マルハニチロ「悪利風土」の絶望工場

中国「毒ギョーザ」事件とどこが違うのか。4人に1人の非正規社員が、いつ爆発しても不思議はない。

2014年3月号 BUSINESS

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報道陣が押しかけたアクリフーズ群馬工場(1月25日)

Jiji Press

アニメのコスプレで改造バイクに跨り、自宅では大量のカブトムシを育て、出かける時には大音量でヒーローソングを鳴らすというから、確かに49歳にしては子供じみている。分別なしにとんでもないことをしても、おかしくないかも知れない。

マルハニチロホールディングスの子会社、アクリフーズ群馬工場の農薬マラチオン混入事件で逮捕された同社の契約社員、阿部利樹容疑者のことだ。だが、続報で出てくるのは阿部容疑者の変人ぶりを示すエピソードばかり。まるで事件を「分別のないバカな中年が起こした特殊で偶発的な案件」として片付けようとしているかのようだ。

「雇い止め」に怯える職場

だが、6年前に天洋食品での毒ギョーザ事件を経験した中国の受け止め方は、まったく違う。

「今回の事件と毒ギョーザ事件の容疑者は、どちらも会社との関係が希薄な契約社員だった。収入への不満、会社への恨み、生産ライン担当、農薬混入で消費者と会社にダメージを与えたことも共通している。大衆を標的にしたフードテロは特定の場所、時期に起こるのではなく、時代の病として感染が拡大し続けている」

有力紙の光明日報は、事件は社会に対するテロと位置づけ、格差に根ざした非正規労働者の不満が、いつ、どこで爆発するかわからない、と警告している。

毒ギョーザ事件が起きた時、日本の食品メーカーは「日本ではまず起こり得ない」と胸を張っていた。政府も「混入の場所は中国国内。早く捜査してほしい」と注文をつけ、事件は日中の外交問題にも発展した。

2年後に臨時従業員の呂月庭被告(一審判決は無期懲役)が拘束されると、多くの日本人は「そら見ろ、犯人は中国人じゃないか」と溜飲を下げた。だが、それと酷似した事件が、日本でも起きた。実は、毒ギョーザ事件の舞台になった天洋食品の実態は、日本企業だった。元々日本の食品メーカーの加ト吉の傘下にあり、JT(日本たばこ産業)が加ト吉を買収した後、さらに厳しい日本型の品質管理体制を導入していた。

今回の事件が起きたアクリ社も、ニチロが旧雪印冷凍食品を買収し、マルハとの経営統合でマルハニチロの子会社となった。事件が起きた群馬工場は、食品の厳格な安全管理をする工場だけが取得できる国際規格「ISO22000」を持っていた。いくら安全管理を徹底しても、従業員のテロは防げないのだ。

買収した親会社は、傘下に収めた工場が高い買い物でなかったことを示すため、ほぼ例外なく現場に生産管理の強化やコストカットを突きつける。締めつけや賃下げのしわ寄せは立場が最も弱い契約社員に集まる。

群馬工場の関係者は「出向で赴任してきたマルハ出身の製造課長が大幅なコストダウンを求め、ラインの速度も上げた」と証言する。各ラインの実績が張り出され、不良製品を出すと顚末書を求められ、それまでののんびりした地方工場のイメージは一変したという。

阿部容疑者は勤務歴8年のベテランだったが、夢だった正社員はおろか、ピザ生地などを作る5人単位の「クラスト班」の班長にもなれず、半年ごとの雇用契約の更新の度に「雇い止め」に怯えていた。入社当初の時給は900円弱。月給は14万円ほどだったというが、業績評価給への変更で13年度からは賞与が減額され、年収は200万円にも届かなくなった。それでも阿部容疑者の賃金体系はアクリ社の区分では3段階の真ん中だった。まだ下がいるのだ。

アクリ社は会見で「給与の減額は大きくない」「職場に不満があるとは認識していない」と説明したが、高卒の初任給レベルしか払わず締め付けを厳しくすれば、従業員の不満が高まるのは当然だ。

本社の正社員はお咎めなし

アクリの社名は 「Alpha Quality for Lively Impression」(食生活に素晴らしい感動をもたらす最高の品質を約束する企業)の頭文字が由来だが、社員の中には「悪利風土」のあて字を使う人もいたという。群馬工場の約300人の従業員のうち、8割は非正規社員だった。阿部容疑者の犯行当時は、工場全体が巨大な不満に覆いつくされた状況だったのだ。

むろん、だからといって農薬を混入していいということにはならないが、正社員の工場幹部が契約社員の声をもっと聞いていれば、不満のガスが抜け、爆発は防げたかも知れない。しかし、本社の正社員たちは、その努力をしなかった。警察とは別に従業員に聞き取り調査をしたのに、あれだけ変人の阿部容疑者に目をつけられず、犯人検挙は警察任せだったのがその証拠。契約社員が会社に心を開いていないのは、普段の仕打ちの因果応報だろう。

マルハニチロの久代敏男社長とアクリ社の田辺裕社長は引責辞任を表明したが、4月に両社が合併し、2人が社長を退くことは事件の前から決まっていた。「変なにおいがする」と苦情が来てから1カ月半も消費者に説明しなくても、混入農薬が「コロッケひとかけらでも害がある」のに「60個食べなければ大丈夫」と間違えても、正社員にはお咎めはない。

久代社長は人事畑が長く、3年前に経済誌のインタビューで「心に決めていたのは、一緒に働いてきた仲間を路頭に迷わせないこと」「普段から声をかけ、用があればこちらから出向く」と人事管理の要諦を語っている。契約社員はそもそも社長の頭の片隅にもなかった。マルハニチロは再発防止に向け第三者委員会を発足させ「疑うことを前提に対策を進める」(今村知明委員長)と、さらに生産管理を強化する方針だ。これでは第2、第3の阿部容疑者が現れても不思議ではない。

契約社員の労働条件の悪化を防ぐため、昨年4月に改正労働契約法が施行され、通算5年超となる有期契約を更新した場合は無期契約に転換できるようになったが、正社員と同じ給与体系にせよ、とは定めていない。政府に期待しても、何も変わらないのだ。

今や日本で働く人の4人に1人が非正規社員。「国際競争に勝ち抜くため」の締めつけと低待遇で製造業の劣化は進み、「絶望工場」はさらに増えるだろう。前述の光明日報は、こうも書いている。「いったい日本はどうなってしまったのだろう」

   

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