創設されたNRAの使命感です。選挙で選ばれる政治家に原子力の知識があるとは限りませんから、政府全体の原子力安全のコンダクターとして独立行政委員会をつくり、そこに強い権限を与えました。いま、安倍政権は「NRAの専門的な判断に委ね、安全と認められた原発は動かす」と明言しています。一方、田中俊一委員長は「安全とは言っていない。新規制基準でも事故は起きうる」などと、責任回避と保身に走っています。

地元自治体の期待を裏切るNRA

――政府の触れ込みは「NRAの新基準は世界で最も厳しい」というものです。

泉田 国際原子力機関(IAEA)は原発事故に「5層の防護」を定めています。5層目は住民の被曝を抑える避難計画など緊急時対策です。米原子力規制委員会(NRC)は緊急時の避難計画が整っていなければ稼働許可を出さないが、我が国の緊急時対策はNRAの規制対象から外れています。

――世界標準の第5層が欠落した新基準が世界一厳しいなんてお笑い草です。

泉田 いつの間にか、NRAは自らの任務を原発設備の性能や活断層に矮小化し、設置法に明記された任務(=原子力利用の安全確保)を全うし、被曝から国民の生命を守る独立機関としての気概が全く感じられなくなりました。

いま避難計画は、NRAが示した原子力災害対策指針を基に、地元自治体が作成することになっています。この指針によると、緊急時に放射性プルームが通過する原発から半径5~30キロ圏の住民に、自治体は屋内退避を命じ、速やかにヨウ素剤を配付しなければなりません。ちなみに柏崎刈羽の対象地域の住民は44万人。地元には十分な装備がないのに、誰が各戸配付して歩くのでしょう。各地区に核シェルターを作るしか手がないかもしれません。

――現実的な計画を描けない指針では、地元自治体は困惑するばかりですね。

泉田 1F(福島第一原発)事故は、東日本大震災を伴う複合災害でした。自然災害の場合、災害対策基本法に基づき市町村長が避難指示を出しますが、原発事故の場合は原子力災害対策特別措置法に基づき、首相が避難指示を出します。つまり、今の法制では、国と自治体がバラバラに指示を出す可能性があります。さらに、1F事故では半径20キロ圏に避難命令が出ましたが、どこに逃げるか混乱し、介護が必要な方が移動中にたくさん亡くなりました。実効性のある避難計画にするため、NRAに地方行政のわかる人を加えて欲しいと訴えてきましたが、応答はありません。

――一方、東電は柏崎刈羽の再稼働を前提とする再建計画を立てています。

泉田 1F事故の検証と総括が先です。三つの原子炉が次々にメルトダウン(炉心溶融)したのは地震と津波によって機器や設備が破壊されたからではありません。様々な判断ミスや運転ミスが重なり、炉心を冷やすことに失敗したからです。明らかな「人災」でありながら、事故の真相は闇の中です。

もし、どこかの工場で爆発事故が起きたら、即座に消防と警察が現場検証し、強制捜査を行って、事故の原因と責任を明らかにするでしょう。ところが、1Fは世界最悪の「レベル7」の原発事故にもかかわらず、現場検証も強制捜査も行われていません。呆れたことに、東電は震災翌日にメルトダウンを認識していましたが、それを認めたのは2カ月以上も後でした。それを廣瀬(直己)社長に質したところ「(公表には)国の了解が必要だった」と答えました。

――誰が情報隠しの指示を出し、どういう命令系統で、世の中にウソをつき続けたのか。明らかにすべきです。

泉田 正確な情報がなければ住民を正しく避難させることはできないし、立地自治体の首長を騙す電力会社に原発を運転する資格などありません。

また、震災から3日後の3月14日、1Fの原子力保安検査官は1Fのサイトに民間人を残して最初に全員退避しました。彼らの判断がいかなるものだったのか。結局、責任を厳しく追及することもなければ、免責して真実を語らせ、事故の教訓を絞り出すこともしていません。いくらハードの安全性を高めても、誰がどんなミスをしたのかを検証しなければ、同じ過ちを繰り返すことになります。

中越沖の教訓が「免震重要棟」生む

――日本海側の原発にとって怖いのは、テロやミサイル攻撃ではないですか。

泉田 その恐ろしさは1Fの4号機で改めて感じました。4号機は原子炉は停止していましたが、使用済み燃料を冷やせなくなりました。もし、プールの水が干上がったら、毎時7SVの放射線が放出される使用済み燃料が溶融し、首都壊滅の可能性がありました。

商業用軽水炉は原子力潜水艦技術の転用で普及しました。軍事と背中合わせの核施設がテロの標的になるのは当たり前です。万一、巡航ミサイルが建屋に命中し、使用済み燃料が地上に散乱したら、危険極まる高線量下で収束作業を誰がするのか。事故の拡大を食い止めるための組織は、日本にはありません。

――圧力を感じることはありませんか。

泉田 もう突き抜けてしまったから(笑)。07年の中越沖地震の時、柏崎刈羽原発と県庁を繋ぐホットラインが通じなくなりました。そこで、大きな地震にも耐えられる免震重要棟を急いでつくってもらいました。柏崎刈羽だけではまずかろうと、1Fに同じ建物ができたのは大震災の8カ月前のことです。中越沖の教訓が「免震重要棟」を生み、日本の危機を救ったのです。長いものに巻かれた方が楽だと思うこともありますが、それでは「歴史の法廷」に立てません。原子力安全を司るリーダーが責任回避と保身に走ったら、この国は滅びます。

   

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