自爆テロが狙う英女王とダービー

アルカイダの煽動オンライン誌「インスパイア」がテロの標的を名指しする過激さ。

2014年5月号 GLOBAL
by ゴードン・トーマス(インテリジェンス・ジャーナリスト)

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アルカイダがテロを煽る「インスパイア」誌の表紙

英国の対外諜報機関(MI6)のジョン・サワーズ長官と国内担当の警察機構・英国情報局保安部(MI5)のアンドリュー・パーカー長官は、中国によるサイバー攻撃の脅威に対抗するため、共同で英国人職員を募集する求人広告を新聞に掲載した。

中国の赤いランタンの写真がついたこの広告は大学生をターゲットにしたもので、初任給3万ドルに加え、マンダリン(中国の標準語)を学ぶための教育資金の提供が記されている。

この広告掲載は、英軍に対する執拗な中国のサイバー攻撃に対処するため、両情報機関が職員を配置せざるを得ない状況で生まれたものだった。しかし、こうしてかき集められた職員は今、国内の標的を攻撃する目的でイエメンやソマリアから帰国した英国出身のジハード(聖戦)主義者(急進派テロリスト)の追跡に追われている。

標的の中には、エリザベス女王をはじめとする英王室のメンバーに加え、ウィンブルドンや6月にエプソム競馬場で開催されるダービーといった有名なスポーツ行事が含まれている。

イエメンで志願者と密会

こうした標的の名前は、国際テロ組織アルカイダの有力分派「アラビア半島のアルカイダ」(AQAP)が発行する機関誌「インスパイア」(英語版)の最新号に名指しされている。雑誌は英語圏でのジハードを呼びかけ、テロのノウハウを提供することを目的にウェブで発行されているほか、英国とフランス、米国では印刷されたハードコピーが出回っている。

英国のジェームズ・ブロークンシャー安全保障担当相は、英国は「2005年のロンドン同時爆破テロ事件以来」最大のテロの脅威に直面しているという。この事件では、イスラム系自爆テロリストが地下鉄3カ所と二階建てバスをほぼ同時に爆破、市民52人が死亡した。

72ページの機関誌は自爆テロ“殉教者”の記事や自動車爆弾の製造や爆発の方法、毒水の供給の仕方、2008年ムンバイで起きた同時多発テロのような主要ホテルへの攻撃法などの記事でびっしり埋まっている。

そもそもは11年5月に米国がパキスタンで仕留めたアルカイダの首魁ウサマ・ビン・ラーディンの先祖の地イエメンにさかのぼる。英国人のジハード戦士たちは今年、その地でAQAPのメンバーと会った。

7年前に創設されたAQAPは今や中東で最も活発なテログループに成長している。MI6 は昨年、AQAPの関連組織でソマリアの過激派組織アル・シャバーブに参加するため英国人250人がイエメンとソマリアに渡ったことを確認した。

アル・シャバーブは「狂気のムッラー(イスラム聖職者)」と呼ばれるアハマド・アブディ
・ゴダネによって運営されている。36歳の背の高いこの男は、既にソマリアのほぼ全土にタリバン式の統治を敷いた。ソマリアで政治的な表現法の一つとなっている詩を通じて、西欧への憎しみを爆発させている。

ゴダネの放映映像は支持者にダウンロードされ、中東の訓練キャンプで再生されている。複数の言語を容易に習得する天才児として、ゴダネはスーダンとパキスタンで勉強した。この時に、カイロ生まれのインテリでビン・ラーディンの後を継いでアルカイダの最高司令官となるアイマン・ザワヒリと出会った。

英国の「天空のスパイ」とされる政府通信本部(GCHQ)は、保有する衛星の一つでザワヒリとゴダネの数回の会合を傍受した。その記録によって、機関誌を利用する計画の最初の手がかりをMI6アナリストたちが得ることになった。

機関誌のタイトルはコーランから来ている。つまり「信奉者を鼓舞して戦わせよ」の部分からだ。創刊は10年7月で、そのときの特集記事は「ママの台所で爆弾を作ろう」だった。

編集者を仕留めた無人機

編集責任者のサミル・カーン(米国籍)は「米国への反逆者であることを誇りに思う」と述べたが、その数カ月後の11年9月、イエメンで米無人攻撃機プレデターの空爆を受け死亡した。

同じく編集者だったイエメンのアルカイダのリーダー、アンワル・アル・アウラキも、読者に対し自爆者となることによって「自らの魂が犠牲になることを許容せよ」と説いた。アウラキは米中央情報局(CIA)の「殺害あるいは拘束」の対象者リストの最重要人物に指定され、11年9月、カーンとともにオバマ米大統領の命令による無人機攻撃で殺された。

雑誌は自爆テロを遂行して殉教者を出した家族のもとに、イスラムの女性たちが進んで嫁入りするよう促す「ライフスタイル」のセクションまで加えられるほど充実していたが、12年5月発行の第9号以降、消え去ったかに見えた。編集者が不在となり、「イスラム教国への特別な贈り物」という名目で、既発行分を再刊することしかできなくなっていたのだ。

しかしMI5は、機関誌がオンラインで復刊され、英国内のいくつかのイスラム教徒の本屋とモスクでは印刷物が出回っていることを発見した。憎悪に溢れたメッセージはかつてないほど脅しに満ちていた。

「AQチーフ」を自称する新編集者が書いた記事は、エリザベス女王と6月のエプソム競馬場で開かれるダービーへの同女王の訪問予定を記している。「英国女王は定期的にこの栄誉ある行事を訪問し、1953年以来、ダービーでは10頭の優勝馬の馬主だった」とある。

「この言葉から推測されることは、それを攻撃する時であるということだ」とMI5のパーカー長官は部下に告げて厳戒態勢をとるよう命じた。

すでに死亡したアル・アウラキが読者の質問に答える記事も掲載されている。「戦士は死ぬことが予期されている。しかし、民間人はそうではない。民間人を殺せば、その国の痛いところを攻撃することになる。それが我々の戦術だ」と。

そして、13年4月のボストン・マラソンで見せつけたように、(米政府は)リュックサックの中にあった爆弾から市民を守れなかったが、英国は自動車爆弾を食い止める準備ができているのか、と嘲るように記していた。

(敬称略)

著者プロフィール
ゴードン・トーマス

ゴードン・トーマス

インテリジェンス・ジャーナリスト

脚本やBBC、米テレビ放送ネットワーク向けテレビ番組も手がける。2005年2月に放送されたフランスのテレビ番組でダイアナ元妃の事故死についてコメント、同番組の視聴者数は900万に上った。対テロ国際会議(2003年10月、コロンビア)で講演したほか、米中央情報局(CIA)、英防諜機関(MI5)、米連邦捜査局(FBI)、英対外諜報機関(MI6)など世界34カ国の諜報機関幹部を対象にした講演では、1時間半のスピーチの後の質疑応答に2時間が費やされた。ワシントンで米国防総省、その他機関の関係者を対象にした講演経験もある。FACTAのほか、英独など欧州やオーストラリアのメディアにも多数寄稿。著書に『インテリジェンス闇の戦争』(講談社、税別1700円)など。

   

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