「都構想ができなければ終わり」と政界引退まで匂わせた。新党結成どころではない。
2014年9月号 POLITICS
日本維新の会を解党、つなぎ新党の代表に就任し、結いの党との政策合意の場に姿を見せた橋下徹大阪市長は江田憲司代表と笑顔で握手してみせたが、顔色は冴えない。問題は大阪だ。参院選後「大阪に専念したい」と国政に距離をおいた橋下だが、立て直しどころか状況は悪化する一方だ。相次ぐ造反、離党で「数の力」を失い、破れかぶれの「禁じ手」を連発して混乱を巻き起こす。迷走する橋下維新は、いったいどこへ行くのか。
新党設立準備会調印式で結いの党の江田代表(右)と握手する橋下市長(8月3日)
Jiji Press
7月12日、橋下は滋賀にいた。群衆を前にポロシャツ姿の橋下は「景気が上向いたのは安倍さんのおかげ」「安倍総理の足を引っ張ってはいけない」と政権にヨイショを連発する。滋賀県知事選の投票前日。自公が推す小鑓隆史候補の応援に入ったのだ。維新は県総支部推薦にとどめていたが、小鑓劣勢の報に菅義偉官房長官が、親しい松井一郎維新幹事長(大阪府知事)に頼み込んだという。2週間余前の関西電力の株主総会で「再稼働なんてやってたら会社が潰れる」「原発撤退を早く決めよ」と激しく追及した橋下は豹変。原発再稼働が争点の選挙で、関電が社を挙げて推す候補を笑顔の応援だ。だが結果は負け。朝日新聞の出口調査によれば、維新支持者の59%が対立候補の三日月大造に流れたという。菅の期待は「無党派層へのアピール」だったに違いないが、もはや橋下が登場しても票は動かないことを菅も実感しただろう。「脱原発」「野党再編で自民の対抗勢力を作る」の主張のいい加減さも知れ渡った。官邸との近さを誇示した義理立てのツケは高くつきそうだ。
一方、お膝元の大阪は泥沼化。大阪都構想の設計図を作る法定協の自公民の委員を一方的に解任、維新議員に差し替えたクーデターまがいの蛮行に、非難が集まっている。
造反、離党で府議会の過半数を割り込んだ維新は、ずるずると議席を減らしている。維新以外の各会派は反維新で結束、過半数を押さえ、嵩にかかって攻め立てる。法定協は開けず、住民投票の前の議会承認は絶望だ。近づく統一地方選を尻目に、大阪都の夢は遠ざかるばかり。
歯噛みする「弱小与党」は、ついに、夜襲めいた奇策で野党の寝込みを襲った。市議会、府議会の議決という正攻法では勝負にならない。唯一、府議会の議会運営委員会だけ維新が過半数をもつことに目をつけ、議運委決定で法定協の府議会側委員を維新一色に塗り替えたのだ。法定協の市議会側は依然、自公民共が多数だが、府議会側全員の独占と橋下、松井で、維新が全体の過半数になる。しかし、こんなことが許されるのか。
議事運営の調整をする議運委は、議員5人以上の会派だけが委員を出す慣例だ。そのため、4人の共産党も無所属会派も委員ゼロの一方、維新が過半数を占める。全会派参加ではない議運委の決定で法定協の委員を差し替えることの是非も問題だが、「府市統合」という大事を協議する大阪府側の議員メンバーが少数与党の維新オンリーとは、どうみても異常だ。
怒り狂う自公民共は臨時府議会の開催を要求。「会派比率に従って法定協委員を出す」慣例の条例化で、維新の決定を覆そうとする。だが維新は、さらに問題含みの抜け道へ逃げる。条例が可決されれば、法定協の委員は元に戻り、協定書が作れなくなる。時間稼ぎを狙う松井は、即座に「招集拒否」を表明。騒動は第二幕に移った。
地方自治法の定めでは、4分の1以上の議員の請求があれば、首長は20日以内に臨時議会を招集しなければならない。さらに、首長が招集しない時は、議長が10日以内に招集しなければならないが、これは、鹿児島県阿久根市の竹原信一前市長が議会を開かず専決処分を繰り返して大混乱を招いた教訓から、追加の法改正がなされたものだ。毎日新聞で片山善博元総務相は「招集権を(首長から奪い)議会に移すべきとの議論に、全国知事会は『拒否する不見識な知事はいない』と反対した」と当時を回想するが、「首長の良識」への自負と信頼は松井の登場であえなく裏切られたことになる。
この事態に新藤義孝総務相は、会見で「明らかな法律違反」と強く踏み込んだが、松井は懲りない。「僕は法律違反と思わない。これでないと協定書はできない」と開き直る。橋下も「形式的には法違反でも、住民が審判を下す」と援護射撃。法治国家の自治体首長とは思えない。法律よりも協定書作りの「時間稼ぎ」の方が大事なのだ。
一方、府議会側委員を独占し、法定協の5カ月ぶりの再開を図る維新に、自公民共は「異常な事態に加担できない」と市議会側の委員を総引き揚げ。だがそれは維新の思うツボだ。松井が時間稼ぎし、岡沢健二議長(維新)も期限一杯まで府議会の招集を引き延ばすうちに、単独で法定協を再開。「反対意見がなければ、こんなに簡単」とばかり、1カ月足らず、4回の会議で協定書を仕上げてみせた。
協定書完成を見届けた維新は7月25日に臨時府議会を開催。野党提案の「法定協正常化」の条例は可決されたが、松井が再議権を行使し否決、廃案。再議でも可決できる「規則」の提案には岡沢議長が議長室に逃げ込み、時間切れ。野党は再び臨時議会の開催を求めたが、橋下・松井は「9月定例会に協定書を出す」と、またも拒否。「法定協乗っ取り」と「協定書の正当性」の議論には、あくまで頬かむりをする構えをみせた。
「橋下と松井は、ともかく協定書を手に入れた。専決処分で住民投票に持ち込むのは難しそうだから、統一地方選の武器に使うつもりだろう。何度否決されても議会に提案して、野党を抵抗勢力に仕立て上げる。毎度おなじみの手だ」(在阪記者)
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維新単独の法定協では「西成・あいりん地区を官庁街に」との提案に橋下が「大賛成」と飛びつき、わずか8分で中央区、天王寺区など5区を統合する「新中央区」の区役所を西成区に置くと決めた。反対派不在、市議会不在の法定協でまともな議論が行われたとは言い難い。
8月初め、橋下はBS番組で「大阪都構想が実現できなければ政治家としては終わり」と引退を匂わせた。行き当たりばったり、無理筋を重ねるのは「ダメだから辞める」と言い出す布石かもしれない。(敬称略)