田中 伸男 氏
国際エネルギー機関(IEA)前事務局長
2014年8月号
BUSINESS [インタビュー]
インタビュアー 本誌編集部
1950年、神奈川生まれ。東京大学経済学部卒、73年に通産省(現経産省)入省、米国でMBA取得、89年にOECDに出向し42歳で同科学技術産業局長になった後、駐米大使館公使などを経て、07~11年にIEA事務局長。
写真/大槻純一
――6月中旬、モスクワで開かれた世界石油会議に出席されました。ウクライナ問題で欧米の対ロ経済制裁もあり、ロシアのエネルギーに世界のエネルギー企業の関心はどうでしたか?
田中 クリーン・エネルギーとしてのガスに世界の注目が集まっています。国際石油資本(メジャー)といっても、いよいよガス会社にもなりつつあります。石油とガスをどこが一番安定的に供給してくれるのか、特に大手は真剣に考えています。
もちろん、中東の重要性は変わりませんが、国営化でメジャーは追い出され、しかもイランやイラクなどのように地政学リスクがあります。シェール革命のアメリカもこれから輸出量が増えていくでしょうが、限界があります。オーストラリアはコストが高い。東アフリカも伸びシロは大きいが、インフラ整備ができていません。
では、ロシアはどうか。在来型の石油にしてもガスにしても、まだ相当大量な埋蔵量があるし、国内消費が省エネ型になれば、それでまた輸出余力が大きく増える。このため、欧米のメジャーは長期的観点からロシアに投資していくことは至極当然と考えています。
モスクワの会議では、エクソン会長兼CEO(最高経営責任者)のレックス・ティラーソンが米政府の制裁対象になっているロスネフチ会長のイーゴリ・セーチンと並んでパネルに出ました。英BPや英蘭資本のロイヤル・ダッチ・シェルのトップも、仏トタルは次席だったと思いますが、当然のように参加しました。
――対ロ制裁で日本は板挟み。今後、ロシアをどう位置づけるべきですか。
田中 エネルギー安全保障のエッセンスは多様性です。エネルギー源も石油、ガス、石炭、再生可能エネルギー、原子力などをバランスよく持つことが重要です。石油やガスの調達先も、できるだけ多様にしたほうがいい。また、ガスに関しては調達先だけではなく、調達方法も多様化する方法があります。シェール革命のアメリカから2017年以降、LNGが日本に入ってきます。これは日本にとって大きなチャンス。価格は今より安い100万BTU(英国熱量単位)あたり11~12ドルあたりでしょう。加えて、地理的にも近いロシアから、LNGだけではなく、パイプラインでも買えないのか、というのが多様化のもう一つのポイントです。
――10年越しの交渉で5月にロシアと中国がパイプラインによる天然ガス供給協定に最終合意しました。
田中 日本にとっては朗報です。結果として価格のベンチマークができましたから。パイプラインが東シベリアや西シベリアから中国へ敷設されれば、ロシアは太平洋岸まで延長して日本を含むアジア太平洋諸国にも輸出したいと思うに決まっています。そうなれば、LNGのみならずパイプラインの可能性も出てきます。あとは、LNGとパイプラインのコスト比較が次のステップと考えています。
――今回のモスクワ会議で、ロシア科学アカデミー付属エネルギー調査研究所(ERI)と日本エネルギー経済研究所(IEEJ)が作成中のリポートA New Option for Russia's Gas Supply to Japan(ロシアの対日ガス供給の新オプション)のサマリーが発表されました。
田中 サマリーはサハリンから年間80億立方メートルの天然ガスを海底パイプラインで日本の首都圏まで輸送した場合のコストを試算し、他の新規LNGプロジェクトやサハリン2のLNGプラントの拡大プロジェクトと比較すると、どのあたりに落ち着くのかを見てみたものです。
モスクワ会議で私がモデレーターを務めたのが「天然ガスの将来」というセッションだったので、ロ中が最終合意した今、日ロもパイプラインで繋ぐオプションが可能かどうか、ERIのミトロヴァ所長に説明してもらいました。このセッションのパネルには東京ガスの村木茂副会長(4月1日就任)も参加されたので、需要家の立場からの意見も聞いてみました。
――ミトロヴァ所長が配布したサマリーペーパーのグラフ(25ページ参照)を見て興味深いのは、サハリンから日本の首都圏への海底パイプラインを敷設した場合と比較して、唯一安いのはこのサハリン2のLNGプラントの拡大プロジェクトです。ところが、輸出税部分を除くと、パイプラインの方が安くなってしまう。
田中 その通りです。今回のサマリーペーパーでは日本の買値を12ドルで想定し、その上にどのぐらいマージンがあるかという計算をしています。ここにはありませんが、ミトロヴァ所長はもう一つ、今回のロ中間の合意の棒グラフを示しましたが、サハリンから日本の首都圏への海底パイプラインのコスト構造とほぼイコールでした。恐らくロ中は10~12ドルの間で合意したはずです。重要なのは輸出税ですね。輸出税はパイプラインにだけ課税され、全てロシア政府の懐に入るものですから。LNGに輸出税は課税されないというのが今のルールですが、税額をどうするかはかなり交渉の余地がある。とすれば、これから日本も、LNG以外にパイプラインのカードをぜひ持っておいたほうがいい。
――需要家の東京ガスはミトロヴァ所長の説明に、どう反応しました?
田中 福島原発事故以降、日本は原発の再稼働が遅れており、ガスがよりクリーンなエネルギーとして必要になった。電力市場改革も進み、いろいろなプレーヤーが電力市場に参加してくる変化の中で、パイプラインの天然ガスがコスト的に見合うのであれば、そのオプションは十分あり得るというのが村木副会長の意見でした。つまり、パイプラインならば日ロ双方が「ウィンウィン」になる可能性が大きい。その可能性を今回のサマリーペーパーが示した点に、非常に注目しています。