訪日客2千万は達成可能 アジア№1観光立国の道

松山 良一 氏
日本政府観光局[JNTO]理事長

2014年9月号 BUSINESS [インタビュー]
聞き手/本誌編集人 宮嶋巌

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松山 良一

松山 良一 (まつやま りょういち)

日本政府観光局[JNTO]理事長

1949年鹿児島県生まれ。東京大学経済学部卒業。三井物産入社。7年半の英国勤務を経てイタリア三井物産社長、米国三井物産副社長などを歴任。2008年初代ボツワナ日本国特命全権大使に就任。11年より現職。商社マン、外交官として海外勤務は18年に及ぶ。

写真/門間新弥

――外国人旅行客が急増しています。

松山 私がJNTO(日本政府観光局)理事長になった2011年の訪日外国人は622万人。それが翌年837万人になり、昨年は初めて1千万の大台を超え、1036万人を記録しました。さらに、今年1月~6月に訪日外国人は626万人と、昨年の上半期より26%も増え、通年では1300万に迫る勢いです。国別のトップは台湾139万人(前年同期比35%増)、以下韓国127万人(3%減)、中国100万人(88%増)、米国44万人(12%増)、香港42万人(25%増)、タイ33万人(64%増)、豪州15万人(18%増)、マレーシア11万人(63%増)と続きます。

――一体、何が起こったのですか。

松山 アベノミクスの追い風が吹いたのです。円安とアジア各国からのLCC(格安航空会社)の乗り入れも効いたが、観光ビザ(短期滞在査証)の免除が決定的でした。昨年6月、安倍内閣は「観光立国実現に向けたアクションプログラム」を決定し、7月1日よりタイとマレーシアのビザ免除を実現し、観光客が急増しました。さらにインドネシア、フィリピン、ベトナムについて現在「ビザなし」を検討中です。また、カンボジア、ラオス、ミャンマー、インドについてもビザ緩和を実施しました。「異次元」のスピード感と実行力の賜物です。

外国人を笑顔で迎える国民運動

――政府は東京五輪開催(2020)年に訪日外国人2千万人を目指しています。

松山 昨年、悲願の1千万人を達成したけれど、日本はまだ観光後進国です。13年の比較では、外国人訪問者数の首位はフランスの8302万人、以下は米国6977万人、スペイン6066万人、中国5569万人、イタリア4770万人の順です。1036万人の日本はタイ2655万人(10位)、マレーシア2‌57‌2万人(11位)、韓国1218万人(22位)の後塵を拝し、世界で27位、アジアでも8位の劣等生なんです。

――世界で最も安全な日本が、外国人旅行客に人気がないのは、なぜですか。

松山 世界各国が熾烈な観光客誘致競争を繰り広げる中で、ずっとそっぽを向いてきたからです。ハード中心の発想でソフトの価値を見抜けなかった面もある。政府は貿易黒字の外貨減らしで海外旅行を奨励し、日本人の海外旅行者は1990年に1千万人に達したが、訪日外国人政策は見向きもされなかった。長らく円高が続いたため、日本への旅行費用は「バカ高」というイメージが定着したのも痛かった。政府の目が覚めたのは03年に小泉首相がビジット・ジャパン・キャンペーンを打ち出してからです。

――2千万人の目標は達成できますか。

松山 何も手を打たなかった分、我が国のポテンシャルは高く、「20年東京五輪」という、明確な国家目標もあるので達成できると思います。ただし、パラダイムチェンジ的な意識改革が必要です。

安倍首相は第一に観光を成長戦略の目玉に掲げ、アイデアを総動員して外国人に不便な規制を洗い出し、観光立国を加速せよと命じました。これは、隅っこの政策課題だった観光を表舞台に引っ張り出すパラダイムチェンジでした。

さて、12年の我が国の観光の経済規模は24兆円(雇用誘発効果は399万人)に上るのに、外国人の旅行消費額は全体の6%(1.3兆円)にすぎません。つまり人口減少が進む日本で従来型の観光・宿泊業は先細る運命にあり、どうやって外国人を受け入れるか、ここでも意識改革を迫られています。さらに国民レベルの意識改革も必要です。おもてなしの心は素晴らしいけれど、それだけでは足りません。日本人は言葉の壁を感じて初対面の外国人から目を逸らし、逃げてしまう面がある。外国人旅行者に接する「心のバリアフリー」がなければ、日本ファンのリピーターは増えないでしょう。学校教育を含め、外国人を笑顔で迎える国民運動を起こすべきかもしれません。

――タイや韓国に負けていますね。

松山 韓国とはすでに肩を並べていますが、タイはアジアの観光大国、学ぶべきことが多い。その観光立国政策は50年余の伝統を持ち、ニッチで魅力的な観光テーマを世界に広めた「アメージング・タイランド」キャンペーンは有名です。その成功により、タイは01年に外国人旅行者が1千万人を超え、今は2600万人を超えています。タイや韓国と比べると、我が国の観光軽視は明らかです。日本とタイと韓国の政府観光局を比較すると、海外事務所数はそれぞれ13、26、31、総職員数は132人、918人、613人、総予算は28億円、156億円、4‌85億円になります。多勢に無勢の感はありますが、タイはプロモーションの手本であり、「タイに追いつけ、追い越せ!」と、ハッパをかけています(笑)。

もう一つお手本にしたいのは、九州より小さな国土ながら、800万の人口を上回る850万人の観光客が訪れるスイスです。量的拡大は追わず、質の向上を重視し、富裕層が好むエコを徹底させたリゾート地での一人当たりの旅行消費額は驚くほど高額です。我が国にも世界のお金持ちが訪れるユニークなリゾート地を作りたい。そのための奥深い文化や素材が、日本には眠っていると思います。

「昇龍道のヘソ」高山市がお手本

――首都圏空港は外国人で混雑し、その宿泊先は東京に集中しています。

松山 観光ルートも東京から箱根の温泉、富士山、京都の神社仏閣、大阪を回るゴールデンルートに偏っており、空の出入り口を地方に分散させ、地方の観光地を結ぶ観光ルートを作らなければパンクします。能登半島を「竜」の頭に見立て、中部北陸9県が外国人旅行客を共同で呼び込む「昇龍道」プロジェクトは、中部経済連合会の三田敏雄会長が旗を振る官民一体の面白い試みです。15年春に北陸新幹線が開通すれば、北陸から東京、名古屋、大阪へ3時間で行けるようになる。昇龍のヘソに当たる岐阜県高山市は、昨年の外国人旅行者が22万5千人(前年比49%増)を記録。市の観光サイトは何と11言語に対応しており、その魅力溢れる情報発信は「国を開く」お手本だと思います。

   

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