2014年5月号 BUSINESS
日銀本店の中には金融記者クラブがあり、全国紙や通信社、NHKなどの経済部に属するエリート記者が多数常駐する。日銀とクラブの間には報道に関する独自のルールがあり、それが4月1日付で極秘裏に抜本改正されていた。
金融政策決定会合の後の日銀総裁による記者会見には、国内外のマーケット関係者の関心が集中する。その一大イベントをめぐり、日銀とクラブの間で奇妙な「ルール」が長年守られてきた。記者は途中退室を許されず、会見終了を待って一斉にフラッシュ(速報)を打っていたのである。日銀にすれば、「畏れ多くも総裁が発言している間、記者は黙って聞け」というわけだ。もし総裁が会見途中で重大な発言をしても、クラブの報道各社は会見終了まで速報できない。だから、国会審議のようなライブ中継も許されなかった。
1年前に黒田東彦総裁が就任した後、ようやく日銀事務方とクラブは「化石」のようなルールの見直しに着手、3月末に合意した。それにより4月8日の総裁会見から、通信社は発言を逐一速報できるようになり、日経電子版は生中継を始めた。ようやくグローバル・スタンダードに……と思いきや、ルール改正後もクラブが日銀に隷属する体質は変わらなかった。いやさらに強まっていたのである。
実は改正後も、次の3件は日銀の事前レクとエンバーゴ(しばり)がセットにされており、日銀指定の解禁時刻にならないとクラブは一切報道できない。具体的には、①総裁会見の前に記者クラブに配布される「金融政策決定会合の決定内容」、②日銀が物価や景気の見通しを示す「展望レポート」、③年4回公表される「日銀短観」。いずれも市場への影響力が甚大なため、日銀が最も神経を使う案件である。だから、事務方はクラブ各社を一室に集めて事前レクを行い、記事をしっかり書ける時間を与え、指定時刻にその報道を一斉解禁するというわけだ。
「横並び万歳」のクラブは大歓迎。だが、日銀にはリスクがある。というのは、解禁時刻までに情報が外部に漏れて「インサイダー取引」を誘発しかねないからだ。そこで事務方はクラブに対し、とんでもない要求を突き付けてきた。事前レクから解禁時刻までの間、クラブ各社が記事を書いてデスクへ送るのに使うパソコンを、日銀が管理・保管すると言い出したのである。日銀は各社に「管理者権限」を放棄させ、パソコン内蔵の無線通信機能を無効化する。パソコンのパスワードも変更するが、各社には教えない。パソコンを本店内に常時保管し、事前レクの時しか各社の利用を認めないという。
日銀はパソコンとその管理者権限を取り上げるくせに、ソフトウエアのアップデートやウイルスチェックなどを一切行わない。日銀が「メンテナンス日」を指定し、その時だけ各社は自分のパソコンを整備できる。パソコンの動作不良やデータ消失、機器の紛失や破損などが生じても、日銀は一切責任を負わない。デジタル時代の「ペン」を当局に取り上げられ、前代未聞の屈辱を受けるのに、クラブの報道各社は全会一致で日銀の要求を丸呑みしたのである。おまけに、この事実を報道しないと日銀に約束までしている。権力とジャーナリズムは癒着を通り越し、今や一体化である。