「JISART」なるものを結成して不妊治療を独占する野望に、日本医師会が待った!
2014年3月号 LIFE
JISARTのウェブサイト
「体外受精・胚移植」や「顕微授精」などの「生殖補助医療」(略称ART)は、不妊症患者を救う有力な治療方法として、近年急速に普及してきた。患者に治療費の一部を助成する国の制度も後押ししてきた結果、生殖補助医療を手掛ける病院や診療所の数は600近くまで増加。年間に3万人近くが生殖補助医療を通じて生まれている。
そうした中、「医療の質の向上」を表向きの目標に掲げながら、一部の病院や診療所だけで市場を独占してしまおうという企てがあることがわかった。
その舞台となったのが、厚生労働省が2013年5月に設置した「不妊に悩む方への特定治療支援事業等のあり方に関する検討会」(座長は吉村泰典・慶應義塾大学医学部教授=日本生殖医学会理事長)だ。公費助成の対象範囲や実施できる医療機関の要件を議論する検討会の場で、一部のメンバーから耳を疑う提案が出された。6月28日開催の第3回会合でのことだ。
検討会の下部組織として設けられた非公開のワーキンググループによる「見直し案」として、生殖補助医療の実施件数が比較的多い医療機関を対象に、実施できる要件を極端に厳格化する案が突然示されたのである。
「日本生殖医学会が認定する生殖医療専門医がいることを義務化する」としたうえで「3年間の経過期間(=猶予期間)を設ける」というのだ。
当面、「いることが望ましい」としたうえで「3年後をメドに義務化について改めて検討する」という現状維持に近い対案も同時に示されたが、前者の案で決まった場合、生殖補助医療を担ってきた地域の医療機関の多くが締め出され、廃業に追い込まれることは確実だった。
この時は、検討会メンバーを務めていた今村定臣・日本医師会常任理事が、「現時点で義務化は適当でない」との意見書を提出したことでストップがかかり、8月19日にまとめられた報告書では次の記述で決着した。
「年間採卵件数が100件以上の施設については、『日本生殖医学会認定専門医がいることが望ましい』を要件に加える。ただし、今後の配置状況等を見ながら、義務化について改めて検討することが適当である」
こうして一部の学会や医療機関による独占の企てはいったん失敗に終わったものの、自民党が通常国会への提出を計画している生殖補助医療に関する法案の中で、再び火種になる可能性もある。3年後に予定されている日本産婦人科学会による許可施設再登録の際に、足切りのハードルが新たに設けられる可能性も捨て切れない。
生殖医療専門医資格の認定をする日本生殖医学会と「結託」して多くの医療機関の排除をもくろんだのが、「日本生殖補助医療標準化機関」(JISART)という組織に結集した不妊治療専門クリニックの面々だ。JISART加盟施設は現在、26医療機関。見尾保幸理事長(ミオ・ファティリティ・クリニック院長)によれば、「わが国の年間治療実施数の40%弱を担っている」という。そのうえでさらなる拡大によって、不妊治療を独占しようとしているのだ。「証拠」はいくつもある。
2010年9月に大阪市内で開催された「第13回IVF学会」。日本IVF学会理事長を務める森本義晴・IVFなんばクリニック理事長の司会で「日本の生殖医療の将来展望」と題する討論会が開かれた。ここで登壇した日本生殖医学会理事長の吉村慶大教授、田中温・セントマザー産婦人科医院院長らから、参加者が驚愕する発言が飛び出した。
「日本では生殖補助医療を手掛ける施設が多すぎるので、欧米並みに減らす必要がある」
「減らす作業はJISARTと日本生殖医学会が中心になって進めていきましょう」
こうした発言に相槌を打ったのが森本氏だった。かつて長者番付で全国上位に名を連ねたセントマザーの田中氏とともに、JISARTの中心メンバーとして全国でも屈指の規模を誇る不妊治療専門クリニックを経営する人物だ。森本氏のIVFなんばクリニックは延べ床面積800坪を誇り、森本氏自身、「不妊治療のカリスマ」として数多くの著作でも知られる。その一方で過大な設備を抱え、経営は火の車だと見る向きもある。
ちなみに日本IVF学会の所在地は、森本氏のクリニック内。「実態は森本理事長の私有物に等しい」(九州地方の不妊治療クリニック院長)といわれる。
それではなぜ、日本生殖医学会の専門医資格取得を要件にした場合に、多くの不妊治療クリニックが締め出されるのか。
この資格の取得には、日本生殖医学会が認定した研修施設で少なくとも1年間以上にわたって専任で所属したうえで研修を行い、同学会の学術講演会で発表するとともに査読のある医学雑誌に論文を発表し、経験した症例のレポートの提出をしなければならないからだ。
千葉県内の不妊治療クリニック院長は「医師が一人の当院にとって、患者さんを放り出して研修に励むことは不可能。そもそも専門医資格と治療の質とは何ら関係がない」と言い切る。
一方、多くの医師を擁するJISART加盟の医療機関にとって、専門医資格取得のハードルは何ら問題にならない。
現在、焦点になっているのは、要件を厳格化すべきかどうかではなく、法制化を含めた中身だ。
日本医師会は2013年2月にとりまとめた「生殖補助医療法制化検討委員会の提案」で、他人の精子や卵子を用いた「特定生殖補助医療」のみならず、生殖補助医療全般を安全性、倫理性の確保の面から法律で規制する必要性について言及。「母体保護法での仕組みを参考に、都道府県医師会が指定する医師だけが生殖補助医療を行うことができるようにすべき」(今村常任理事)としている。
取材に応じた今村常任理事は、「法律に基づいた仕組みの下で、質が担保された地域の医療機関がきちんと治療を続けられるのは当然だ」と説明する。
一部の関係者の利害によって不妊治療が歪められることはあってはならない。